はじめに

 日本人が日常生活の中で、あたりまえのことばとして普通に使ってきた日本語にもかかわらず、それを構成する多くの単語が、辞書に登録されずに見過ごされてきた。方言の話である。ここに、在来の方言辞典をはるかに越える信頼すべき大辞典を世に送ることができるようになったことは、まことに喜ばしい。

 方言は、日本人ひとりひとりの心の故郷であり、日本語の源泉である。いうまでもなく各時代の標準日本語は、方言を基盤に発達してきた。しかるがゆえに、将来の日本語を考えるものが、方言を無視していいはずはない。日本語は今日、空前の激動期を迎えている。いまこそ、ながい歴史の中で各地の日本人たちがそれぞれ自ら創り出し育ててきた方言を見直す、かけがえのない機会なのではあるまいか。

 この辞典は、諸先輩の残された千を越える各地の方言集を参考にして成った。そして基礎となったものは、故大岩正仲教授の収集された方言カードである。大岩教授は『全国方言辞典』(東条操編、東京堂出版、一九五一年)に深くかかわってこられた。さらにその前後に『大辞典』(平凡社、一九三五年)、『日本国語大辞典』(小学館、一九七六年)という二大国語辞典の方言項目の執筆にあたられた。教授はこれらをもとに大方言辞典を計画しておられたのであったが、不幸にして、志なかばに不帰の客となってしまわれたのである。おもえば、不肖私がご遺志を継承しようと決心したのは、十余年前のことであった。

 その後、カード増補に始まって、多くの協力者を得て、今日の形にまでとりはこぶことができた。いろいろの新企画が組込まれているが、コンピュータ組版を活用して標準語引きの索引を作ることができたことなどは、十年前には夢のような話題であった。関係者のご支援、ご協力に感謝しつつ、故大岩教授の、そしてまた、このような大辞典の完成を心待ちにしておられた故東条操教授のご霊前に、大辞典の完成をご報告したい。

 この辞典が全国各地の幅広い読者を得、移りゆく方言の一時期を画する辞典として、日本語と日本語研究のさらなる発展の礎石となることを願うものである。

一九八九年一月
徳川 宗賢
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