第五版 序
「撫で肩の辞典であることを期す」
『現代国語例解辞典』第一版の刊行に当たり、監修の林巨樹先生は序文でこのように宣言なさいました。“なで肩の辞典”とは、親しみやすくてわかりやすい、従来の辞典の枠にとらわれない、応用範囲の広い辞典ということです。
第一版から数えて今回の改訂で第五版となりますが、編集部では常にそのことを心掛けて本書の編集に当たって参りました。それが、第一版刊行から数えて三一年もの長きにわたって、本書が大方の支持を得られた最大の理由であろうと自負しています。
だが、かえすがえすも残念でならないのは、第一版からご指導くださったその林先生が、第四版の刊行後、二〇一二年に世を去られたことです。
ただ、第四版刊行から数えて十年、林先生のご逝去からもほぼ四年を閲してしまいましたが、“なで肩の辞典”でありたいという編集方針には、何ら変わることはありません。むしろ、先生のご遺志をこの第五版でもさらに推し進めたいと考えています。
その概要は以下の通りです。
(一)国立国語研究所が構築した『現代日本語書き言葉コーパス』(以下、コーパス)を検索し、その結果を本書のすべてにわたって活用する。それらは、「表記欄」「本見出し」「異形」「補注」等に反映させる。
(二)コーパスの検索結果を基に、類語や複数の表記をもつ語の違いが一目でわかるようにグラフ化し、さらに読み物としても楽しめるコラムを新設する。
(三)第一版以来、本書の特徴のひとつであったことばの正しい意味、用法を例文例示によって示した「類語対比表」や、第四版から設けた「結びつき欄」もコーパスを活用して、大幅に見直す。
(四)巻末に、コーパスの解説を掲載して、コーパスへの理解を深めるよう工夫する。
(五)現代生活に必要な新語約二、〇〇〇語を新しく立項して、総項目数を七一、〇〇〇語とする。
この第五版が広く受け入れられて、さらに多くの方にご活用いただけるよう心から願う次第です。
二〇一六年一一月
小学館国語辞典編集部
第一版 序
国語辞典、なかんずく現代語が中心の、いわゆる六万語辞典についての要求は、かなり厳しい。携帯に便であり、日常身辺机辺にこれを備えることによって、言語生活における理解と表現(表記を含む)の両面の要求にまさしく応じ得る辞典、便利簡明であるとともに国語の真の姿をも示し得るような、奥行きのある辞典、等々。
便利簡明は当然の要求であるが、まこと頼りになるような奥行きを備えるとはどういうことか。物の順序からすると、大辞典が先に出来あがってから、それらの成果を収拾し抜萃し、簡易に平明に短縮し編集してこそ、より完全な中小辞典が作られる、とは先学の名言であった。本辞典は、小学館版「日本国語大辞典」、同「国語大辞典」の成果をふまえて、現代という立場から縮約し、加えるべき事柄を加えて、機能的であることを期した。これが本辞典の特色の第一である。
この作法は、もう一つの特色を生む。一般の著作・文章に怒り肩の文章と撫で肩の文章があるとすれば、辞典にもその別があろう。本辞典は、撫で肩の辞典であることを期した。一読三嘆とは、これまた遠き先学がその著作に冠した語であるが、一読たちまち悟ることがあるように工夫し、親しみやすく応用範囲の広い体裁をと心掛けた。その具体的なあらわれは、次の諸点に集約されよう。
(一)国語辞典が宿命として負っている「字引き」としての十分の役目を果たすとともに、過去の表記をも十分とりあげる。
(二)能う限り作例を用意し、例解をもって用法を示す。例文中の当該語も実字をもって示す。
(三)類義語における用法の違い、語と語の結びつき等について、枠組みの表を用意する。
(四)アクセントに関しては、弁別を本位として指示を試みる。
(五)助詞・助動詞および現代国語における漢字については巻末に別掲し、親しみやすい解説を試みる。
さらに、時代の移り行きの中で登場しつつある新しい語その他についての用意も怠らなかったつもりであるが、そこでも撫で肩の姿勢を心掛けた。
撫で肩の姿勢のなかで、最も豊富な、そして有効な情報をと心掛けた成果は、専ら尚学図書辞書編集部・言語研究所の人々の苦心による。
辞典が言葉の墓場でなくて、生き生きとしたものでありますように。
昭和六十年十一月
林 巨樹
第二版によせて
本「現代国語例解辞典」は幸いにして、編者らの期待を遙かに超えて世に迎えられた。第一版の序の日付け、昭和六十年は一九八五年、いわゆる外国人に対する日本語教育が質量ともに急速に増大していく年代であった。その中で「能う限り作例を用意し、例解をもって用法を示す。例文中の当該語も実字をもって示す」などの特色もさることながら、類語の使い分けが一目でわかる類語対比表、慣用句や複合語が一覧できる類語表などの「表」が、日本語教育に従わる方々、日本語を第二言語として学ぶ人々からも相当の評価・支持を受けたもののようである。もちろん、多くの高校の先生方や高校生からも貴重な指摘や質問をいただいた。感謝に堪えない。
