語構成と語源説
Series10-1
『日本国語大辞典』第2版の「凡例」の「編集方針」の「見出しについて」の三「見出しの中に示すかな以外の記号」の1には「見出しの語の構成を考えて、最後の結合点がはっきりするものには、結合箇所に「-」(ハイフン)を入れる。ただし、姓名等を除いた固有名詞・方言などには入れない場合が多い」と記されている。
『日本国語大辞典』初版には「姓名等を除いた」という表現がないが、それ以外の箇所は同じなので、基本的にこの「方針」及び「方針」の説明のしかたは、初版から継承されているといってよい。
山田忠雄[1]『近代国語辞書の歩み』(三省堂、1981年)下巻の「余説」第2章「日本国語大辞典」は『日本国語大辞典』初版についての(批判的)言説で終始しているといってよい。この言説については今後必要に応じて少しずつふれていくことにしたい。『日本国語大辞典』の編集に携わった松井栄一[2]の「『近代国語辞書の歩み―余説第二章』について」(『国語学』128号、1982年3月)は、山田忠雄(1981)の言説について正面から論じている。この松井栄一の言説は、後に出版された『出逢った日本語・50万語 辞書作り三代の軌跡』(小学館、2002年)などに再録されているので、誰でも確認することができる。
さて、山田忠雄(1981)は「一行項目から此の本の体質を占う」という条中で『日本国語大辞典』の見出し「いっせき-しゅ」を採りあげ、「区切り方は問題である」(1135頁)と述べ、「一-隻手」と「区分さるべきものであると思う」(同前)と述べる。しかしそれに続いて「熟語の区分はなかなかデリケートであり、時に迷う事が有るが、語義に徹すれば自ら道は開けるのではないか?」(同前)と述べており、「熟語」すなわち「複合語」をどのような語構成ととらえるかが難しい場合もあることを述べている。
『日本国語大辞典』「凡例」の「最後の結合点」は少しわかりにくいかもしれない。「あら-りょうじ[荒療治]」であれば、語義が〈手荒な治療〉だから、「荒い療治」「あら-りょうじ」というかたちで形態素が結合しているとみるということだ。「あら-やまみち」も同様で、「荒れた山道」とみていることがハイフンによって示されているということになる。「ヤマミチ」も「やま-みち」というかたちで複合=結合しているが、複合した「ヤマミチ」に「アラ」がついた。つまり「アラ」がつくのが「ヤマ」と「ミチ」とが複合した後だから、これが「最後の」ということになる。「あらき-の-みや」の場合は、「あらき」と「みや」とが「の」によって結合するから、「の」の両側にハイフンが入るという理解でいいと思われるが、辞書使用者のために、このあたりの説明がもう少しほしいようにも感じなくもない。
「アラギョウジャ(荒行者)」を〈荒行をする者〉ととらえれば、「あらぎょう-じゃ」とハイフンを入れることになる。一方、もしもこの語を〈荒々しい行者〉ととらえれば、「あら-ぎょうじゃ」とハイフンを入れることになる。『日本国語大辞典』は見出し「あらぎょうじゃ」(「あらぎょう-じゃ」)の使用例として「源平盛衰記(14C前)18・龍神守三種心事」の「此の文覚(もんがく)は〈略〉ゆゆしき荒行者(アラギャウシャ)にて、度々鍔金(はがね)顕したる者なり」をあげている。 明らかな複合語であっても語構成をどのように考えるかは難しい。
また、現代日本語母語話者が同一の語構成意識を有しているとは限らない。例えば「ミナト(港)」について『日本国語大辞典』は「(「な」は「の」の意で、「水の門」の意)」と説明し、この説明に基づいて「み-な-と」とハイフンを入れる。「な」が「ノ」にあたる助詞であることを知っていれば、「み-な-と」というハイフンの入れ方が理解できる。しかし、多くの人にとっては、「ミナト」は「分解できない1語」ではないだろうか。「み-な-もと」「ま-つ-げ」「ま-ぶた」「き-の-こ」なども同様に理解できる。
これはいわば「語構成意識の違い」であるが、現代日本語母語話者には、もはやわからない、ということもある。「ヤマ(山)」や「タニ(谷)」のような2拍語も、原理的には「1拍語+1拍語」であるはずだが、では「ヤ」は何か、「マ」は何か、ということになると共通理解には至っていない、つまりはっきりしていない。したがって、このような2拍語は別としても、では、「ウグイス」はどう分解できるのか、「キリギリス」はどう分解できるのか、ということになると、「?」ということになる。
ちなみにいえば、『日本国語大辞典』は「うぐいす」「きりぎりす」にはハイフンを入れていない。両語が4拍、5拍であることからすれば、両語は複合語であるはずだが、「最後の結合点」がはっきりしていない、というのが『日本国語大辞典』の「判断」ということになる。
見出し一つ一つについて、どのような語構成とみるのが妥当かを検討することも大変な作業になる。しかもここまで述べてきたように、すぐに判断できる語ばかりではない。ハイフンがどこに入っているかという、きわめて細かいことによって、そうした判断が示されているということを知ると、ハイフンもまた興味深いものになってくるのではないだろうか。
▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は11月18日(水)、今野真二さんの担当です。
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“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった
1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。
1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。
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