原子時計の一種。1967年から国際単位系の1秒の定義に用いられているセシウム原子時計に比べ100倍以上の高精度を実現し、これは100億年で1秒もずれない精度に相当する。原子がエネルギーの低い状態から高い状態へ遷移するとき、そのエネルギー差に等しい電磁波を吸収する。この電磁波の周波数は「遷移周波数」とよばれ、原子に固有の値である。この周波数で振動する「原子の振り子」を基準として、普遍な時間を共有する装置が原子時計である。なお、「原子時計」はatomic clockの日本語訳であり、実際には遷移周波数の「クロック」信号を出力する発振器をさすことが多い。この振動を数えるカウンター機能を付加することで、時間を測る時計になる。
時計の「振り子」の振動が速いほど、短時間で高精度な周波数計測が可能となるため、振動の高速化が高精度原子時計の開発指針となった。セシウム原子時計では毎秒約92億回のマイクロ波の振動を観測するが、これに対し毎秒数百兆回も振動する光の振動を観測すれば、理論上は数万倍の高精度化が期待される。このような原子やイオンの光周波数の遷移を利用する原子時計を「光原子時計」とよぶ。1960年にレーザーが発明され、1980年ころに単色性の高いレーザー光源が開発されると、その研究が本格化した。さらに、20世紀末の「光周波数コム(光コム)」の発明が、光周波数計測を可能にし、光原子時計の実用化を決定づけた。
光原子時計の高精度化における最大の障害は、原子の運動によるドップラー効果である。ドップラー効果は遷移周波数に比例して増大するため、光周波数ではその影響が顕著になる。この影響を抑制するには、観測する原子やイオンを遷移波長(=光速÷遷移周波数)に比べて十分狭い領域に閉じ込めるのが有効である。1981年、ハンス・デーメルトは単一のイオンをパウル・トラップに閉じ込めドップラー効果を除去する高精度な原子時計を考案した。しかし1990年代に入ると、単一イオンの観測に起因する量子ゆらぎが実験的な制約になった。この量子ゆらぎの影響を低減して所望の精度に到達するには、何日もの長期測定が必要だった。
そこで、光格子時計が登場した。光格子時計は、光格子に閉じ込めた多数の原子を観測することで量子ゆらぎの影響を大幅に低減し、短時間で高精度の計測を実現する。光格子には、対向する2本のレーザー光の干渉で、光電場の「腹」と「節」が交互に現れる「光の定在波(定常波)」を利用する。特定の原子は、光電場が極大となる「腹」の位置に捕獲されるため、レーザー光の波長の半分の周期で原子が並ぶ「光格子」ができる。このとき個々の原子は波長よりも狭い領域に閉じ込められドップラー効果が除去される。一方で、光格子の閉じ込めが原子の遷移周波数に影響を与えるのが大きな問題だったが、特定の波長のレーザー光で光格子を形成すると遷移周波数の変化を排除できることが示された。この特定の波長は「魔法波長」と名づけられた。
光格子時計は2001年(平成13)に日本で提案され、2003年から2005年にかけて、ストロンチウム原子を用いて原理実証が行われた。この手法は、アルカリ土類金属(様)の原子に適用でき、イッテルビウム、水銀、カドミウム原子などでも研究されている。2014年には、日本とアメリカ、それぞれの研究グループによって10-18の相対精度の実現が報告された。この精度では、地上で数センチメートルの高低差による一般相対論的な時間遅れ効果(重力赤方偏移)を観測できる。つまり、設置された高さが異なる2台の時計を比較すると、標高の低い方の時計は重力の影響で時間がゆっくり進むのが観測される。2020年(令和2)には、高精度な可搬型光格子時計が開発され、東京スカイツリーで2台の時計比較による一般相対論の検証実験が報告された。時計の比較によって標高差を測定する手法は「相対論的測地」とよばれ、標高体系の統一や地殻変動の監視手段としての利用が期待される。また、光格子時計はセシウム原子時計にかわる1秒の定義の有力な候補の一つとなっている。