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新編 日本古典文学全集
今昔物語集
こんじゃくものがたりしゅう
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【現代語訳】
一
今は昔、わが国に聖徳太子と申し上げる聖がおいでになった。用明天皇と申し上げた天皇がまだ親王でいらっしゃった時に、穴穂部真人の娘の腹にお産ませになった御子である。
そのはじめ、母である夫人の夢に、金色の僧が現れ、「わしはこの世の人を救おうという誓いを持っている。それでしばらくの間、そなたの御腹に宿ろうと思う」と言う。夫人が、「そうおっしゃるあなたはどなたでしょう」と尋ねると、僧は「わしは救世菩薩である。家は西の方にある」とお答えになる。夫人は「わたしの腹は垢じみ汚れております。とてもお宿りになるわけにはまいりません」と言うと、「わしは垢じみ汚れているのをいといはしない」と言うや、夫人の口の中に躍り込んだ、とこう夢を見て目がさめたが、その後、のどの中に何か含んだような気持がして懐妊した。
さて、用明天皇の兄、敏達天皇が即位なさった年の正月一日、夫人は宮廷内をめぐり歩いていたが、〔厩〕の〔あたりに〕やって来た時、太子が誕生された。お付きの
【目次】
目次
古典への招待
凡例
今昔物語集(扉)
今昔物語集 巻第十一 本朝 仏法に付く(扉) 〔底本〕実践女子大学蔵本
聖徳太子此朝にして始めて仏法を弘めたまふ語第一
行基菩薩仏法を学びて人を導く語第二
役の優婆塞を誦持して鬼神を駈る語第三
道照和尚唐に亘りて法相を伝へて還り来たる語第四
道慈唐に亘りて三論を伝へて帰り来たり神叡朝に在りて試むる語第五
玄ぼう僧正唐に亘りて法相を伝ふる語第六
婆羅門僧正行基に値はんが為に天竺より朝に来たる語第七
鑑真和尚震旦より朝に戒律を渡す語第八
弘法大師宋に渡りて真言の教へを伝へて帰り来たる語第九
伝教大師宋に亘りて天台宗を伝へて帰り来たる語第十
[ ]帰り来たる語第十一
智證大師宋に亘りて顕蜜の法を伝へて帰り来たる語第十二
聖武天皇始めて東大寺を造りたまふ語第十三
淡海公始めて山階寺を造る語第十四
聖武天皇始めて元興寺を造りたまふ語第十五
代々の天皇大安寺を所々に造りたまふ語第十六
天智天皇薬師寺を造りたまふ語第十七
高野姫天皇西大寺を造りたまふ語第十八
光明皇后法華寺を建てて尼寺と為したまふ語第十九
聖徳太子法隆寺を建てたまふ語第二十
聖徳太子天王寺を建てたまふ語第二十一
推古天皇本の元興寺を造りたまふ語第二十二
現光寺を建てて霊仏を安置する語第二十三
久米の仙人始めて久米寺を造る語第二十四
弘法大師始めて高野の山を建つる語第二十五
伝教大師始めて比叡の山を建つる語第二十六
慈覚大師始めて楞厳院を建つる語第二十七
智證大師初めて門徒三井寺を立つる語第二十八
天智天皇志賀寺を建てたまふ語第二十九
天智天皇の御子笠置寺を始めたまふ語第三十
徳道聖人始めて長谷寺を建つる語第三十一
田村の将軍始めて清水寺を建つる語第三十二
秦川勝始めて広隆寺を建つる語第三十三
[]法輪寺を建つる語第三十四
藤原伊勢人始めて鞍馬寺を建つる語第三十五
修行の僧明練始めて信貴山を建つる語第三十六
[]始めて竜門寺を建つる語第三十七
義淵僧正始めて竜蓋寺を造る語第三十八
今昔物語集 巻第十二 本朝 仏法に付く(扉) 〔底本〕鈴鹿本
越後の国の神融聖人雷を縛りて塔を起つる語第一
遠江の国の丹生の茅上塔を起つる語第二
山階寺にして維摩会を行なふ語第三
大極殿にして御斉会を行なはるる語第四
薬師寺にして最勝会を行なふ語第五
山階寺にして涅槃会を行なふ語第六
東大寺にして花厳会を行なふ語第七
薬師寺にして万灯会を行なふ語第八
比叡の山にして舎利会を行なふ語第九
石清水にして放生会を行なふ語第十
修行の僧広達橋の木を以て仏の像を造る語第十一
修行の僧砂の底より仏の像を堀り出す語第十二
和泉の国尽恵寺の銅の像盗人の為に壊らるる語第十三
紀伊の国の人海に漂ひ仏の助けに依りて命を存する語第十四
貧しき女仏の助けに依りて富貴を得る語第十五
