税率の低い国や租税回避地(タックス・ヘイブン)へ恣意(しい)的に利益(所得)や資産を移すことによる課税逃れを防ぐための税制。もともとアメリカ合衆国が州間取引に適用していたが、企業の多国籍化が進んだ1960年代後半以降、国境を越える取引価格(移転価格)を操作する節税行為が広がったため、国際取引に適用されるようになった。1980年代には、カナダ、イギリス、西ドイツなどの先進国に広がり、日本も1986年(昭和61)の税制改正で採用した。税務当局は移転価格と通常価格を比べ、恣意的に所得が抑えられた場合、追徴課税する。移転価格税制の適用で、2か国から課税される二重課税が発生する場合があり、租税条約に基づいて2か国の税務当局が課税額を調整する。21世紀に入り、インターネットの普及で、世界中の国・地域から巨額の利益をあげながら、税負担の著しく軽い多国籍企業が増えた。経済協力開発機構(OECD)は、こうした世界規模での課税逃れをBEPS(Base Erosion and Profit Shifting、税源浸食と利益移転)問題と位置づけ、2015年、BEPS防止のための新国際課税ルールである15の行動計画を策定。2018年には世界130か国・地域以上が参加を目ざすBEPS防止措置実施条約が発効(日本では2019年に発効)し、各国は行動計画と条約を踏まえた税制や租税条約の改正に取り組んでいる。
節税行為としては、高税率の国にあるA社が低税率国や租税回避地にある同一グループの企業のB社に対し、(1)商品価格を通常よりも低く(高く)設定して輸出(輸入)する、(2)市場金利より大幅に低い(高い)金利で融資(借入)する、(3)特許権、著作権、商標権、顧客リストなどの無形資産を移す、などの操作をする。これにより低税率国にあるB社へ所得を移転・集中させ、企業グループ全体の納税額を抑える手法がとられる。とくに2010年以降、無形資産を低税率国へ移し、過度な節税策(タックス・プランニング)をとるIT・製薬などの巨大多国籍企業が増えた。OECDは行動計画で、工場、事務所、鉱区などの恒久的施設(PE:Permanent Establishment)の存在を課税根拠とした従来の概念を改め、無形資産が生む実質的所得にも課税できるように改正。巨大な多国籍企業がデジタルサービスを提供する国・地域に対して、PEがなくても課税権を与える「利益A」制度や、多国籍企業グループの海外販売会社の所得を利益率に応じて機械的に定める「利益B」制度を導入。世界共通の最低法人税率(グローバル・ミニマム課税)も導入し、外国子会社との合算税制を強化した。このため年1回、移転価格とその算定根拠や国・地域別納税状況などを各国の税務当局へ開示するよう多国籍企業に義務づけ、税務当局間で情報共有して課税逃れの防止に役だてている。