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日本には約5600の博物館(相当施設・類似施設を含む)がある。この中には、いわゆる博物館のほか、美術館、動・植物園、各種資料館なども含まれる。 ここでの活動を一身に引き受けるのが<学芸員>と呼ばれる人たちだ。 彼らは日々、資料の<収集>に奔走し、<保管・整理>に苦慮し、より良い<展示>方法に悩みつつ、そのかたわらで自らの<調査研究>を深化させ、蓄積された情報を人々に発信する<教育活動>を実践している。そんな彼らの八面六臂の働きぶりを紹介しよう。

北名古屋市歴史民俗資料館

平成18年3月、愛知県西春日井(にしかすがい)郡師勝(しかつ)町と西春(にしはる)町が合併、北名古屋市が誕生しました。その北名古屋市の東図書館内に歴史民俗資料館はあります。師勝町歴史民俗資料館時代の平成5年に開催した「屋根裏のみかん箱は宝箱」展は、それまで顧みられることのなかった、昭和30年代の日用品を収集・展示。こうした展示手法は、その後、全国に波及しました。人々の「懐かしさ」を引き出す生活用品は、高齢者のケア、認知症の予防に有効とされる「回想法1」でも大きな役割を担います。現在、北名古屋市は地域ケアとして「回想法」を取り入れ、資料館はその主要な活動拠点の一つとなっています。
今回は、こうした一連の活動を推し進めてきた学芸員の市橋芳則さんにご登場願いました。

(写真提供/北名古屋市歴史民俗資料館)

2009年11月06日

第1回 昭和日常博物館の試み

昭和30年代の日用品・生活雑貨が、
博物館の収集・保存の対象となった

 博物館の展示品。―太古からの人類の遺産、巨大な恐竜の化石、稀なる美術品、日常的に使われていたがその実用の責を失った民具などなど―。その対象物は枚挙に暇がない。

 

資料館全景
北名古屋市役所東庁舎(旧師勝町役場)に隣接する北名古屋市東図書館(掲載写真)の3階が歴史民俗資料館です

 

 昭和日常博物館としての北名古屋市歴史民俗資料館が試みとして収集・展示しているのは、昭和時代、なかでも戦後から高度経済成長2を遂げていく過程の暮らしのなかで使われたものである。50年から60年前という過去であり、歴史として扱われつつもあるが、学術的評価は、まだ安定していない。ついこの間のことであり、多くの個人のキオクのなかにある時代である。しかし、このことが昭和日常博物館の展示に様々な可能性を提起している。
 懐かしいという表現で親しまれるようになった「昭和時代」。その時代を知る多くの人たちが、郷愁を感じ、その時代の生活用品を見ると思わず自身の思い出を語ってしまう。特に昭和30年代は、電化製品の登場、普及によって暮らしが激変し、その記憶は深く刻まれている。こうした時代の生活用品は、実はあまり注意をはらわれることもなく処分されてきた。しかし、今、私たちの暮らしの原点ともいえるこうした時代の資料は、希少価値を伴い貴重な博物館資料として認識されつつある。

 

お茶の間
懐かしい昭和30年代のお茶の間の風景

 

 本来博物館が収集の対象としていなかったものを集める苦労と苦悩。昭和日常博物館の資料は、今でこそ資料と呼べるようになったが、集め始めた平成5年頃は、まったく顧みられていなかったものである。当時のキャラメルやカレーの空き箱、使われなくなった電化製品などなど、捨てられ消えていくはずの運命であったものである。率直に言えば、ゴミ、粗大ゴミとして扱われていたものでもある。

 

駄菓子屋さんの店先
思い出の詰まった駄菓子屋さんの店先

 

 こうした取り組みの意思表示をしたのが、平成5年に開催した「屋根裏のみかん箱は宝箱」という企画展である。屋根裏などに木箱やダンボール箱にしまいこまれた生活雑貨、それが、私たちの詳細な生活史を知る重要な手がかりであるという展示会である。
 私たちの記憶に残る身近なものを博物館資料として位置付け、収集・保存・展示するという動きが始まった。日常が博物館入りした時である。

(次回に続く)

