政権公約。選挙公約集。選挙の際に政党や候補者などが示す政策綱領のこと。従来の選挙公約が具体性を欠く抽象的なものであったことから、従来型の選挙公約と区別して、政策の目標数値・達成期限・財源・工程などが具体的に明示された選挙公約をいう。英語のmanifestoは、もともと君主、政府、政党、団体などの宣言、声明(書)を意味する。なお、日本では、産業廃棄物管理票のことをマニフェストというが、この場合の英語は、manifest(税関に提出する積荷目録、飛行機の乗客名簿や貨物運送状の意味)である。
イギリスでは、国会議員の選挙に際して各政党がマニフェストとよばれる選挙公約集を刊行する。それは各政党が政権を獲得したときに、かならず実現する政策を具体的に示した政策綱領であり、有権者に対する契約contractないし誓約pledgesという意味をもつ。マニフェストにおいては各政策項目に関して数値目標、実施方法などが具体的に示され、政権党は前回選挙公約の達成度をも明示することになる。このようなマニフェストの起源は、1834年、保守党の党首ロバート・ピールがタムワース選挙区の有権者に対して保守党政権の構想を発表した「タムワース・マニフェスト」であるとされ、第二次世界大戦後の総選挙では各政党がマニフェストを作成・発表することが通例となり、その内容はより詳細なものとして定着してきた。
日本では、2003年(平成15)春の統一地方選挙を前にして、三重県知事(当時)の北川正恭(きたがわまさやす)(1944― )がマニフェストの作成を提唱し、実際に岩手県、神奈川県などの知事選挙候補者がマニフェストを掲げての選挙をしたことから、マニフェストづくりが現実のものとなった。その当時の公職選挙法によれば、選挙期間中は法定ビラ以外を頒布してはならないことになっていたが、2003年10月施行の改正公職選挙法により、国政選挙に限って、政党等が国政に関する重要政策およびこれを実現するための基本的な方策等を記載したパンフレットを選挙事務所、演説会場などで配布することができることになった。この改正公職選挙法施行後の最初の国政選挙であった2003年11月の総選挙では各政党が競ってマニフェストを発表し、「マニフェスト選挙元年」とよばれる様相を呈した。2003年の「日本新語・流行語大賞」にマニフェストが選定されたほどである。
その後の国政および地方の選挙において、マニフェストを掲げての選挙方式がいっそうの広がりと定着を示すとともに、マニフェストのさらなる普及と質の向上を目ざすマニフェスト選挙推進の運動が市民・首長・地方議員など各方面において取り組まれている。新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調、2003年7月発足)、ローカル・マニフェスト推進首長連盟(2005年2月発足)、ローカル・マニフェスト地方議員連盟(2005年5月発足)などである。2007年2月の公職選挙法改正により、これまで国政選挙に限って配布が認められていたマニフェストについて、知事選挙、市区町村長選挙の候補者がビラ形式の条件付きではあるが、選挙運動用として配布することができることになった。
イギリスモデルのマニフェストはもともと議院内閣制の下での国政選挙において政党が政権公約として作成する「パーティ・マニフェスト」であるが、日本では、地方選挙における首長候補者や議員候補者がマニフェストを掲げて選挙に臨むことが多くなり、それらは「ローカル・マニフェスト」といわれる。
選挙にマニフェストを導入することの意義は、第一に、有権者に対して具体的な政策を示すことにより、選挙における政策本位の投票行動を促進することである。第二に、具体的政策を競って行われた選挙の結果、政権担当者は有権者の支持賛同を得たものとしてマニフェストで掲げた政策を実現に移す可能性が高まったことである。第三に、マニフェストに数値目標、期限、工程などが具体的に示されていることにより、政権担当者によるその達成度を事後評価・検証することが容易となり、マニフェストを評価基準とする政治行政のマネジメント・サイクル(マニフェスト・サイクル)の構築に役だつことである。
かくして、マニフェストは、「具体的な目標のはっきりした政治」「明確な評価が可能な政治」「具体的な政策執行を担保する政治」の担い手として政党や候補者を選挙の場に立たせることにより、選挙のあり方にとどまらず政党や政治行政の改革を推進する手法の一つとしていっそうの注目と広がりをみせている。今後の課題としては、マニフェストの内容の質的向上、作成過程の組織化、マニフェストの事後検証の実質化、選挙運動期間中のマニフェスト配布の自由の拡大などが求められている。
[三橋良士明]
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