1999年、当時、立川市の図書館に勤務していた私は、多摩地域の「参考調査実務担当職員懇談会」のメンバーで、同じ地域の公共図書館の職員に対してアンケート調査を行いました。名づけて「こいつは使えるレファレンス・ブック あなたの10冊」。この時、ダントツ1位だったのが、『日本大百科全書(ニッポニカ)』でした(ちなみに2位は『国史大辞典』、3位は『日本国語大辞典』でした)。これは、至極、納得のいく結果でした。
私は、百科事典だけに頼ったレファレンス・サービスというものは薦めておりません。たしかに百科事典自体は優れたツールなのですが、それだけでは、利用者のニーズには応えられないと思っています。百科事典は、その次の段階に存在するであろう資料を辿るためのガイドであり、それによって見つけ出された複数の情報源を、利用者に提供すべきだと考えております。
『ニッポニカ』の最大の利点は、参考文献が明示されていることでしょう。『ニッポニカ』は、一つの項目から複数の資料へと繋げる事が可能な、すばらしいレファレンス・ブックなのです。そのため『ニッポニカ』が1位になったということは至極当然な結果でした。
私が「ジャパンナレッジ」の存在を知ったのは、アンケートから数年後のことでした。あの『ニッポニカ』をベースにし、関連項目へのジャンプや、関連サイトへのリンクなど、さらに充実した内容と使い勝手に驚かされました。
1960年代から1990年代前半までの図書館は、本や雑誌などの印刷資料を中心に提供していました。それが、1990年代後半からは、「ジャパンナレッジ」の例を挙げるまでもなく、インターネットの普及により、様々な情報が洪水のように押し寄せてきました。もはや、図書館は資料の貸し出しだけではなく、情報そのものを提供する必要に迫られているのです。しかし、デジタル情報は、図書館を通じることなく容易に入手が可能です。では、現代の図書館の存在意義は何なのでしょうか?
それは、パソコンではなく、“人”が情報入手のサポートをすることだと思います。
図書館には、司書がいて人的支援を行っています。司書が行う人的支援とは、利用者をヘルプするのではなく、サポートすることだと思っています。
では、ヘルプとサポートの違いとは何でしょうか? ここに飢えた人がいたとします。その人に魚を釣ってあげても(ヘルプしても)、飢えは一時的に解消出来ますが、根本的な解決にはなりません。むしろ、魚の釣り方を教えて上げられれば(サポートすれば)、その人は長期間飢えずに済むわけです。魚の釣り方、これを図書館に当てはめるとすれば、資料の調べ方への支援になります。
情報を必要としているのは、あくまで利用者なのです。私は出来るだけ利用者と一緒に調べることを基本にしています。図書館員は、利用者と一緒に書架を回る中で、どうやって調べていけば、必要な情報が手に入るのか、ということも含めてアドバイスしていかなければならないと思っています。
書架を一緒に回り、利用者と対話することによって、その方が本当に必要としている内容を聴き出すことも図書館員の重要なスキルのひとつと言えるでしょう。
また、先ほども述べましたが、見つけ出した本だけに頼るのでなく、必ず、それ以外の情報があるのではないかという意識を持ち、複数の情報源で事実の裏付けをしていくことも大事です。見つけた本の隣の隣に利用者が欲しかった本がある場合だってあるのですから。
このようなレファレンス・スキルを身につけた図書館員という人材自体を育成し、利用者に提供していくのが、これからの図書館の役目ではないでしょうか?
提供する人材は、図書館員とは限りません。
例えば、以前、私が応対した男性利用者は溶接の本を希望されていました。溶接の本という専門的なものは、公共図書館ではあまり所蔵していないのですが、それでも関連する技術書だけでも見てもらおうと、その男性を書架までお連れしました。その間に、私は、いつも通り、男性と会話することで、より詳しい希望を伺ってみました。
「あまり溶接の本というのは揃えていないのですが、どのような内容が必要なのですか?」
「実は溶接の資格を取りたいんですよ」私は、かねてより図書館におけるビジネス支援を推進しておりましたので、市内にある職業訓練校とコンタクトを取っており、その講義内容と担当者を把握していたのです。その中には、溶接の講座があったことも記憶しておりました。「図書館ではないのですが、この近くの職業訓練校で、溶接の講座をやっているんです。もし、よろしければ、担当者の方をご紹介いたしましょう」
その男性は、非常に満足されていました。図書館の資料では希望に応えることは出来なくても、私が職業訓練校の情報を知っていたことによって、その男性にとっては、専門書よりも有用な情報と相談出来る人材を得られた、ということになります。
すでに、レファレンス・サービスは、図書館内だけでなく、外部機関の人材や情報も利用していくようになってきているのです。人と人とを繋げるコミュニケーション能力を備えた司書が活躍する時代が来つつあると言えるでしょう。
そのためには各機関の情報を所有しているキーパーソンと幅広く知り合う必要があります。私は、図書館員も名刺を持って、様々な方々と情報交換を図るという営業的な活動を行っていくべきだと考えています。
印刷資料、デジタル情報、地域の人材、これらにリンクを張りつつ、評価し、組み合わせて、利用者に対してより良い形で情報や情報源を提供する。この仕組みが実現出来るのは、現段階では、図書館が最も良い位置にいる、と私は思っています。
インターネットだけの情報では解決出来ない、誰かに相談をしたい、という欲求は、人間だったら必ず出てくることでしょう。そのような時に図書館に行けば、書籍資料や地域の情報に精通している人がいて、話が出来るというのは、図書館ならではのメリットだと思います。
私が「ジャパンナレッジ」に信頼を寄せている一つの理由に、その情報に責任を持った執筆者や編集者、出版社という「人間」が明示されている点が挙げられます。その事実が、とかく責任者不在になりがちなインターネット情報源の中でも、「ジャパンナレッジ」を極めて信頼性の高いものにしているのだと思っています。
情報提供の機械化が進む中で、逆に人間の存在というものが浮き上がってくる、という気がいたします。