脚注

    1. 1960年代にアメリカの精神科医師ロバート・バトラーによって始められた心理療法。高齢者が語る懐かしい思い出などを聞き手が肯定的に聞くことによって、高齢者の記憶が刺激され、認知症の予防や高齢者のケアに効果があるとされる。懐かしい生活用具は、高齢者の記憶を甦らせるよいきっかけとなる。
    2. 日本経済は昭和30年(1955)に第二次世界大戦前の水準を回復。以後、昭和48年の第1次オイルショックまで、一時期(昭和40年の不況)を除き、高い経済成長率を維持し続けた。この間、日本の国際競争力は強化され、昭和38年にはGNPが資本主義国家のなかでは、アメリカ合衆国についで第2位となった。
2009年11月13日

第2回 昭和日常博物館のコンセプト

ひとつひとつは、ささいな「モノ」
でも、集まれば貴重な資料となる

 この10年余り、昭和レトロブーム3と呼ばれる流行が継続し、幾度となくピークを迎え、だが、衰えることのない状況がある。商業としても「昭和」という単語やその時代背景、デザイン、イメージが多用され集客、販促につながっている。
 映画「ALWAYS 三丁目の夕日4」は好評を博し、各地の博物館で開催されるさまざまな「昭和展」は賑わいを見せている。

 

懐かしい情景
昭和30年代の懐かしい街角

 

 昭和30年代、懐かしい時代の展示は美化され、厳しかった現実等、本質が見えないという指摘もあるが、今、残しておかなければならないことは明白である。
 当館のコンセプトを表現するために、もっとも貴重な資料は何かと問われると、写真(下掲)の資料を提示することにしている。

 

防虫剤の袋
赤、黄、緑、紫。隅を切って使用した、色とりどりの防虫剤の袋

 

 セロファンの赤、黄色、緑など色とりどりの袋、2cm×4cmほどの小品。色合いとともに、触ったときのパリパリとした手触りが懐かしい。何かといえば防虫剤。中に入っていた十円玉サイズの樟脳が揮発した空き袋、ゴミである。今市販されている防虫剤の多くは、袋から出してそのまま引き出しに投入するタイプのものである。防虫剤を入れる際に、ハサミで端を切り取っていたということも、こうした、ゴミと紙一重の資料から読み取ったり、思い起こしたりすることができる。残しておかなければ、暮らしの歴史から消えてしまいそうなはかないもののひとつである。
 こんなエピソードがある。電話をかける際は、当然「ダイヤルを回す」という表現が使われたものだが、最近の電話機では「番号を押す」や「選択する」に代わった。黒電話を小学生に「かけてごらん」と提示すると、かけ方がわからない子どもがほとんどで、ダイヤルのナンバーを指で押すという結果を見る。ダイヤルの穴に指を入れてまわし、戻ってくるのを待つということを教えることになった。

 

ダイヤル式電話機
ほとんど見かけなくなったダイヤル式の電話機。かけ方の注意が記してある

 

 知らない間に消失してしまうものや行為がある。暮らしというのは、習慣的に日々を過ごす、平凡、という側面を持っている。特に顧みなくともなんら困ることのない事柄も多い。
 博物館の責務に、そんな平凡さも収集、保存しなければならないことを付加する必要があることを実感した。

(次回に続く)

 

脚注

    1. 1980年代の後半頃から兆しがあり、2000年代に入って本格化。懐古の対象は、広い意味では激動の昭和時代(1926-89)全般であるが、主に昭和30年代以降の高度経済成長期にスポットがあてられる。音楽・漫画・テーマパーク・映画・テレビ・文芸など、さまざまなジャンルに波及、産み出された商品も数多い。大分県豊後高田市(昭和の町)や東京都青梅市など、「昭和レトロ」を町興しの中核事業に据える自治体もある。
    2. 『ビッグコミックオリジナル』(小学館刊)で昭和49年(1794)から連載が続いている漫画「三丁目の夕日―夕焼けの詩」(西岸良平作)を映画化した作品。2005年11月公開。監督は山崎貴。東京タワーが建設途上という昭和33年をベースに、当時の東京の町並みをVFX(視覚効果)技術と忠実な時代考証で再現。CG(コンピュータグラフィックス)にして組み合わせ、違和感なく物語に溶け込ませることに成功。数々の映画賞に輝いた。 建設中のタワーが見える町(夕日町三丁目)に暮らす、高度成長期下の庶民の哀歓が描かれる。
2009年11月20日

