近年、歌舞伎の観客層の広がりと若返りには著しいものがあり、観客の大半は、第二次世界大戦後に育った人々になったと言っても過言ではない。若い世代は、歌舞伎が育ち、生き続けてきた伝統的な社会が急速に崩壊していった時期に、それとは異質の知識や教養を身に付けた人々である。そのため、多少の差はあれ、あたかも異文化に接するように歌舞伎に関心をもち、歌舞伎を鑑賞し、また勉強しようとする人が多くなった。諸外国における日本文化に対する関心の深まりとともに、日本の伝統演劇である歌舞伎を外側から眺めるだけではなく、専門的部分にまで立ち入って理解しようとする外国人も多くなった。さらに学問の世界において、江戸文化全体を再評価しようとする機運とともに、いわゆる学際的関心もあり、周辺の研究者の間でも歌舞伎に対する注目が高まっている。

一方、戦後の歌舞伎研究は、新しい進展を遂げている。しかし同時に、知識の細分化、研究の専門分化の傾向もきわめて強く、専門研究者の間でも知識の共有化が十分に進んでいるとは言えない面があるように思う。

加えて、演者や幕内の人達の間でも、技術や知識が必ずしも順調に受け継がれているとは言えない状況である。元来、歌舞伎は長い伝統の中でつちかわれてきたもので、そこには、歌舞伎愛好者や若い演劇人にとっては近づきがたい厖大な専門知識の蓄積があるが、現在、一般の関心の高まりとは裏腹に、知識そのものの断絶が急速に進行しているようにも見受けられる。

歌舞伎をめぐる右のような観客、研究者、専門家におけるそれぞれの事情は、歌舞伎についての正確な専門的知識を現時点で集約し、広く共有の財産にしておくことの必要性を物語っていると思われる。しかるに、このような要請に対して系統的に応え得る事典は、現在まで完備しているとは言えなかった。

こうした意味から,この度、右のさまざまな要請に応えるべく、最新の研究成果をふまえた歌舞伎事典を刊行した。本書が成るにあたって、専門諸家のご支援、ご執筆を得たことを深く感謝するものである。本書が広く、かつ将来にわたって活用されることを願ってやまない。

昭和五八年一〇月一〇日
編集委員
服部 幸雄
富田 鉄之助
廣末 保
平凡社歌舞伎事典編集部

本書が世に出てから、早くも二八年の歳月を経た。この間、本書は幾度も版を重ね、また平成一一年には服部幸雄氏を中心に大幅な改訂をほどこし、多くの読者に利用されてきた。しかし、その後の十数年間にも歌舞伎興行は盛況をみせ、新旧交代も続き、また劇場の改築・閉座・新築開場もみられた。こうした状況を踏まえ、今日の読者や歌舞伎愛好家の方々の求めに応じられるよう、ここであらためて収載記事を全面的に見直し、必要な箇所に増補・改訂を施すことにした。いっそうの活用を願ってやまない。

平成二三年三月
〈新版〉編集委員代表
石橋 健一郎
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