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日本には約5600の博物館(相当施設・類似施設を含む)がある。この中には、いわゆる博物館のほか、美術館、動・植物園、各種資料館なども含まれる。 ここでの活動を一身に引き受けるのが<学芸員>と呼ばれる人たちだ。 彼らは日々、資料の<収集>に奔走し、<保管・整理>に苦慮し、より良い<展示>方法に悩みつつ、そのかたわらで自らの<調査研究>を深化させ、蓄積された情報を人々に発信する<教育活動>を実践している。そんな彼らの八面六臂の働きぶりを紹介しよう。

兵庫県立歴史博物館

兵庫県立歴史博物館は昭和58年(1983)に開館。平成19年(2007)には、多くの県民が交流し「新しい学びの場」となる『交流博物館』を目指してリニューアルオープンしました。所在地は、国の特別史跡であり、国宝であり、かつ世界文化遺産でもある姫路城のすぐとなり。眩し過ぎるおとなりに負けないで輝くぞ! と奮戦中です。今回の案内人は博物館で「民俗」を担当する香川雅信氏。氏の主な研究テーマは「妖怪」と「玩具」。平成18年には「妖怪」に関する博士論文を提出して博士号を取得。日本で初めての「妖怪博士」かもしれません。
2010年1月15日

第1回 「何でも屋」の民俗担当

民俗学は主に歴史(文献)には記されない
日常の生活文化を探求する学問
そのためか「歴史」や「考古学」や「美術」から
はみ出した資料も担当する

 兵庫県立歴史博物館は、世界遺産・姫路城の北側、シロトピア記念公園のなかにある。神戸にあると思い込んでいる人も多いようだが、歴史を物語るという意味では、これほどふさわしい場所はほかにないだろう。ただ、姫路城を見に来る人の多くが、北側に博物館があるということには気がつかずに(姫路城は南側が正面なのだ)そのまま帰ってしまう、というのは頭の痛いところなのだが。

 

博物館の外観
博物館の窓には強敵? 「姫路城」の美しいシルエットが映っています

 

 私はこの兵庫県立歴史博物館で、民俗担当の学芸員として勤務しているが、当館には近代史を専門とする学芸員1がいないため、そちらの仕事も私の兼務となっている。と言うより、むしろ近代関係の資料を扱う仕事の方が圧倒的に多い。

 それに加えて、当館には「入江コレクション」と呼ばれる、児童文化史関係資料の一大コレクションが収蔵されているが、こちらも私の担当とされているのである。「入江コレクション」は、大阪の児童文化史研究家であった故・入江正彦氏が35年にわたって収集した子ども文化に関するコレクションで、入江氏が平成12年(2000)に亡くなられた後、御遺族の御厚志によって当館に一括寄贈された。その内容は玩具・書籍・教育資料・生活用品・衣服など多岐に及んでおり、その総数は約11万点に達する膨大なものである。

 この「入江コレクション」を含めて当館の所蔵資料は約32万点に及ぶが、民俗資料、および近代史資料の占める割合はもともと多いので、館蔵資料の半数、下手をすると3分の2は私一人で管理していることになる。これほど極端ではないにしても、民俗担当の学芸員は、ともすれば歴史担当の学芸員も美術担当の学芸員も扱わない「その他」の資料をすべて引き受ける「何でも屋2」と化しているきらいがある。もしあなたが、民俗担当の学芸員を目指しているならば、ゆめゆめ覚悟なされるよう・・・。

脚注

    1. 兵庫県立歴史博物館ではネットミュージアム『ひょうご歴史ステーション』(http://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/historystation/)というサイトを運営している。同サイトによると、香川氏のほかに、歴史民俗学・日本文化史が専門のO氏、 日本彫刻史が専門のK氏、城郭史が専門のH氏、日本美術史が専門のI氏、日本考古学が専門のS氏、日本中世史が専門のM氏、美術工芸史が専門のK氏、仏教美術が専門のH氏の8名が、それぞれの分野を担当している。

       

    2. ちなみに博物館には特別展や企画展を行うギャラリーのほかに、「ひょうごのあゆみ・ひょうごライブラリー」「みんなの家」「歴史工房」「バーチャル歴史工房」「こどもはくぶつかん」「ひょうごの祭り」「姫路城と城下町」の各常設展示コーナーがあるが、香川氏は「こどもはくぶつかん」、「ひょうごの祭り」、「歴史工房」の「昔のくらし」の各コーナーを担当している。
2010年1月22日

第2回 博物館の怪談

展示物の価値や由来を
正確に把握するのが学芸員の役割
しかし、この能力は『怪談』をつくり出す
能力とは別のものである

 数年前、ある雑誌の企画で「学芸員の怪談を語る」という座談会(というより怪談会)に参加したことがある。私は「妖怪」を主な研究対象としていることもあってお呼びがかかったのだが、正直困ってしまった。私の勤務先の博物館には、怪談がないのである。

 博物館という場所には、長い歴史を経てきたさまざまな古いモノが山のように収蔵されている。それだけで、多くの人は何か霊的なものが渦巻いているように感じてしまうようだ。昨年の夏にパート2が公開された『ナイトミュージアム3』というアメリカ映画は、そのあたりのことを象徴的にあらわしている。真夜中の博物館で、ひとりでに動き出す展示物の恐竜やロウ人形・・・人が古いモノに対してほとんど本能的に感じる「不気味さ」が、そのような想像をかき立てるのだろう。

 

百鬼夜行絵巻
兵庫県立歴史博物館『夜の展示室』の風景? (じつは館蔵の『百鬼夜行絵巻』〈江戸時代〉でした)

 

 しかし、ご期待に添えず誠に心苦しいのだが、当館には怪談がございません。何でだろう困ったなと頭を抱えながらとりあえず怪談会に参加したのだが、はからずもその場で謎が解けたように思った。

