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  11. 聖武天皇始造元興寺語第十五(今昔物語)

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新編 日本古典文学全集

聖武天皇始造元興寺語第十五
今昔物語集
1000以上の説話を載せる、仏教&世俗説話の集大成
〈今昔(いまはむかし)……〉で始まる和漢混交文で書かれた1059の説話を、1~5巻「天竺(てんじく)部」(インド)、6~10巻「震旦(しんたん)部」(中国)、11~20巻「本朝(日本)仏法部」、21~31巻「本朝世俗部」の31巻で構成。このうち本朝仏法・世俗部を収録。内容は多岐にわたり、貴賎上下も老若男女も、はては犯罪者や霊鬼・妖怪まで跳梁暗躍する。編者成立年ともに未詳。
[中古][説話]
校注・訳:馬淵和夫 国東文麿 稲垣泰一

今昔物語集 巻第十一 本朝仏法
●聖徳太子於此朝始弘仏法語第一 しやうとくたいしこのてうにしてはじめてぶつぽふをひろめたまふことだいいち
●行基菩薩学仏法導人語第二 ぎやうぎぼさつぶつぽふをまなびてひとをみちびくことだいに
●役優婆塞誦持呪駈鬼神語第三 えのうばそくしゆをじゆぢしてきじんをかることだいさむ
●道照和尚亘唐伝法相還来語第四 だうせうわじやうたうにわたりてほふさうをつたへてかへりきたることだいし
●道慈亘唐伝三論帰来神叡在朝試語第五 だうじたうにわたりてさむろんをつたへてかへりきたりじんえいてうにありてこころむることだいご
●玄昉僧正亘唐伝法相語第六 ぐゑんばうそうじやうたうにわたりてほふさうをつたふることだいろく
●婆羅門僧正為値行基従天竺来朝語第七 ばらもんそうじやうぎやうぎにあはんがためにてんぢくよりてうにきたることだいしち
●鑑真和尚従震旦渡朝戒律語第八 がむじんわじやうしんだんよりてうにかいりつをわたすことだいはち
●弘法大師渡宋伝真言教帰来語第九 こうぼふだいしそうにわたりてしんごんのをしへをつたへてかへりきたることだいく
●伝教大師亘宋伝天台宗帰来語第十 でんげうだいしそうにわたりててんだいしゆうをつたへてかへりきたることだいじふ
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓帰来語第十一 かへりきたることだいじふいち
●智證大師亘宋伝顕蜜法帰来語第十二 ちしようだいしそうにわたりてけんみつのほふをつたへてかへりきたることだいじふに
●聖武天皇始造東大寺語第十三 しやうむてんわうはじめてとうだいじをつくりたまふことだいじふさむ
●淡海公始造山階寺語第十四 たんかいこうはじめてやましなでらをつくることだいじふし
●聖武天皇始造元興寺語第十五 しやうむてんわうはじめてぐわんごうじをつくりたまふことだいじふご
所はかわったが寺名を山階寺というのである。また興福寺(こうぶくじ)というのはこの寺のことであるということだ。十五 今は昔、元明天皇(げんみようてんのう)が奈良の都飛鳥(あすか)の郷(さと)に元興寺(がんごうじ)を建立なさった。堂や塔をお建てになり、金堂(こんどう)には□丈の弥勒菩薩(みろくぼさつ)の像を安置(あんじ)なさる。だが、その弥勒は、わが国で造られた像ではなかった。 昔、東天竺(とうてんじく)に生天子国(しようてんしこく)という国があって、その王を長元王(ちようげんおう)といった。その国は五穀豊穣(ごこくほうじよう)で何不足がなかった。だが、その国はもともと仏法という言葉さえ聞いたことがない。長元王ははじめて、「世の中に仏法というものがあるそうだ」と聞いて、「わしの治世中に何とか仏法というものを知りたいものだ」と思い、国内の人々に対し、「仏法を知っている者を捜して連れてこい」との宣旨(せんじ)を下した。 そのころ、海辺に小さな船が一艘(そう)、風に吹かれて流れ寄った。これを見た国の人々は怪しんで、王に奏上した。この船には僧がただ一人乗っている。国王はこの僧を召して、「お前はどういう者か、どこの国から来たのか」と聞く。僧は、「わたくしは
