いちおう大学教師なので、授業があるときは翻訳にはほとんど時間が割けません。自分をプロの翻訳家だと思ったことは一度もありません。僕にとって翻訳は遊びだからです。もちろん遊びだから真剣にやりますが(誰だって遊びのほうが仕事より真剣ですよね)、飽きたらいつでもやめます。15年くらいやっていて、まだいっこうに飽きませんが。
翻訳のスピードはかなり速いと思います。読書の快感をそのまま言葉にするのが理想だと思うので、速く訳すことには効率以上の意味があると思っています。間違いは推敲のときに直せばいいわけだし。チラシなどの裏に手書きでバーッと訳文を書いて、それを女房にワープロで清書してもらいます。プリントアウトに赤を入れてリズムを整え、またプリントアウトして今度は原文と照らし合わせて訳がずれていないかを見て、そうするとまたリズムが崩れるからもう一度整えて……というのが推敲の基本的な進め方です。そのなかで当然、言葉の意味はもちろん、物の名前とか、歴史的事実とか、わからないことがいっぱい出てきます。そういうときに、前は図書館へ足を運んだものですが、いまはほとんどパソコン上の辞書を活用します。
いろんな辞書が電子化されて、基本的には前よりずっと楽になりました。速いし、場所をとらないし、全文検索のように紙では不可能だったことができるようになったし。
日常的に使う辞書は、主に『リーダース+プラス』(研究社)と『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)、『スーパー大辞林』(三省堂)、それから『Oxford English Dictionary』。百科事典では、『世界大百科事典』(平凡社)と『日本大百科全書』(小学館)、『Encyclopaedia Britannica』(Encyclopaedia Britannica Inc.)が多いです。『新明解国語辞典第5版』(三省堂)、『類語国語辞典』(角川書店)など、紙の辞典もある程度使いますが、主流はもう圧倒的にCD-ROM です。
翻訳者の間では、それらの辞事典のCD-ROMを「DDwin」や「Jamming」などのソフト※を使って一括検索する方法が一般的です。これらのソフトは、各社から出ているフォーマットの違うソフトを一括検索してくれるのでずいぶん手間が省けます。調べ物をするうえでは非常にありがたい機能です。
それからもう一つ重要なのが、全文検索。一括検索同様、紙の辞事典では実現できなかった機能です。見出し語だけでなく、例文まで検索できるようになって、あるフレーズがどういう文脈で使われるかを知るのが容易になりました。JapanKnowledgeの「ワンルック」も一括検索と全文検索がデフォルトになっていますが、これと同じ思想ですね。
全文検索は、英語を書くときにも便利です。こういう言い方あったっけなあ、というときにとりあえずサーチしてみて、いくつか例が出てくればOKということ。辞書だけでなく、GoogleやAltaVistaといったサーチエンジンも、巨大な例文集として使うことが多いですね。
ただサーチエンジンを使う場合、信頼できるデータもガセネタも一緒くたになっているわけで、このサイトは信用できそうかどうか、見きわめる知識なり動物的勘なりが必要になってきますね。これはこれで時間を食います。気がつくと1時間くらいガセネタとつきあって、何にも情報は得られなかった、なんてこともあるし。その点、「ワンルック」のように、情報がある程度体系化されていると、そのへんはだいぶ安心です。が、それでもやっぱり項目によっては膨大な情報量。結局のところ、検索の機能も大切ですが、情報が増えれば増えるほど、辞書の特徴や使い方を熟知して、単語や使い方に合わせた辞書を選ぶ能力が必要になってくるんでしょうね。まあそれくらいないと、教師の存在意義なんてなくなっちゃうよ(笑)。
辞書の電子化は基本的には歓迎すべき事態だと思うけど、図書館でいろんな人に混じって重たい辞書と格闘したのもそれなりに味があった。ちょっとなつかしいですね(笑)。