学芸員のウォーキングガイドの第1回目は、葛飾区郷土と天文の博物館の学芸員、谷口榮さんに案内してもらいます。景観ばかりではなく、音、匂い、味など、五感を駆使して「葛飾の魅力」を満喫しましょう。初回は葛飾が初めての人にお薦めのコースです。
まだ葛飾を訪れたことがない! という皆さんにお薦めは、
出発する前に《葛飾の景観》の特徴と魅力について基礎的なことを学んでおこう、と思ったら、谷口さんが語る「葛飾の魅力的な3つの景観」を是非お読みください。
スタート | 金町駅(JR線・京成線) | |
↓ | (徒歩 12分) | |
見どころ1 | 金町浄水場 | |
↓ | (徒歩 9分) | |
見どころ2 | 柴又八幡神社 | |
↓ | (徒歩 6分) | |
見どころ3 | 帝釈天参道 | |
↓ | (徒歩 5分) | |
見どころ4 | 柴又帝釈天(題経寺) | |
↓ | (徒歩 10分) | |
見どころ5 | 江戸川と矢切の渡し | |
↓ | (徒歩 5分) | |
見どころ6 | 葛飾柴又寅さん記念館 | |
↓ | (徒歩 3分) | |
見どころ7 | 山本亭 | |
↓ | (徒歩 10分) | |
ゴール | 再び帝釈天参道 |
※歩行時間はあくまでも目安です。 ※見学・休憩などの時間は含まれていません。 ※帝釈天参道から柴又駅までは、5、6分かかります。 |
スタート 金町駅(JR線・京成線) |
スタートは金町駅。JR常磐線の金町駅と京成金町線の京成金町駅が隣合わせにあるが、どちらでもOK。金町駅を出発したら、江戸川区 |
京成金町駅周辺の夕景色 |
見どころ1 金町浄水場 |
金町駅を出て水戸街道(国道6号)を渡り、しばらく行くと、左手に見えてくる大きな施設は、金町浄水場。隅田川以東を中心として東京都の東部に水を供給する東京都水道局の施設で、江戸川から取水している。大正15年(1926)に竣工したが、蛇口をひねると水が出るという、極めて日常的なあり様は、この金町浄水場が機能しているからこそ。まさに東京都東部の生活を支える生命線である。 |
見どころ2 柴又八幡神社 |
金町浄水場を過ぎると、右手に木々が茂る柴又八幡神社の社叢が見えてくる。社叢を目当てに二股道を右手にとって柴又街道から別れ、金町線の線路沿いを行き、広い道に出たところで右手に折れ、踏切を渡ると神社の境内。柴又八幡神社の創建された詳細な年代は不明だが、少なくとも近世以前にはさかのぼる柴又村の鎮守。三匹の獅子による神獅子が伝えられ、区の無形民俗文化財に指定されている。社殿は、昭和40年代に改築されたが、工事の際、埴輪などが出土して、境内が古墳であることがわかった。その後、葛飾区郷土と天文の博物館と考古学ボランティアによる学術調査が行われている。フーテンの寅さん似の帽子を被った人物埴輪(連載第1回に写真掲載)や馬型埴輪、朝鮮半島の影響がうかがえる土器などが出土し、この地域への渡来文化の影響を物語る資料として注目を集めた。古墳は全長20メートルを超え、東京下町では唯一の前方後円墳である(前方部が道路で削平されていて、詳細な規模は不明)。東京下町が江戸以前から開発され、歴史を刻んでいることを雄弁に物語る遺跡だ。社殿はこの古墳の上に建っており、境内の周りから社殿の基盤の高さを注意して見ると、その様子が観察できる。出土した埴輪などの資料は葛飾区郷土と天文の博物館で展示している。 |
柴又八幡神社 |
見どころ3 帝釈天参道 |
来た道を戻り、先に渡った踏切を再び渡って今度は直進、先ほど別れた柴又街道との十字路に出る。十字路を右に折れ、少し行くと、左手に「帝釈天参道」と記されたアーチが見える。そのアーチを潜って、両側に店が軒を並べる柴又帝釈天参道を進む。ただし、ここは下見気分であまり時間を掛けない。どんな店があるのかを確認する程度。今回のウォーキングでは、ここで時間を掛けすぎると後の行程を楽しむ時間がなくなってしまう。少しの我慢。楽しみは後にとっておきましょう。しばらく行くと正面に大きな二天門が見えてくる。 |
