情報化・グローバル化が言われて久しい.いまだからこそ歴史に対する深い認識,現代世界に対する確実な知識が求められている.その中核を成すのは,何より〈ひと〉についての正確な情報である.今日の日本には,インターネット上を含め,人名に関する情報が溢れている.しかし,それらはあまりに断片的・一時的なものではないか,総合的で信頼するに足る〈人名への手引き〉がいまこそ必要ではないか――そのような思いから,本辞典の企画が出発したのは約7年前のことであった.
本辞典の基礎となったのは,1956年刊行の『岩波 西洋人名辞典』(以下,『西洋人名』)である.81年には同辞典の増補版が刊行された.東アジア・東南アジアの人名は収録されていないものの,欧米を中心に各地域の人名2万5000余(増補版)を収めたこの辞典は,半世紀以上にわたって高い評価を得てきた.『西洋人名』の特長をひき継ぎつつ,その内容を全面的に更新し,同時に収録対象を全世界へ広げ,総合的な外国人名辞典として新たな書目としたのが本辞典である.
編集作業は,『西洋人名』収録の全項目について,各界の専門家の協力をあおぎつつ,追加すべき項目と現在では重要性を減じて削除可と考えられる項目とをリストアップすることから始まった.それらのリストから,地域・分野間でのバランスに留意しつつ,立項すべき人名を精選した.追加項目については執筆を依頼し,また『西洋人名』からひき継ぐ項目についても,全面的な校閲の作業を依頼した.執筆・校閲を経た項目に対して,編集部による校正・調整の作業を重ねた.
これと並行して,全面追加となる東アジア・東南アジアの人名,また,新たに重要性を増してきた科学技術,芸術,芸能,スポーツなどの諸分野で,『西洋人名』には未収録またはわずかにしか収録されていなかったものについても,同様にリストの作成,執筆と校正を進めた.
『西洋人名』からひき継いだ項目と新たに追加した項目とを合わせ,本辞典の総項目数は3万8000余となった.
各項目の編集に当たっては,まず人名を正確に表記することに努めた.項目名の表記については,原語の発音を忠実に写すことを心がけたが,日本における慣用にも配慮した.原綴の欄では,ローマ字以外に,ギリシア文字,キリル文字,ハングルを用いた.別名については,特に東アジアの人名にとって重要な字(あざな)・号などを遺漏なく掲げることに心がけた.欧米人名などの他言語における別名・別表記についても同様である.
生没年の欄では,判明している限りにおいて月・日まで記し,また年号が用いられていた地域については年号による年・月・日を併記した.年号の併記は解説文中にも及ぼした.
解説では,正確で分かりやすい記述を心がけた.事績を詳細に記述するほか,後世の評価や人物像の紹介にも意を用いた.
著作・作品について,邦題のほか,原題,刊行年(発表年),巻数を記し,また主要な美術 作品や建築物の所在地・収蔵場所などを注記するのは,『西洋人名』からひき継いだ本辞典の 特色の一つである.
項目相互の関連づけにも留意した.解説文中にある人名で項目を立てているものには「*」を付し,また欧文・漢字の2種の索引を巻末に備え,検索の便に供した.
付録として,人名および地名の各言語間での対照表のほか,中国・朝鮮の歴史用語集を収録した.本辞典では,中国・朝鮮などの漢字で表記された官職・官庁名などは,原則として現代日本語に翻訳することをせず,漢字表記をそのまま採用している.用語集はそれらを理解するための一助として付したものである.
本辞典の編集に当たっては,各界の専門家800余名の協力を得た.項目リストの作成から立項する項目の決定,校閲・執筆,校正に至るまで膨大な作業を熱心に進めていただいた.芳名と本辞典における担当領域の一覧を掲げ,ご協力に対し深甚なる謝意を表する.また,『西洋人名』,同増補版に協力いただいた方々の芳名を再録し,あらためてお礼を申し上げる.校閲・執筆者以外にも,本辞典の完成は多くの方々の支援に負っており,あわせて謝意を表するものである.
いま本辞典を開いてみると,収録された人々は,地域・時代・分野はもちろん,事績や後世の評価においても実に多様である.いかに壮大な事業も,いかに長期にわたる歴史の潮流も,これら個々人の営為が蓄積されたものであるという事実にあらためて気づかされる.
小社の創業百年に刊行される本辞典が,個々の人名について知り,ひいては歴史と現代を 理解するための手引きとして,広く読者に迎えられることを願っている.
2013年11月