かり者仏の助けに依りて王難を免るる語第十六
尼盗まれたる所の持仏に自然に値ひ奉る語第十七
河内の国八多寺の仏火に焼けざる語第十八
薬師仏身より薬を出して盲女に与ふる語第十九
薬師寺の食堂焼けて金堂を焼かざる語第二十
山階寺焼けて更に建立する間の語第二十一
法成寺にして絵像の大日を供養ずる語第二十二
法成寺の薬師堂にして例時を始むる日に瑞相を現ずる語第二十三
関寺に駈ふ牛迦葉仏の化せる語第二十四
伊賀の国の人の母牛に生まれて子の家に来たる語第二十五
法華経を入れ奉る筥自然に延ぶる語第二十六
魚化して法花経と成る語第二十七
肥後の国の書生羅刹の難を免るる語第二十八
沙弥持てる所の法花経焼け給はざる語第二十九
尼願西の持てる所の法花経焼け給はざる語第三十
僧の死にて後舌残りて山に在りて法花を誦する語第三十一
横川の源信僧都の語第三十二
多武の峰の増賀聖人の語第三十三
書写の山の性空聖人の語第三十四
神名の睿実持経者の語第三十五
天王寺の別当道命阿闍梨の語第三十六
信誓阿闍梨経の力に依りて父母を活くる語第三十七
天台の円久葛木山にして仙人の誦経を聞く語第三十八
愛宕護の山の好延持経者の語第三十九
金峰山の薊の嶽の良算持経者の語第四十
今昔物語集 巻第十三 本朝 仏法に付く(扉) 〔底本〕実践女子大学蔵本
修行僧義睿大峰の持経仙に値ふ語第一
葛川に籠る僧比良の山の持経仙に値ふ語第二
陽勝苦行を修して仙人と成る語第三
下野の国の僧古き仙の洞に住する語第四
摂津の国の菟原の僧慶日の語第五
摂津の国の多々院の持経者の語第六
比叡の山の西塔の僧道栄の語第七
法性寺の尊勝院の僧道乗の語第八
理満持経者経の験を顕はす語第九
春朝持経者経の験を顕はす語第十
一叡持経者屍骸の読誦の音を聞く語第十一
長楽寺の僧山にして入定の尼を見る語第十二
出羽の国竜花寺の妙達和尚の語第十三
加賀の国翁和尚法花経を読誦する語第十四
東大寺の僧仁鏡法花を読誦する語第十五
比叡の山の僧光日法花を読誦する語第十六
雲浄持経者法花を誦して蛇の難を免るる語第十七
信濃の国の盲ひたる僧法花を誦して両の眼を開くる語第十八
平願持経者法花経を誦して死を免るる語第十九
石山の好尊聖人法花経を誦して難を免るる語第二十
比叡の山の僧長円法花を誦して霊験を施す語第二十一
筑前の国の僧蓮照身を諸の虫に食はしむる語第二十二
仏蓮聖人法花を誦して護法を順ふる語第二十三
一宿聖人行空法花を誦する語第二十四
周防の国の基灯聖人法花を誦する語第二十五
筑前の国の女法花を誦して盲ひを開くる語第二十六
比叡の山の僧玄常法花四要品を誦する語第二十七
蓮長持経者法花を誦して加護を得る語第二十八
比叡の山の僧明秀の骸法花経を誦する語第二十九
比叡の山の僧広清の髑髏法花を誦する語第三十
備前の国の人出家して法花経を誦する語第三十一
比叡の山の西塔の僧法寿法花を誦する語第三十二
竜法花の読誦を聞き持者の語らひに依りて雨を降らして死ぬる語第三十三
天王寺の僧道公法花を誦して道祖を救ふ語第三十四
僧源尊冥途に行き法花を誦して活る語第三十五
女人法花経を誦して浄土を見る語第三十六
無慚破戒の僧法花の寿量一品を誦する語第三十七
盗人法花の四要品を誦して難を免るる語第三十八
出雲の国の花厳法花二人の持者の語第三十九
陸奥の国の法花最勝の二人の持者の語第四十
法花経と金剛般若経の二人の持者の語第四十一
六波羅の僧講仙法花を説くを聞きて益を得る語第四十二
女子死にて蛇の身を受け法花を聞きて脱るるを得る語第四十三
定法寺の別当法花を説くを聞きて益を得る語第四十四
今昔物語集 巻第十四 本朝 仏法に付く(扉) 〔底本〕実践女子大学蔵本
無空律師を救はむが為に枇杷の大臣法花を写す語第一
信濃の国に蛇と鼠との為に法花を写して苦しびを救ふ語第二
紀伊の国の道成寺の僧法花を写して蛇を救ふ語第三
女法花の力に依りて蛇身を転じて天に生まるる語第四
野干の死にたるを救はむが為に法花を写す人の語第五
越後の国の乙寺の僧猿の為に法花を写す語第六
修行の僧越中の立山に至りて小き女に会ふ語第七
越中の国の書生の妻死にて立山の地獄に堕つる語第八
美作の国のかね堀り穴に入りて法花の力に依り穴を出づる語第九
