一般には、組織における議決に際して、構成員の一致した同意が必要とされる場合に、反対投票を投じることで議決を阻み、結果としてその議案を通過させないようにする権利のことをさす。英語では、ラテン語に起源を有するveto(「私は禁ず・否認」の意)の語が用いられる。
国際組織においては、国際連合(以下、「国連」)の安全保障理事会(以下、「安保理」)の拒否権がしばしば取り上げられるため、以下ではそれについて述べることにする。国連安保理の表決手続については、手続事項に関し、全15理事国中9理事国の賛成で可決される(国連憲章27条2項)。その他のすべての事項(「非手続事項」や「実質事項」とよばれる)に関しては、15理事国中5常任理事国の同意投票を含む9理事国の賛成が必要とされる(同3項)。このことから、常任理事国(アメリカ、イギリス、中国、フランス、ロシア)については、反対票を投じれば議決を阻むことができるという特権が与えられているといえる。この特権のことを一般に「拒否権」とよんでいる。したがって、国連憲章上この語が用いられているわけではないことに注意されたい。
この拒否権の歴史は、国連憲章を起草するため1944年8月より開催されたダンバートン・オークス会議にさかのぼる。ダンバートン・オークス会議は、アメリカ・イギリス・ソ連(現、ロシア)・中国(1971年中華民国から中華人民共和国へ代表権交代)の代表による会議である。起草過程の当初から常任理事国に拒否権があることについては合意があった。集団安全保障体制において、加盟国への制裁措置等を決定するためには、常任理事国すべての賛成が必要とされた。つまり、常任理事国を構成する五大国の一致による平和と安全の維持が念頭に置かれていたのである。問題はその適用範囲であった。紛争当事国は安保理の表決から除外されると主張するイギリスに対し、将来国連内で社会主義国として少数派となることを懸念していたソ連はその意見に反対した。結局、1945年2月のヤルタ会議(アメリカ、イギリス、ソ連が参加)において妥協が生まれ、現在の国連憲章27条の規定となった(この表決方式は「ヤルタ方式」ともよばれる)。
安保理における拒否権行使回数については、これまで308回の拒否権が行使されてきた。その内訳は、中国19回、ロシア(旧ソ連時代含む)152回、フランス18回、アメリカ87回、イギリス32回である。なお、フランスとイギリスは、1989年以来拒否権を行使していない(2022年10月17日現在、国連ダグ・ハマーショルド図書館提供の資料による)。
拒否権の行使により、安保理の意思決定過程が麻痺(まひ)することが起こりうることから、これまで拒否権を制限する種々の試みもなされてきた。まず、国連創設初期から、五大国の棄権や欠席は拒否権とはみなさないという慣行がある。また、ある事項について手続事項(拒否権の対象とならない)か否かの決定について拒否権を投じ、それを非手続事項とした後に再度拒否権を投じて否決するいわゆる「二重拒否権」の問題も当初あったが、慣行上最初の手続事項か否かの判断を議長の裁定により行うことで問題が回避されてきた。さらに2022年、総会の84か国共同提案により、拒否権を行使した国は総会において説明責任があることを内容とする総会決議(A/RES/76/262)がコンセンサス方式(投票なし)で採択された。