 なぜ博物館に怪談がないのか。それは、学芸員が怪異を怪異として認識しないからである。例えば、収蔵庫で怪しい物音を聞いたとする。普通の人々には、それが時代を経てきたモノのうめき声のように聞こえるかも知れない。だが、学芸員にとって、モノはただのモノであり、物音はただの物音なのである。それらのあいだに関係性が打ち立てられれば、怪談が一つできあがってしまうわけだが、学芸員の前ではそれらは個別のモノ/コトに解体されてしまい、怪異譚を形成することはないのである。そうしたことが、怪談会を通じて見えてきたのだった。結局、「博物館の怪談」を作り出すのは、博物館の内部にいる学芸員ではなく、内部と外部の境目にいる人々、つまりアルバイト職員や派遣の職員たちだったのである。

脚注

    1. 2006年(日本では2007年)に公開された映画。舞台となったのはニューヨークのアメリカ自然史博物館。夜中になると、展示室に飾られていた恐竜などの展示物が、魔法の力で動き出す……。2009年に公開された『ナイトミュージアム2』では、物語の主舞台はワシントンDCのスミソニアン博物館に移されている。
2010年1月29日

第3回 妖怪を展示する

「恐ろしさ」の本領が発揮されるのは口頭伝承の世界
妖怪は視覚化された時点で
見て楽しい、という要素が加わる
目指したのは「明るく楽しい」妖怪展示

 水木しげる4の「ゲゲゲの鬼太郎」や京極夏彦5の「妖怪小説」などを通じて、子どもや若い人たちのあいだに妖怪に対する関心が広がっており、普段は博物館に来ないような層を呼び込める人気企画として、妖怪の展覧会が最近とみに目につくようになっているが、もともと公共の博物館として最初に妖怪展を開催したのは、私の勤務先である兵庫県立歴史博物館だった。昭和62年(1987)に開催された「おばけ・妖怪・幽霊…」と題するその展覧会は、画期的な試みとして注目され、多くの観覧者で賑わったと聞いている。

 それから20年以上経った今では、妖怪展は夏の恒例行事となってしまったが、まさに妖怪を研究対象としている私は、かねてから一つの疑問を胸のうちに抱えていた。妖怪展で展示されるのは、絵巻や浮世絵といった絵画資料が中心なのだが、それらは多くの場合「闇に対する恐れ」や「異界に対する想像力」を反映したものとして説明されている。しかし、果たしてそれは正しいのだろうか。なぜならば、本来、口頭伝承のなかの存在であった妖怪は、視覚化された時点ですでに「フィクション」としての道を歩み始めているからである。さらにいえば、視覚化された妖怪はすべからく「見て楽しむもの」であり、その意味ではまさに「マンガ」なのである。

 

神農絵巻 稲生物怪録
江戸時代に描かれた妖怪にはどことなく「愛嬌」がある。上段は『神農絵巻』(兵庫県立歴史博物館蔵)、下段は『稲生物怪録絵巻・残巻』(個人蔵)から

 

 こうした疑念をもとに、私は昨年「妖怪天国ニッポン―絵巻からマンガまで―6」と題する展覧会を企画し、兵庫県立歴史博物館と京都国際マンガミュージアムの2つの会場で開催した。この展覧会は、妖怪とは江戸時代からすでにフィクションであり、娯楽の対象であったという私の考えに基づいたもので、闇や恐怖などではなく「明るく楽しい妖怪展」をめざしたものだった。妖怪とは馬鹿馬鹿しくて楽しいものなのだ、ということに気づいてもらえれば、この展覧会は成功だったと私は考えている。


(このシリーズ終わり)

脚注

    1. [1922- ]漫画家。本名、武良(むら)茂。妖怪漫画の第一人者として長年にわたって活躍。代表作「ゲゲゲの鬼太郎(きたろう)」では日本古来の民間伝承を描き、さまざまな地方の妖怪を紹介した。戦争体験を生かした「昭和史」でも知られる。他に「のんのんばあとオレ」「悪魔くん」「河童の三平」など(小学館『デジタル大辞泉』から抜粋)。『水木しげるの妖怪事典』『妖怪大図鑑』などの著作もある。
    2. [1963-]小説家。北海道の生まれ。妖怪・民俗学の知識を生かした幻想的な長編ミステリーを数多く手がけ、幅広い読者層を獲得する。「後巷説(のちのこうせつ)百物語」で直木賞受賞。他に「嗤(わら)う伊右衛門」「覘(のぞ)き小平次」「魍魎(もうりょう)の匣(はこ)」など(小学館『デジタル大辞泉』から抜粋)。なお、妖怪の研究に没頭したのは、水木しげるの作品から強い影響を受けたためという。

       

    3. 平成21年4月25日から6月14日まで開催。江戸時代の妖怪画を日本のマンガ文化、キャラクター文化のルーツと位置づけ、現代の妖怪マンガに至る系譜をたどった。

DATA

●所在地
〒670-0012
兵庫県姫路市本町68
・TEL 079-288-9011 
・FAX 079-288-9013
●開館時間
午前9時~午後5時
(入館は午後4時30分まで)
●休館日
・毎週月曜日 (月曜日が祝日・休日の場合は、火曜日休館) 
・ほかに館内の保守点検のための特別休館日 (平成22年は1月12日:火~1月15日:金)と 年末年始の休館日があります。
●入館料  ( )内は団体料金
《常設有料ゾーン》
一般   200円 (150円)
高・大学生 150円(100円)
小・中学生 兵庫県内 無料〈ココロンカード提示〉
        兵庫県外 100円(70円)
※特別展・特別企画展等の際は、観覧料金が変更となります
●URL
 http://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/