聖武天皇始造元興寺語第十五(今昔物語)
●代々天皇造大安寺所々語第十六 だいだいのてんわうだいあんじをところどころにつくりたまふことだいじふろく
●天智天皇造薬師寺語第十七 てんちてんわうやくしじをつくりたまふことだいじふしち
●高野姫天皇造西大寺語第十八 たかののひめのてんわうさいだいじをつくりたまふことだいじふはち
●光明皇后建法華寺為尼寺語第十九 くわうみやうくわうごうほふくゑじをたててあまでらとなしたまふことだいじふく
●聖徳太子建法隆寺語第二十 しやうとくたいしほふりうじをたてたまふことだいにじふ
●聖徳太子建天王寺語第二十一 しやうとくたいしてんわうじをたてたまふことだいにじふいち
●推古天皇造本元興寺語第二十二 すいこてんわうもとのぐわんごうじをつくりたまふことだいにじふに
●建現光寺安置霊仏語第二十三 げんくわうじをたててりやうぶつをあんぢすることだいにじふさむ
●久米仙人始造久米寺語第二十四 くめのせんにんはじめてくめでらをつくることだいにじふし
●弘法大師始建高野山語第二十五 こうぼふだいしはじめてかうやのやまをたつることだいにじふご
●伝教大師始建比叡山語第二十六 でんげうだいしはじめてひえのやまをたつることだいにじふろく
●慈覚大師始建楞厳院語第二十七 じかくだいしはじめてりようごむゐんをたつることだいにじふしち
●智證大師初門徒立三井寺語第二十八 ちしようだいしはじめてもんとみゐでらをたつることだいにじふはち
●天智天皇建志賀寺語第二十九 てんちてんわうしがでらをたてたまふことだいにじふく
●天智天皇御子始笠置寺語第三十 てんちてんわうのみこかさぎでらをはじめたまふことだいさむじふ
●徳道聖人始建長谷寺語第三十一 とくだうしやうにんはじめてはつせでらをたつることだいさむじふいち
●田村将軍始建清水寺語第三十二 たむらのしやうぐんはじめてきよみづでらをたつることだいさむじふに
●秦川勝始建広隆寺語第三十三 はだのかはかつはじめてくわうりうじをたつることだいさむじふさむ
〓〓建法輪寺語第三十四 ほふりんじをたつることだいさむじふし
●藤原伊勢人始建鞍馬寺語第三十五 ふぢはらのいせひとはじめてくらまでらをたつることだいさむじふご
●修行僧明練始建信貴山語第三十六 しゆぎやうのそうみやうれんはじめてしんぐゐさんをたつることだいさむじふろく
〓〓始建竜門寺語第三十七 はじめてりうもんじをたつることだいさむじふしち
●義淵僧正始造竜蓋寺語第三十八 ぎゑんそうじやうはじめてりうがいじをつくることだいさむじふはち
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今昔物語集(日本古典文学全集・日本大百科全書・世界大百科事典)
1000以上の説話を載せる、仏教&世俗説話の集大成 〈今昔(いまはむかし)……〉で始まる和漢混交文で書かれた1059の説話を、1~5巻「天竺(てんじく)部」(インド)、6~10巻「震旦(しんたん)部」(中国)、11~20巻「本朝(日本)仏法部」、21~31巻「本朝世俗部」の31巻で構成
行基菩薩学仏法導人語第二(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
二〔今は昔、わが国に〕行基菩薩(ぎようぎぼさつ)と申し上げる聖(ひじり)がおいでになった。和泉国大鳥(いずみのくにおおとりの)〔郡(こおり)の人である。その出生の〕時、胞衣(えな)に包まれて生れたので、父がこれを見て〔忌まわしく思い、木の枝の上に載せておいたところ、数日たって見ると、胞衣から出てものを言った。〕それで父母は取り下ろして養育することになった。
役優婆塞誦持呪駈鬼神語第三(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
の寺を〔建立〕し、不便な場所には道を作り、深い川には橋をおかけになった。文殊(もんじゆ)の化身としてお生れになったのだ、とこう語り伝えているということだ。三 今は昔、本朝、〔文武(もんむ)〕天皇(てんのう)の御代(みよ)に役(え)の優婆塞(うばそく)と申し上げる聖人(しようにん)がおいでになった。