見どころ4 柴又帝釈天(題経寺) |
二天門から帝釈天の境内に入ります。手前に松が庇のように茂っていて、正面に見えるのが帝釈堂。左手には寅さんが産湯をつかったとされる御神水がある。映画『男はつらいよ』で全国的に有名になり、柴又帝釈天の名称で親しまれているが、正式には |
題経寺帝釈堂 |
見どころ5 江戸川と矢切の渡し |
江戸川の高い土手を登ると、360度が見渡せる雄大で開放感のある景色が広がる。江戸川の優雅な流れは、私たちをすがすがしい気持ちにさせてくれる。天気が良いと、北東方向に筑波山を仰ぎ見ることもできる。川の上手には、2つのレンガ造りの取水塔(金町浄水場へ江戸川の水を取り入れる施設)がそびえ、川沿いの風景にアクセントをつけてくれている。江戸川と土手、そして取水塔のある風景は、東京を代表する景観の一つといってもよい。目の前の川辺には、伊藤左千夫の小説『野菊の墓』に、別れの場所として登場する |
柴又から望む江戸川 |
見どころ6 葛飾柴又寅さん記念館 |
矢切の渡しや江戸川河川敷、そしてスーパー堤防を含めた一帯は柴又公園として整備されている。寅さん記念館もその公園内に位置する。名誉館長は、あの山田洋次監督。映画『男はつらいよ』でおなじみの団子屋「くるまや」や柴又の風景を体感でき、車寅次郎をとりまく家族や歴代マドンナなどの登場人物、ロケ地なども紹介しており、『男はつらいよ』ファンにはたまらない。映画を知らない世代でも、昭和という時代を確認するのに適した施設といえる。最近リニューアルされ、内容もさらに充実した。入館料は、一般500円、小・中学生300円、シルバー400円(これから行く隣の山本亭とのセット券を買うと、入館料が50円割引となる)。 |
見どころ7 山本亭 |
山本亭は葛飾柴又寅さん記念館の北隣にある。カメラの部品製造を行っていた山本氏の居宅で、昭和63年(1988)まで使用されていた。その後、葛飾区が整備して、平成3年(1991)から一般に公開。ちなみに、居宅の南側、今の葛飾柴又寅さん記念館がカメラ工場のあった場所。そこは大正12年(1923)の関東大震災までは瓦工場であった。山本亭は本瓦葺き2階建て。数次にわたる増改築を経て、伝統的な書院造をベースに洋風建築を採り入れ、見事な和洋折衷の造形美である。屋敷の南に面して庭園が設けられている。池泉や築山、石を配して、滝を設けるなど、純和風の緑豊かな庭園である。また屋敷の一角には、地下式の防空壕が現存し(普段は見学できない)、戦争遺跡としても貴重な文化財である。室内では抹茶、和菓子(有料)なども楽しめる。畳に座り、部屋のしつらえや庭を眺めながら一休みしたら、いよいよ仕上げの街歩きと行きたい。山本亭単独での入館料は100円(中学生以下は無料)。 |
庭園から見た山本亭 | 防空壕の入口 |
ゴール 再び柴又帝釈天参道へ |
柴又歩きの醍醐味は、何といっても帝釈天の参道。店の声かけや参詣客、見物客の雑踏も柴又ならではの風情。草団子あり、煎餅あり、佃煮あり、そして川魚料理ありと、食の名物には事欠かない。食べ物以外にも、達磨や郷土玩具のはじき猿などの土産物が店の軒先を飾っている。お土産を探しながら、ゆっくり一軒一軒の店を見て歩くのもよし、草団子を頬張るもよし、楽しみ方は幾通りもある。草団子は店によって、個性があり、味わいも違う。百聞は一見にしかず、是非お試しあれ。お酒がイケる人は、川魚料理で一杯。点在する柴又の川魚料理屋は、幸田露伴、夏目漱石、尾崎士郎などなど、多くの文人の舌も楽しませてきた。柴又を舞台とした小説を片手に、盃をあけるのもここならではの楽しみ方。 |
柴又駅前の寅さん |
河川沿いの風景 |
