アメリカの生化学者、コンピュータ生物学者。ワシントン州シアトル生まれ。1984年ハーバード大学卒業、カリフォルニア大学バークレー校に進み、1989年に生化学の分野で博士号取得。同大学サンフランシスコ校で博士研究員、1993年にワシントン大学に移り、準教授などを経て、2003年同大学生化学の教授に就任した。2000年にハワード・ヒューズ医学研究所準研究員、2005年から同研究所研究員。
ハーバード大学進学時は、哲学と社会科学を専攻していたが、4年次に生物学に興味をもち生化学に専攻を変えた。ワシントン大学に移ると、20種類のアミノ酸からなり、複雑な立体構造をとるタンパク質の構造解明に本格的に取り組み始めた。螺旋(らせん)形であったり、シート状などに折り畳まれていたりするタンパク質の複雑な立体構造は、タンパク質の働き、機能を知るうえで重要であり、創薬の観点からも注目されていた。
当時、大がかりな測定機器を駆使するX線結晶構造解析、核磁気共鳴解析などによってタンパク質の構造のデータは蓄積されつつあったが、未解明なことも多かった。ベイカーらはコンピュータを使って、どのようにタンパク質が折り畳まれているのかについて、構造のモデリングに力を入れた。そして、そのための強力な武器となるソフトウェア「ロゼッタRosetta」を開発した。そのロゼッタを使い1998年、タンパク質の構造予測技術の正確度を世界中の研究者が競うコンテスト「CASP(Critical Assessment of protein Structure Prediction、タンパク質構造予測精密評価)」の第3回大会に参加。群を抜く高い予測精度を示し、注目された。ベイカーらは、この結果を踏まえ、ロゼッタを使い、新たなタンパク質づくりに挑戦。すでに構造が解明されたタンパク質の断片をつなぎ合わせ、エネルギー的に安定させるようアミノ酸の配列を設計することでタンパク質を合成する手法を開発した。そして2003年に、新たに93個のアミノ酸からつくった自然界にないタンパク質「Top7」を細菌につくらせることに成功。この技術を使えば、体内の毒素などを消す酵素開発などの創薬につながると注目されている。実際、新型コロナウイルス感染症(COVID(コビット)-19)の治療薬開発などにも応用されている。
ベイカーは、1995年ベックマン若手研究者賞、2002年オーバートン賞(国際コンピュータ生物学会)、2004年ファインマン賞、2008年サックラー賞、2018年ハンス・ノイラート賞、2021年生命科学ブレイクスルー賞、2024年クラリベイト引用栄誉賞を受賞。同年「コンピュータを用いたタンパク質の設計」の業績でノーベル化学賞を受賞した。「コンピュータを用いたタンパク質の構造予測」で成果をあげ、今日の生成AI(人工知能)ブームの火付け役となったグーグル・ディープマインド社Google DeepMind Technologies Ltd.のデミス・ハサビスおよびジョン・ジャンパーとの同時受賞であった。