使い方動画をつくってみて考えたこと
Series18-2
筆者は大学の教員であるので、大学教育の場で、辞書を使うことが少なくない。2020年度は新型コロナウイルスの感染拡大のために、多くの大学において、教室での「対面授業」ではなく、さまざまなかたちの「非対面授業(遠隔授業)」が行なわれた。2021年度は感染拡大が収まった時期もあり、そうした時期には「対面授業」が行なわれたが、この原稿を書いている2022年2月の時点では、感染者が1日に全国で10万人、東京では2万人を超えるというような状況となっており、窓の外から救急車のサイレンが一日中聞こえてくる。2022年度がどうなるのかについてははっきりとしていない。
そうした状況下で、大学のLMS(eラーニングによる学習管理システム)も、デジタルコンテンツも、いわば「フル稼動」することになった。筆者自身も「非対面授業」を効果的に行ない、授業の内容を充実させるために、これまで以上にジャパンナレッジを使い、学生にも積極的に使ってもらいながら、学びを深めていくことにつとめた。
「番外編」として公開されている動画(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」の使い方動画「【清泉女子大学】デジタルコンテンツを使った大学での学び」)は、そうした学生の活動をマニュアル風に編集したものである。デジタル機器は文字で記されているマニュアルを見るだけでは使い方がよくわからないことが少なくない。実際に使わないとわからない面が多く、そうした意味合いからすれば、デジタルコンテンツに関してのマニュアル動画は、今後、ますます必要なものになっていくと考える。
『日本国語大辞典』は「語釈」を「原則として、用例の示すところに従って時代を追ってその意味・用法を記述」(凡例「語釈について」「[1]語釈の記述」)しているので、見出しとなっている語にどのような語釈が与えられていて、そこにあげられている「用例」はいつ頃のものであるか、ということを確認することがまずやるべきことといってよい。「ベンキョウ(勉強)」の場合は、(1)「努力をして困難に立ち向かうこと。熱心に物事を行なうこと。励むこと。また、そのさま」(2)「気がすすまないことを、しかたなしにすること」(3)「将来のために学問や技術などを学ぶこと。学校の各教科や、珠算・習字などの実用的な知識・技術を習い覚えること。学習。また、社会生活や仕事などで修業や経験を積むこと」(4)「商品を安く売ること。商品を値引きして売ること。また、比喩的に用いて、大目に見ること。おまけをすること」と語義が4つに分けて記述されており、それぞれ、最初に置かれている用例(初出例)が、17世紀前半(中国の用例もあり)、18世紀半ば、19世紀、19世紀であるので、(1)の語義での使用が古そうだ、という見当をつけることができる。
この(1)の用例の中に、『西国立志編』の「勉強なる農民」という用例もあげられている。『礼記』での使用例もあげられているので、古典中国語としての語義が日本に伝わり、それが明治期まで使われ続けているようにみえる。ただし、この(1)の語義での初出例が17世紀前半であるので、それまではどうだったのだろうか、という問いも同時に思い浮かぶ。こういうところに学びの課題が潜んでいるともいえるだろう。
現代日本語では「ベンキョウ(勉強)」をほぼ(3)の語義で使っている。しかし「将来のために」という含みはあまりない。そこを重視すると、現代日本語の「ベンキョウ(勉強)」の語義が説明されていないことになる。語義の微妙な異なりをどうするか、ということは、『日本国語大辞典』の課題でもあり、「来たるべき辞書」の課題でもあるだろう。かつて使われていた語義と大きく異なる使われ方がされるようになってきた場合は話題になりやすいし、それを「新語」として辞書にとりこむ/とりこまない、ということが取り沙汰される。しかし、微妙に異なる場合は、どうだろうか。
この(3)の語義の初出例が19世紀であるので、『日本国語大辞典』の初出例によれば(と、ひとまず限定しておくが)、(1)の使い方が先行し、(3)の使い方が後発した、とみることになる。これはごく一般的、常識的な「みかた」であり、その程度では不十分だという意見は当然あるだろうが、まずはこうした「常識的なみかた」がごく自然にできるようになるまで、「場数」を踏んでいくことが大事だ。「非対面」のオンデマンドの形式は、この「場数を踏む」ということに向いている。学生は自分の好きな時にオンデマンドの教材にアクセスし、ゆっくりと繰り返しその教材に取り組むことができる。これが非常にいいと思っている学生は多い。
『西国立志編』については、シリーズ2「振仮名について」においても採りあげたが、漢字列の左側に振仮名が施されていることがある。第1編の冒頭の例を示せば、「実験」「法度」にそれぞれ「タメシ」「オキテ」と左振仮名が施されている。これらは「ジッケン(実験)」「ハット(法度)」という漢語の語義を「タメシ」「オキテ」という和語で補足的に説明していることになる。「倹節」に「ケンヤク」、「職業」に「カギヨウ」のように、漢語が左振仮名として施されていることもある。これはすでに定着している漢語によって、定着していない漢語の語義を説明しているとみることができ、漢語に「定着しているもの/定着していないもの」という「層」があることを窺わせる。第10編の15では漢語「ショウリョウ(商量)」の左振仮名に「シアン(思案)」が施されている。動画ではこの例を採りあげているが、この場合は、ひろく使用されていたかどうかということを探っている。
デジタルコンテンツによって、基本的な「情報」を確認し、そこから語の使用についての推測をするということであるが、これも「基本的な情報」がたしかでなければトレーニングにはならない。短時間で確度のたかい「基本的な情報」を集めることは、今後、大学での学びではもちろん、いろいろな場面で必要になると考える。
▶「来たるべき辞書のために」は月2回の更新です。次回は5月6日(金)(通常は第1、3水曜日ですが連休のため)、今野真二さんの担当です。
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“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった
1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。
1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。
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