葛飾区は、西から東に順に荒川(荒川放水路)、綾瀬川、中川、新中川(中川放水路)、江戸川が流れている。これらの河川は、各々異なった河川景観を呈し、また川沿いの風景も趣を変える。例えば、中川や江戸川は河川改修などで手を加えられているが元々は自然河川。一方、荒川(荒川放水路)や新中川(中川放水路)は人工的に開削された放水路である。そのため荒川や新中川の河道は直線的で、街並みも川に向いて発達していない。それもそのはずで、荒川は昭和5年(1930)の通水から80年しかたっておらず、新中川は昭和38年の完成から半世紀も経ていない。それに対して、中川は江戸時代に手を加えられているが、古代から葛西地域の中央を流れている動脈であり、歴史の厚みが違う。東京都と千葉県の境をなす江戸川は、大きく弓状に蛇行する流れが雄大である。葛飾側から見ると下総台地の縁辺が壁のように連なっており、東京下町との地形的差異も楽しめる。中川には江戸川のような雄大さはないものの、曲がりくねった流れは、宅地化された東京下町の景観にアクセントをつけている。これらの河川を見比べてみるのも葛飾ならではの楽しみであろう。 |
東京下町の風景(京成線各駅の周辺) |
葛飾区は、東西方向に鉄道路線が貫いている。JR線が北(常磐線)と南(総武線)を走り、中央部を京成各線(京成本線、金町線、押上線)が走っている。JR線は線路敷きが広く、直線的であるのに対して、京成線はJR線に比べれば、線路敷きは狭く、街中を縫うようにカーブを描いている。そして、JR線の駅は駅前にロータリーが設けられているのに対して、京成線各駅では駅前にロータリーがない。京成線の駅は改札口を出るとすぐに街中に入って行く構造で、駅の周りに商店街、さらにその周縁部には昔ながらの町工場なども点在する。町工場の従業員やその家族で賑わいをみせる商店街や銭湯などは、昔ほどの活気はなくなったものの、他の地域に比べれば、まだまだ下町の風情を留めている。それに勤労者が一日の疲れを癒すために通う「千ベロF」の飲み屋さんも京成沿線に健在。葛飾の飲食文化は東京下町の風景に欠かせない構成要素となっている。 |
かつての農村的風景 |
葛飾のもう一つの魅力的な景観、それは都市化された風景のなかに垣間見えるかつての農村的遺景である。江戸時代、葛飾は、都市江戸の発展を支える食糧基地として、また行楽地として江戸東郊の一翼を担った。水田耕作だけではなく、巨大消費地江戸に向けた蔬菜類の栽培が畑地で盛んに行われ、小松菜も特産だった。近代になって、江戸は日本の首都東京へと変貌する。しかし、関東大震災によって甚大な損害を被り、被災した人々は東郊である葛飾を含めた郊外に居を移すようになる。昭和期に入ると、太平洋戦争による東京大空襲などの戦火に罹り、さらに郊外へと人が移動することになった。その結果、開発は益々促され、耕地面積を狭めていった。今は昔ながらの水田は姿を消してしまったが、葛飾区北部の水元や奥戸地域にはまだ畑や農家の佇まいが残る家屋がある。また、京成線の駅近くの住宅街をよく観察すると、農家の建物が残っていたり、家と家の間に小さな畑が残っていたりする光景を見かける。水元や奥戸地域はともかく、京成線の駅周辺の東京下町的な街並のなかに農村の遺景が密かに残っているのだ。
そして、これらの景観のなかに刻まれている葛飾ならではの「歴史」を読み取ることで街歩きは魅力を増し、さらに音・匂い・味など、自身の五感を研ぎ澄ますことによって「葛飾を極める」楽しさを体感できるはずである。 |
前回は葛飾の入門コースともいうべき、
この地域の魅力は、今目にする風景の面白さだけではなく、古代・中世・近世、そして近・現代へと、時代とともに変貌する、その時々の歴史が地域に刻まれていることにあります。歴史的なことは追々紹介するとして、ただ、この地域の景観を理解するうえで注意していただきたいことがあります。それは、大正13年(1924)に通水して一応の完成をみた荒川放水路aの存在。首都東京を水害から守るという治水面からの目線だけでなく、放水路の開削前と開削後では、景観がいかに変わったのか? そして、放水路がこの地域の開発とどのようにかかわったのか? などについても頭の片隅に置いて歩いてみると、思わぬ発見があるかもしれません。まずは出発地点である京成押上線四ツ木駅へ向かいましょう。
