私が勤務する博物館は、奄美大島の奄美市に所在している。奄美大島と聞いても、日本地図上で、その位置を正確に頭の中に思い描ける方は多くはない。
奄美群島を「沖縄県」と思われる方も相当に多いのであるが、「鹿児島県」である。ただ「鹿児島県」であるが、周囲をサンゴ礁に囲まれた亜熱帯の島嶼(とうしょ)である。奄美群島は、知られざる亜熱帯の島嶼なのである。
ところが、いにしえの時代、古代国家や中世国家の中央政府が、奄美群島について、意外によく把握していた3様子が明らかになりつつある。
奄美大島からヤコウガイ4
貝殻を大量集積させた古代の「ヤコウガイ大量出土遺跡5
」が、徳之島から大規模な中世の窯跡群「カムィヤキ古窯跡群6
」が、喜界島からは、島外の搬入遺物が主体を占め、かつ大量出土する古代・中世「城久(ぐすく)遺跡群7
」が発見され、奄美群島は古代・中世国家の境界領域として、南方物産交易の拠点地域である様子が解りはじめたのである。
今、古代史・中世史の研究で、奄美群島は熱い視線を集めている。大学等の研究機関がない奄美群島では、博物館の果たす役割は小さくない。私たち学芸員は、いろいろな研究機関の先生方のご協力をいただきながら、「ヤコウガイ大量出土遺跡」「カムィヤキ古窯跡群」「城久遺跡群」等について、それそれの遺跡が所在する島で、文献史学・考古学共同のシンポジウムをこの10年間に7回開催してきた。
これらの取り組みの結果なのか解らないが、私の勤務先の博物館では、延べ人数ではあるが、年間2,000人を超える大学等の研究者が来館する。そうした研究者の対応に、私たちは毎日のように追われている。地域の情報・資料を徹底的に集積させることが博物館に求められている。
平成20年10月1日時点で、奄美群島の人口121,166人、奄美大島の人口67,554人、奄美市の人口47,482人。人口減少は、加速を続けている。しかし、奄美群島を訪れてくださる方の交流人口の増加も、近年加速を続けている。これを地域振興に結び付けていくのも、私たちのこれからの重要な仕事である。
(次回に続く)
博物館展示というのは、それぞれの主題における研究常識に即して製作されている場合が多い。地域博物館では欠かせない地域史の常設展示も当然そうした傾向にある。ところが、奄美群島各地の博物館では、歴史について詳細な常設展示がほとんど認められない。
奄美群島は、「鹿児島県」である。鹿児島県の前身である「薩摩藩8
」は、1609(慶長14)年に琉球王国を侵攻、それ以後、亜熱帯の島嶼地域を支配下に置いたのである。「鹿児島県」と奄美群島は、支配―被支配の歴史的関係を有しているのである。幕末から明治時代にかけて、奄美群島では過酷な糖業政策が展開され、奄美群島では「薩摩藩」「鹿児島懸9
」に対する強い感情的反発が蓄積されてきたのである。
しかし、「鹿児島県」の歴史では、奄美群島における植民地的支配の歴史的事実は詳細に触れられることがほとんどない。現在「鹿児島県」の一員である奄美群島では、そのような歴史を赤裸々に博物館で展示解説したり、学校教育の現場で教えたりする行為は遠慮されてきたのである。それが、奄美群島各地の博物館で歴史関係の展示が脆弱な最大の理由である。
そうした事情から、私が勤務する博物館では、大学等の研究機関で琉球史研究に携わる先生方をお招きして、奄美諸島史に関わる講演会やシンポジウムをたびたび開催している。奄美諸島史の研究成果が更新されていないわけではない。奄美群島におけるさまざまな歴史的事実の解説をしていただき、自らの足元の歴史にあらためて向き合う機会を提供するのである。毎回、会場が超満員となるほどのご参加をいただいている。熱気が充満する会場のその光景に、私たち博物館職員は、奄美群島に暮らす方たちの足元の歴史に対する「渇望」を感じるのである。
博物館が展示する「歴史的事実」の社会的責任は重い。地域に暮らす人びとと対話しながら、私たちは「歴史的事実」をめぐる視角を工夫しながら、展示に取り組んでいる。
(次回に続く)
私の勤務する博物館の2010年は、1月から慌しくなりそうである。国立の機関が資料を貸し出し、地域の博物館で展示する相互交流展示事業として、1月と2月に企画展がそれぞれ計画されているからである。
1月中旬から開催する企画展は、「琉球弧の植物(仮題)」である。当館には自然系の学芸員が不在なので、自然系を専門分野とする文化財保護審議会や博物館運営委員会の先生方、さらには地元で自然保護や調査研究等に取り組んでいる民間団体等からも協力をいただき、総動員体制で準備を進めている。
琉球弧の島嶼では、「東洋のガラパゴス12 」と称されるように、固有種や固有亜種に富んだ野生生物の生物相が認められる。たとえば、国特別天然記念物のアマミノクロウサギ13 は、奄美大島と徳之島にしか生息していない。日本で最も美しいカエルといわれるイシカワガエル14(上掲写真) は、奄美大島と沖縄本島にしか生息していない。そうした島単位で生物相が複雑に異なる特徴があるので、琉球弧の相対的な植物相が理解できる今回の企画展は、地元の植物愛好家だけではなく、大勢の方たちに関心を寄せていただけるだろうと期待している。
博物館側としても、奄美大島の自然を蝕んでいる危機について、地元の皆さんにご理解いただくよい機会なので、独自の展示を併設させていただく計画も立てている。豊かな大自然で世界遺産登録を目指す奄美大島であるが、ペットや園芸による外来種の侵入、野生動物のロードキル(交通事故)、開発事業による自然破壊等、直面する課題は多いと指摘されている。そうした現実を的確に解説して、周知を図る役割も地域博物館の重要な使命である。さらに児童生徒の環境教育にも生かしてもらうため、奄美大島の植物を利用した親子で参加できる体験型の講座も開催する計画である。
地域や学校に必要とされる博物館であり続けたいものである。
(このシリーズ終わり)