しかしながら、言葉の世界の移り行きは早く、六万語辞典への要求は一層高まっている。今回、
(一)新聞・雑誌などで定着した語一〇〇〇余を補充する。
(二)解説を一層平易なものとするほか、派生語欄の語にも適宜例文を掲げる。
(三)「表」の範囲を拡大し、国語ないし文学に関する事項約一〇〇を新たに収録する。
(四)アクセント欄を再検討し、時代の要求に応え得るようにする。
(五)漢字表に手入れを加え、JISの文字コードを付けて、ワープロ・パソコン時代のニーズに応える。
等々の工夫を加え、第二版を起こすこととした。
倍旧の御愛顧を願い上げる。
平成四年十一月
林 巨樹
第三版 序
「この辞典には二つの大きな特色がある。一つは類義語の用法上の相違が表の形で示されていることである。もう一つの特色は、アクセントの記述が詳しいことである」とは、現行の国語中辞典(二十万語辞典)、同小辞典(六万語辞典)合わせて十一種を採り上げた論評の中で、本『現代国語例解辞典』に寄せられた好意ある批評であった。
しかしながら、現代国語小辞典はいそがしい。本書の第一版が一九八五年、第二版が一九九三年、この十五年の間にも国語は次々と新しい項目を要求して来る。意味・用法の上でも変化を示す。アクセントにも変化を示す。
ここに、従来の特色を発展させると共に、さまざまの要求に応えて、第三版を起こすこととした。その概要は次のようである。
〔一〕「Eメール」「腱鞘炎」「喉越し」など新項目約一〇〇〇語を加えて、項目数を六七〇〇〇語にまで上げる。
〔二〕本文の語釈・用例について再検討し、「現代」の名に恥じないものとする。
〔三〕俳句に親しむ方々の要求に応えて、季語として用いられる語には、その「季」を示す。
〔四〕付録に「擬音語・擬態語集成」一六ページを加える。日本語の擬音語・擬態語は日本語を学ぼうとする外国人を悩ませるという。この一覧が理解の助けとなれば幸いである。
〔五〕付録の「助詞・助動詞解説」が簡に過ぎるという声がある。全面改訂して、能う限り、要求に応じようとした。
〔六〕表組に取り上げられている言葉の索引がほしいという声も多い。それに応えて「類語対比表・語例表 収録項目索引」八ページを工夫した。
〔七〕アクセント欄を見直し、これも「現代」の名にふさわしいものとした。
以上の諸点が今回の成果である。更なる御愛顧を願い上げる。
平成十二年十一月
林 巨樹
第四版 序
言語は絶えず変化し成長しつつある。従って言語の実態を記録する役目を持つ辞典はそれに追いつくために絶えず改訂増補しなければならない。以上は辞典編集の先達の言葉である。本『現代国語例解辞典』も第一版から数えて二〇年を閲した。第三版から数えても五年余になる。ここに長を採り短を捨てる筆法で、改訂を試みる。
(一)言葉の正しい意味、用法を例文例示によって示す「類語対比表」「語例表」を掲げる。巻末には、それらに登場する収録項目の索引を付ける。
(二)補注欄をいっそう充実して言葉の成り立ちや類語との違いに及ぶ。
(三)日本語の常識としての四字熟語・慣用句を積極的に取り上げる。
(四)「アーカイブ」「アウェー」「うるうる」「介護サービス」「開口一番」等々、現代社会生活に必要な二〇〇〇余語を新しく立項する。
(五)漢字表を本文に組み込み、デザインも改良して、場面に応じた漢字の使い分けを、より明確に示す。
(六)「揚げ足…とる」「後ろ髪…ひかれる」など特定の名詞と結びつきの強い動詞を示す「結びつき欄」を設ける。
(七)特別な数え方をする語に、「数え方欄」を設ける。
(八)基本的な和語には、例えば「消す(銷す)」に「消去・消却・除去・解消」のような「漢字熟語欄」を設ける。
(九)付録の「敬語表現の要点」を、より分かりやすい親切な叙述に改めるほか、口絵の色名ガイドをより見やすいようにし、デザインにも工夫を加えた。
今回の改訂の成果は、上のように纏められよう。
また、このたびの改訂から、松井栄一さんに監修者として加わっていただいた。松井さんは『日本国語大辞典』の編集委員として、一番たくさんの日本語をみてきた人であり、近くは『日本語新辞典』に成果を纏められた。実は松井さんは本『現代国語例解辞典』の生みの親のおひとりでもあって、本書の誇る「類語対比表」「語例表」の作成者でもある。
こうして「例解」の名に相応しい新たな工夫を加え、第四版を起こすこととした。更なるご愛顧を願い上げる。
平成一七年一〇月
林 巨樹