株式や債券などの有価証券が、証券取引所以外の場所(たとえば証券会社の店頭)で取引されている形態をいう。一般に、取引所取引が高度に組織化された具体的市場で行われるのに対して、店頭市場は相対(あいたい)取引であるため抽象的市場ととらえられる。英語の頭文字をとってOTC市場ともよばれる。
日本の株式流通市場は、第二次世界大戦終戦直前の1945年(昭和20)8月10日以降、証券取引所での取引は停止されていた。戦後、証券界では市場再開を求める声が強かったものの、同年9月26日の連合国最高司令官総司令部(GHQ)の覚書によって無期延期とされた。しかし、戦後の経済復興が進むにつれて、企業は証券市場に資金調達の場を求めるようになり、投資家の間にも証券売買のニーズが高まっていった。そこで、証券会社の売買担当者が自然発生的に一定の場所に集まって株式取引を行う形態が普及していった。これは「集団売買」とよばれ、株式店頭市場の基礎となった。1947年(昭和22)に証券取引法(現、金融商品取引法)が成立し、1949年4月には東京証券取引所(東証)が設立、5月には取引が再開され株式売買が開始されたが、このとき上場されなかった銘柄などを売買する場として、同年6月以降は「店頭売買承認銘柄制度」が創設された。これには、非上場会社を育成し、中小企業にも資金調達の場を提供しようという意図もあった。店頭市場は発生からの経緯もあり、日本証券業協会(日証協)の管理の下で運営された。しかし、1960年代に入ると、店頭市場は東証、大阪証券取引所(大証。現、大阪取引所)に次ぐ規模にまで成長し、証券取引審議会(証取審)で検討した結果、組織化された集団売買は証券取引法(当時)の「市場類似施設開設の禁止」に抵触するおそれがあるとして、店頭承認銘柄を吸収した「市場第二部」設置の答申が出された。これを受けて1961年10月に東京、大阪、名古屋の3証券取引所で市場第二部が創設され、同時に店頭売買承認銘柄制度は廃止された。
市場第二部が発足してからも、経済の高度成長に伴い中小規模の未公開企業が資金調達を店頭市場に求める動きがふたたび活発化したため、日証協は1963年2月に「店頭売買銘柄登録制度」を設けた。また、1976年6月には、店頭市場における売買ルールの整備を図ることなどを目的に、全国の証券187社が出資して、仲介専門の日本店頭証券株式会社が設立された。その後、証取審から、株式公開基準の緩和、発行市場機能の拡充、情報開示の徹底などが提言されたことを受けて、1983年11月にいわゆる「新店頭市場」が発足した。新店頭市場では、1991年(平成3)にJASDAQ(ジャスダック)システムが稼動した(JASDAQという呼称は、アメリカの店頭市場であるNASDAQ(ナスダック)に倣ったものである)。さらに、1998年の金融制度改革に伴い、日本店頭証券株式会社は株式会社ジャスダック・サービスへと商号変更され、引き続き店頭市場の運営を担ったが、同社は2004年(平成16)12月にジャスダック証券取引所に衣替えした。また、ジャスダック証券取引所は2007年8月にベンチャー企業向けの新市場「NEO(ネオ)」(New Entrepreneurs' Opportunityの略)を創設した。そうしたなか、2008年12月には、大証が株式公開買付によりジャスダック証券取引所を子会社化(2009年9月には完全子会社化)するなど、市場の再編・統合へ向けた動きが進展した。2010年10月には、それまでジャスダック証券取引所が開設していた「JASDAQ」「NEO」と、大証が開設していた「ヘラクレス」が統合され、大証傘下の「新JASDAQ市場」が発足した。さらに、東証と大証の経営統合に伴い、2013年7月以降JASDAQ市場は東証により管理されることとなった。その後、2022年(令和4)4月に東証が行った市場区分の再編に伴い、JASDAQ市場は新たなスタンダード市場とグロース市場へと移行している。
ちなみに、アメリカのNASDAQではインターネットが普及し始めた1990年代に、インターネット関連企業の株が相場を牽引(けんいん)した。これらの銘柄はインターネット上のアドレスが「~.com」で終わる社名が多かったことから「ドット・コム株dot com stock」とよばれ、ドット・コム株がリードする相場局面あるいは市場はドット・コム市場とよばれた。今日でも、NASDAQだけでなく日本を含む世界の新興株式市場において、ドット・コム株は主要な存在となっている。しかし、これらの銘柄は創業が新しく歴史的な実績に乏しい企業が多いため、急成長する可能性がある一方、財務体質や業績などで不安定な面がある。それだけに株価の変動振幅も大きく、これまでにもドット・コム市場の動向が株式市場全体の株価の方向性を左右するなど、影響力を強める場面がみられた。かつて店頭市場は上場市場の補完的な役割と位置づけられていたが、しだいに上場市場を含む多様な金融市場との間で競争を展開する存在へと変質を遂げてきたのである。