道照和尚亘唐伝法相還来語第四(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
朝廷を恐れはばかって配所にそっといるが、夜には駿河国(するがのくに)の富士山に行って修行する。そしてひたすらこの罪の許されるように願い祈っていた。三年たって、朝廷は優婆塞に罪がないとおわかりになって召し帰され(以下、原文欠脱)四 今は昔、本朝、天智天皇の御代(みよ)に道照和尚(どうしようわじよう)という聖(ひじり)がおいでになった。
道慈亘唐伝三論帰来神叡在朝試語第五(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
の光が見えるか、どうだ」と言う。弟子が、「見えます」と答えると、道照は、「このことを言い広めるなよ」と言われた。その後、夜になってその光が部屋から出て、寺の庭の植木を輝かせた。しばらく輝いてから、光は西をさして飛んでいく。弟子たちはこれを見てひどく恐れおののいた。
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代々天皇造大安寺所々語第十六(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
多くの僧が東大寺に移った。そのうち、何かにつけてこの両寺は不和となり、にわかに合戦となった。戦(いくさ)は老僧のなすべきふるまいでないにもかかわらず、いつか悪にひかれて鎧兜(よろいかぶと)をつけ、諸経典も手にせず、あちこちの堂に捨てたまま四方八方に逃げてしまった。
聖武天皇始造元興寺語第十五(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
所はかわったが寺名を山階寺というのである。また興福寺(こうぶくじ)というのはこの寺のことであるということだ。十五 今は昔、元明天皇(げんみようてんのう)が奈良の都飛鳥(あすか)の郷(さと)に元興寺(がんごうじ)を建立なさった。堂や塔をお建てになり、金堂(こんどう)には□丈の弥勒菩薩(みろくぼさつ)の像を安置(あんじ)なさる。
淡海公始造山階寺語第十四(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
十四 今は昔、大織冠(だいしよくかん)(藤原鎌足(ふじわらのかまたり))がまだ内大臣になられず、一臣下でおありなさったころのこと、それは皇極天皇(こうぎよくてんのう)と申し上げた女帝の御代(みよ)で、その皇子で後に天皇(天智天皇)になられた方がまだ皇太子でおいでになり、この大織冠と心を合せて蘇我入鹿(そがのいるか)を誅罰(ちゆうばつ)しようとなさった。
聖武天皇始造東大寺語第十三(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
の御もとに届けられた。その時はじめて、あの香水をとって持ってきた僧は、「和尚が香水をまかれたのはこのことだったのだ」と気がつき驚いて、他の僧たちにこの話をして和尚を尊んだのであった。「ここにおいでになりながら、宋のことが暗(そら)におわかりになるとは、和尚さまはまことに仏の化身でいらっしゃるにちがいない」と言って
智證大師亘宋伝顕蜜法帰来語第十二(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
って来て、人知れず聞いてみると、会昌天子はお亡くなりになり、他の天皇が即位されたので、仏法を滅すことはとりやめになっていた。 大師はかねての希望どおり、〔青竜(しようりゆう)〕寺(じ)の義操(ぎそう)という人を師として密教を学び伝え、承和十四年という年に帰朝して、顕密の教えをお広めになった、とこう語り伝えているということだ。
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