陸奥の国の壬生良門悪を棄て善に趣きて法花を写す語第十
天王寺の八講の為に法隆寺にして太子の##を写す語第十一
醍醐の僧恵増法花を持して前生を知る語第十二
入道覚念法花を持して前生を知る語第十三
僧行範法花経を持して前世の報いを知る語第十四
越中の国の僧海蓮法花を持して前世の報いを知る語第十五
元興寺の蓮尊法花経を持して前世の報いを知る語第十六
金峰山の僧転乗法花を持して前世を知る語第十七
僧明蓮法花を持して前世を知る語第十八
備前の国の盲人前世を知りて法花を持する語第十九
僧安勝法花を持して前生の報いを知る語第二十
比睿の山の横川の永慶聖人法花を誦して前世を知る語第二十一
比睿の山の西塔の僧春命法花を読誦して前生を知る語第二十二
近江の国の僧頼真法花を誦して前生を知る語第二十三
比睿の山の東塔の僧朝禅法花を誦して前世を知る語第二十四
山城の国神奈比寺の聖人法花を誦して前世の報いを知る語第二十五
丹治比の経師不信にして法花を写して死ぬる語第二十六
阿波の国の人法花を写す人を謗りて現報を得る語第二十七
山城の国の高麗寺の栄常法花を謗りて現報を得る語第二十八
橘敏行願を発して冥途より返る語第二十九
大伴忍勝願を発して冥途より返る語第三十
利荊女心経を誦して冥途より返る語第三十一
百済の僧義覚心経を誦して霊験を施す語第三十二
僧長義金剛般若の験に依り盲ひを開くる語第三十三
壱演僧正金剛般若を誦して霊験を施す語第三十四
極楽寺の僧仁王経を誦して霊験を施す語第三十五
伴義通方広経を誦せしめて聾ひを開くる語第三十六
方広経を誦せしめて父の牛と成るを知る語第三十七
方広経を誦して僧海に入りて死なずして返り来たる語第三十八
源信内供横川にして涅槃経を供養ずる語第三十九
弘法大師修円僧都と挑む語第四十
弘法大師請雨経の法を修して雨を降らす語第四十一
尊勝陀羅尼の験力に依りて鬼の難を遁るる語第四十二
千手陀羅尼の験力に依りて蛇の難を遁るる語第四十三
山の僧幡磨の明石に宿りて貴き僧を見る語第四十四
調伏の法の験に依りて利仁将軍死ぬる語第四十五
解説
一 本集の構成と組織
二 説話配列の様式
三 本集撰述の基盤
四 本集の読者対象
五 本集の文学的特性
六 底本について
七 現存諸本解題
付録(扉)
出典・関連資料一覧
人名解説
仏教語解説
地名・寺社名解説
旧国名地図
奥付
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日本大百科全書(ニッポニカ)
今昔物語集
こんじゃくものがたりしゅう
平安後期の説話集。1059話(うち本文を欠くもの19話)を31巻(うち巻8、18、21は欠)に編成する。
[森 正人]
成立
1120年(保安1)以降まもなく、白河(しらかわ)院政のころ成るか。編者未詳。中心的編者のもとで複数の人の協同作業であったか、1人の手に成ったかについても、説は分かれている。ただ、構成、素材、文体などを総合的に判断して、仏教界に属する者の編であろう。すべての説話に文献資料があったとみられる。中国の仏教説話集『三宝(さんぼう)感応要略録』『冥報記(めいほうき)』『弘賛法華伝(ぐざんほっけでん)』および船橋家本系『孝子伝』、日本の『日本霊異記(りょういき)』『三宝絵詞(さんぼうえことば)』『日本往生極楽記』『本朝法華験記(ほっけげんき)』『俊頼髄脳(としよりずいのう)』が主要な確実な資料である。また、現在伝わらない源隆国(たかくに)作の『宇治大納言(うじだいなごん)物語』や、いくつかの仏教説話集も有力な資料となったと考えられる。こうして、本書は、それまでの説話集のさまざまの系統を集大成するものとなっている。
[森 正人]
内容・特徴