第3回 懐かしさの効用

昭和の展示物には、キオクを掘り起こす力がある
博物館が新たな活動の一拠点となった

 資料館に一歩足を踏み入れると、一見するなり「懐かしい」という言葉を発してしまう。展示されている、かつて自身が手にし、味わった品々についての様々なキオクを思い出せば黙ってはいられない、という様子がよく見受けられる。それは、昭和時代の展示イコール今生きている人々のキオクの展示だからである。
 昭和時代を展示や収集の対象として扱うことは、今を生きる人の多くが知り、実体験のあるものを資料として扱うことを意味している。縄文、江戸時代などの資料とは異なり、「私はこうした」と積極的かつ具体的に発言できる時代の資料なのである。

 

展示会場
高齢者が集う懐かしい展示会場

 

 こうした活動を続けるなか「回想法」という高齢者をケアする手法との出会いがあった。「回想法」とは、懐かしい生活道具等を用いて、かつて自分が体験したことを語り合い、過去に思いをめぐらすことにより、生き生きとした自分を取り戻そうとするもので、展示会場では、自然多発的にキオクが掘り起こされ、来館者の笑顔を引き出している。
 従来は、認知症のケアとして用いられていた心理療法であったが、北名古屋市では、地域に暮らす元気な高齢者がその活力を維持し、世代を超えた地域内の交流を巻き起こし、まちを創っていく手段と位置づけ、「地域回想法」と名づけて、取り組みを行っている。
 懐かしいものには、人々の笑顔を引き出すチカラがあるのだ。
 平成11年に「ナツカシイってどんな気持ち? ナツカシイをキーワードに心の中を探る。」と題して企画展を行い、回想法と収蔵品の新たな関わりを提言した。

 

回想法
資料館は回想法に必要なモノの宝庫

 

 そして、当館と収蔵資料及び明治時代の旧家である国登録有形文化財「旧加藤家住宅5」を活用し、福祉と教育と医療関係者が連携しながら回想法を用いた地域高齢者ケアを行っていくスタイルが確立され、平成14年度には「旧加藤家住宅」内に国内最初の「回想法センター6」が開所した。
 現在も、保健士を中心に歴史民俗資料館、回想法センターが主体となり「北名古屋市思い出ふれあい事業」として多くの高齢者の参画を得て、さまざまな回想法関連事業が地域で展開されている。
 博物館の担う役割に、高齢者ケアや認知症予防が掲げられることはなかった。多くの人のキオクに残る昭和時代の生活資料を扱うことで、コレクションが新たな社会的資源として認識され、博物館に新たな責務が誕生した。

(このシリーズ終わり)

脚注

    1. 地域における、江戸時代から明治時代にかけての地主層の典型的な住宅建造物。明治初期から10年代に建てられた主屋、長屋門、中門、土蔵や、大正から昭和にかけて建てられた離れ・茶室は国の登録有形文化財となっています。
    2. 平成14年に回想法事業(思い出ふれあい事業)の拠点施設として竣工。回想法スクールの実践の場、回想法の研究・研修の場として利用される。建物は旧加藤家住宅と調和するような木造平屋建で、昔の学校の教室をイメージした部屋を配置。歴史民俗資料館の収蔵物も教材として活用されている。

DATA

●所在地
〒481-8588
愛知県北名古屋市熊之庄御榊53
 (北名古屋市東図書館3F)
・TEL 0568-25-3600 
・FAX 0568-25-3602
●開館時間
午前9時~午後5時
●休館日
・毎週月曜日 (ただし祝日のときは開館し、その日後の最初の休日でない日)
・館内整理日
毎月末日
(ただし、日曜日又は月曜日のときはその日後の最初の休日又は休館日でない日)
・特別整理期間
・年末年始(12月28日~1月4日)
●URL
 http://www.city.kitanagoya.lg.jp/rekimin/