スタート | 四ツ木駅 | |
↓ | (徒歩 10分) | 見どころ1 | 西光寺・清重塚 |
↓ | (徒歩 5分) | 見どころ2 | 荒川土手 荷風が杖を曳いた道 |
↓ | (徒歩 20分) | 見どころ3 | 浄光寺 |
↓ | (徒歩 10分) | 見どころ4 | 水道みち |
↓ | (徒歩 15分) | 見どころ5 | 立石大通り |
↓ | (徒歩 5分) | ゴール | 立石仲見世のアーケード街 |
※歩行時間<はあくまでも目安です。 ※見学・休憩などの時間は含まれていません。 |
スタート 四ツ木駅 |
四ツ木駅界隈は、昭和50年代まで、荒川放水路の左岸では有数の繁華街でした。ただし、駅のホームに立って、対岸の墨田区荒川駅(平成6年に改称し、現在は |
見どころ1 西光寺・清重塚 |
四ツ木駅から荒川土手に出る前に、少し寄り道をして超越山 |
見どころ2 荒川土手・荷風が杖を曳いた道 |
清重塚に参拝したら、北に進み水戸街道に出ましょう。前述した高速道路が見える西の方へ進むと、 |
見どころ3 浄光寺 |
土手下の道を下流に進むと「きねがわ薬師c」の名でも親しまれる青龍山 |
見どころ4 水道みち |
浄光寺をあとにしたら、高速道路が大きく立ちはだかる荒川土手下の道を北(上流)に向かいましょう。しばらく行くと、祠のある信号があり、これをやり過ごしてさらに北に行くともうひとつ信号があり、ここから北東方向へ細い直線的な道が貫いています。この通りを地元では「水道道=すいどうみち」とよんでいます。昭和元年(1926)から給水を始めた金町浄水場の水道管(幹線)が埋設されていることから付けられた名前です。金町浄水場の給水先は、葛飾・江戸川・墨田・江東・足立・荒川・台東・北・中央各区の大部分と千代田区の一部で、東京都東部の重要なライフラインとなっています。ところで、この水道みちは、従来から通じていた東西、南北に走る道に対して、ちょうど斜め45度方向に走っていますので、この道を歩くと、いたるところで5叉路、6叉路、7叉路、はたまた8叉路にまで出くわすことになります。 |
見どころ5 立石大通り |
水道みちをさらに北東に進むと、正面に区立 |
ゴール 立石仲見世のアーケード街 |
橋の親柱をあとにして、さらに進むと、賑わいが増してきます。一帯は、漫画家つげ義春の原風景の世界。つげ義春は、本田小学校に通い、メッキ工場で働くなど、この界隈で暮らしていました。立石駅が近づくと、左手に駅に通じるアーケードが見えてきます。立石商店街は、大きなアーケードの立石駅通り商店会、小さなアーケードの立石仲見世共盛会、さらに立石大通り商店会、立石中央通り商店会、立石駅北側の区役所通り商店会があり、これらを合わせて立石商店連合会といっています。 |
おわりに
この葛飾ウォークでは、皆さんに五感を通して葛飾という地域を満喫していただきたい、という思いを込めてコースを設定しました。さらに、その効果を高めるために、是非、「葛飾区郷土と天文の博物館」にご来館いただければと思います。街歩きを始める前に、葛飾の歴史や地理的特徴を学習することによって、地域に刻まれた歴史が、これから目にするであろう景観の深みとなり、ウォーキングを終えたあと「葛飾ならではの余韻」を感じていただけるのでは、と思っています。
最後にもう一つ。これからの街歩きの楽しみ方として、2011年12月に竣工するスカイツリーから眺望する東京下町の大パノラマも見逃せないのでは? という提案です。これから歩こうと思う地域を事前に眺めてチェックする、あるいは歩いた後でも、スカイツリーから俯瞰することで、改めて発見できることもあるでしょう。きっと今まで以上に街歩きを楽しくさせてくれるはずです。街歩きによる細かな観察と、スカイツリーから俯瞰する大きな視野、この二つを組み合わせた景観観察にはもってこいの条件が整っている地域、これは新しい葛飾の魅力になるのではないでしょうか。