巻1~5を天竺(てんじく)(インド)、巻6~10を震旦(しんたん)(中国)、巻11~31を本朝(日本)のごとく3部に分け、各部をそれぞれ仏法、世俗の2篇(へん)に分ける。各部、篇は、主題、素材によって説話を分類配列し、全体が緻密(ちみつ)に構成されている。各説話は、「今ハ昔」の冒頭句、「トナム語リ伝ヘタルトヤ」の末尾句をもって、形式的統一が図られている。また、各部冒頭から、創始を語る説話が年代順に配列されているから、3国の仏法と王法の歴史を示す基本構想のあったことが認められる。こうして本書は、当時考えられる全世界を説話によって描き出し、すべての事柄とできごとに統一と秩序を与えようとする試みであった。その構想は、古代末期の価値観の動揺、社会的行き詰まりが、意識的にも無意識的にも影響して生まれたと考えられる。説話の舞台は中央から辺境に及び、登場人物も国王や貴族から下層の老若男女、妖怪(ようかい)、動物と多様である。編者はおおむね旧(ふる)い価値観にたちながらも、従来の文学が目を向けることのなかった新しい世界を取り上げ、とくに、山林修行民間布教の聖(ひじり)、武士、盗賊などの精神と行動を具体的に描き出している。したがって、その文学精神は古代的であると同時に、中世文学の出発を予感させる作品ともなっている。また、即物的な漢字片仮名交じり文体は、叙情や人間の微妙な内面を表現するには適していなかったけれども、非伝統的、非貴族的な対象に対しては十分効果を発揮している。『平家物語』などの和漢混交文の先駆とみなされる。
[森 正人]
影響
伝本のほとんどが江戸時代の書写で、それらはすべて、鎌倉時代中期を下らない鈴鹿(すずか)本を祖本とするから、中世にはほとんど流布しなかったらしい。中世文学に直接的な影響を与えた形跡もない。江戸時代に本朝部世俗篇の一部が刊行されている。近代に入って、芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)がその説話を素材に『羅生門(らしょうもん)』『芋粥(いもがゆ)』などの小説を書き、そのころからようやく文学的価値が注目されるようになった。
[森 正人]
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改訂新版・世界大百科事典
今昔物語集
こんじゃくものがたりしゅう
平安時代末期の説話集。編者未詳。12世紀初頭に成立。31巻。ただし,巻八,巻十八,巻二十一を欠く。天竺(てんじく)(インド)(巻一~巻五),震旦(中国)(巻六~巻十),本朝(日本)(巻十一~巻三十一),の3部より成る。標題のみを残す19話,標題と本文の一部を残す説話を含めて,1059話を収録。
編者と成立
《宇治拾遺物語》の序に,宇治大納言源隆国(みなもとのたかくに)が納涼のために宇治平等院の南泉房(なんせんぼう)に籠り,往来の諸人の昔物語を記録したものが《宇治大納言物語》であり,増補されて世に行われている,とある。従来は,この《宇治大納言物語》が本書と同一視され,本書は隆国の編とされていたが,収録説話に隆国没後の記事を含むこと,隆国の編としては説明の困難な誤りを含むことなどが指摘され,隆国編纂説はそのままでは受け入れられなくなった。《宇治大納言物語》も,本書とは別の,すでに散逸してしまって現存しない作品と考えられている。編纂者像を明らかにする試みがさまざまにおこなわれたが,いまだに実を結んではいない。編者が貴族か僧侶か,単独か複数か,いずれも未解決である。どのような成立事情をもつものか,また,どのような意図で編纂されたのか,編纂者自身は何も語っていず,他の資料で言及されることもないため,いささか不明瞭である。規模の壮大さ,構成の整然としたありかたに,本書がそれまでの説話を集大成しようとしたものであることがみてとれる。それはまた,編者がみずからの世界観を説話集という形に表現したもの,といえよう。
内容
仏教史の世界を描いた一群の巻と,仏教史の外側ともいうべき俗なる世界を描いた一群の巻とに分けることができる。巻一~巻四は,釈迦がこの世に誕生し,仏教を開き,人々を教化したこと,および釈迦の没後のインドの仏教のありさまを述べて,インドの仏教史の世界を描いている。巻六~巻九(巻八は欠巻)は,中国に仏教が伝えられ定着していった過程,およびさまざまな霊験説話,因果応報説話を述べて,中国の仏教史の世界を描いている。巻十一~巻二十(巻十八は欠巻)は,日本に仏教が伝えられ定着していった過程,およびさまざまな霊験説話,因果応報説話を述べて,日本の仏教史の世界を描いている。以上の,巻一~巻四,巻六~巻九,巻十一~巻二十が,仏教史の世界を描いた一群の巻である。これ以外の巻々,すなわち,巻五,巻十,巻二十一~巻三十一(巻二十一は欠巻)は,それぞれインド,中国,日本の,王,賢臣,后妃,思想家,武人,庶人のさまざまな説話を収録し,仏教史の世界に対する俗なる世界を描き出している。
仏教史の世界を描いた巻においても,教理に関する叙述はまれで,関心はむしろ不思議なできごと,奇異な事件にあり,また,あるいは偉大な,あるいは奇矯な人間にある。俗なる世界を描いた巻においては,その傾向はいっそう顕著である。とくに,不思議な宿縁を描いた巻二十六,霊鬼・神怪を描いた巻二十七,笑話を収録した巻二十八,偸盗・殺人・動物殺傷を描いた巻二十九,恋愛説話を収録した巻三十,奇異伝承を収録した巻三十一などは,さらに奇異なる世界への関心の深まりを見せている。
冒頭から本書を読みすすめた読者は,インド・中国・日本の3国に流伝する仏教の歴史の概略,その偉大さ,不思議さを知らされる。そしてさらにその外側に,さまざまな奇異なできごと,不思議なおこないに満ちた世界が広がっていることを知らされるのである。
表現
各説話は,冒頭を〈今ハ昔〉で始め,末尾を〈トナム語リ伝ヘタルトヤ〉で結ぶ形式に,基本的には従っている。また説話の末尾に付された批評,教訓のような文章も,語り手自身の言としてではなく,伝聞として語られている。すなわち,編者である語り手は自分自身の思想・感情を読者にあらわに示すことなく,伝聞した事実を,すなわち説話を,伝えることに専念している,という体裁がとられている。口頭伝承を記録した体裁をとっているが,すべての説話は直接にはなんらかの文献にもとづいていると推定される。原拠となった文献には,10巻本《釈迦譜》《三宝感応要略録(さんぼうかんのうようりやくろく)》《弘賛法華伝(ぐさんほつけでん)》《冥報記》《孝子伝》などの中国の資料,あるいはその翻訳,《日本霊異記(りよういき)》《三宝絵(さんぼうえ)》《本朝法華験記》《日本往生極楽記》などの日本の資料があり,散逸した《宇治大納言物語》もおそらくは原拠となっていよう。
説話の文体は,いわゆる和漢混淆文(わかんこんこうぶん)であるが,原拠となった文献の文体を反映して,漢文訓読調の濃厚な部分,和文調への傾斜の大きな部分が混在している。原拠となった文献を誤解した部分も多いが,原拠にもとづきながらも新しい解釈をまじえたり,また複数の資料を取捨し組み合わせて説話を構成したり,新しい工夫もみられる。とくに,院政期の語彙(ごい)・語法がふんだんに盛りこまれた躍動的な行文は,細部の描写にすぐれ,本書の説話を,たんなる書き直し・翻訳の域を超えるものとしている。この躍動的な文章は,語り手の思想・感情よりも,説話を伝えることを主眼とした叙述形式とあいまって,説話に描かれた奇異なできごとを読者に強烈に印象づけている。
影響
18世紀に刊行されるまではきわめて限られた読者しかもたなかったらしく,直接の影響が認められる作品を見いだすのは困難である。近世の読本(よみほん)などには資料として用いられているが,一般にその文学としての価値が認められるのは近代に入ってからのことであり,とくに,芥川竜之介の作品や,〈野性の美〉を本書に見いだした彼の評論に触発されてのことである。
→説話文学
[出雲路 修]
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こんじゃくものがたりしふ 【今昔物語集】 〔‥シユウ〕
重要語
書名平安後期の説話集。編者、成立年代ともに未詳。一千を越す説話から成り、天竺(てんじく)(=インド)、震旦(しんたん)(=中国)、本朝(=日本)の三国の説話に分かれる。仏教説話が主であるが、本朝篇では世俗の説話が採られ、話の舞台も全国に及び、また登場人物も貴族・僧侶・武士から盗賊・乞食(こじき)に至る全階層にわたるため、当時の社会生活全般が反映されている。「今ハ昔」に始まり「トナム語リ伝ヘタルトヤ」で結ばれる形で、漢字混じり片仮名書きの漢文訓読体で書かれる。
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