語構成と語源説
Series10-3
語構成から語源説へと話題を転じてきた。今回はもう少し具体的な話にしたい。
前々回で、『日本国語大辞典』は「うぐいす」「きりぎりす」にハイフンを入れていないと述べた。つまりこれらの語の語構成については、積極的に示していないということだ。「つばめ(燕)」はどうだろうか。「つばめ」もやはりハイフンが入っていない。しかし、「つばめ」の「語誌」欄の(1)には「語形としては、「色葉字類抄」にツハメ・ツハクロメの語形が見られる。ツバメ・ツバクラメ・ツバクロメのメは、カモメ・スズメ・コガラメなど、鳥類に共通する接尾語か」と記されている。見出し「かもめ」「こがらめ」には「語誌」欄がなく、「すずめ」の「語誌」欄には「接尾語」のことは記されていない。「ツバメ」の「メ」が「鳥類に共通する接尾語」であることが確実視されているのであれば、「つば-め」と表示することになるが、そうはなっていない。それは「接尾語か」とある「か」と対応しているということだろう。
さて、文化13(1816)年に出版された『雅語音声考』(がごおんじょうこう)という書物がある。『日本国語大辞典』は次のように説明している。
がごおんじょうこう[ガゴオンジャウカウ]【雅語音声考】
語学書。鈴木朖(あきら)著。1巻。文化13年(1816)刊。語義を音声的な面から究明した、言語の写声的起源論ともいうべきもの。
「写声的起源論」という説明はわかりやすくはないように思う。音象徴(オノマトペ)に起源をもつと鈴木朖が判断した語を集めて、語源について論じた書物である。語を「鳥獣虫の声ヲウツセル言」「人ノ声ヲウツセル言」「万物ノ声ヲウツセル言」「万ノ形、有様、意、シワザヲウツセル言」の四つに分けて、説明している。
「鳥獣虫ノ声ヲウツセル言」の条では、「スズメ」の「スス」について、「今チユチユト云ヲ。古シユシユトキヽタルナリ」「メハカモメ燕ノメニ同ク。数多キ意ニテ群(ムレ)ナリ」と述べている。「今チユチユト云ヲ。古シユシユトキヽタルナリ」については、亀井孝「すずめしうしう」(『成蹊国文』第3号、1970年3月)に詳しい。この論文は、亀井孝論文集3『日本語のすがたとこころ(一)』(吉川弘文館、1984年)に収録されているので、興味のある方はそれらを参照してほしい。「メ」が「数多キ意」かどうかはわからないが、とにかく、「スズメ」「カモメ」「ツバメ」の「メ」を析出していることには注目したい。これは「メ」を「鳥類に共通する接尾語」とみなすということで、現代の「みかた」と同じ「みかた」だ。
鈴木朖は江戸時代の人であるが、江戸時代だからだめだということはまったくない。これはいうまでもないことだと思うが、「古いからだめだ」「もう古いよ」という議論は少なくない。かつての「みかた」だからだめだという「みかた」は現代を絶対視する「みかた」で、それこそが非科学的といってもよいだろう。科学ということをもちださないとしても、かつての「みかた」はすべて価値がないとしたら、哲学的な考察などはどうなるのだろうか。
鈴木は「郭公ノホトヽキ」「鶯ノウクヒ」「鴉ノカラ」「キリキリスノキリキリ」を「鳥獣虫ノ声」とみている。そして「ストイヒシト云ハ。鳥ニモ虫ニモ多シ」と述べて、「ホトトギス」「ウグイス」「カラス」「キリギリス」の「ス」を「鳥や虫に共通する接尾語」とみていると思われる。
『日本国語大辞典』の見出しは「ほととぎす」で、ハイフンが入っていないが、見出し「ほととぎす」の「語誌」欄の(1)には「「ほととぎす」の「す」は、「からす」「うぐいす」などに見られる「す」と同じく鳥を表わす語で、「名告り鳴くなる保登等芸須(ホトトギス)」〔万葉‐一八・四〇八四〕とあるように、鳴き声からついた名とされる」と記している。「からす」「うぐいす」の「語誌」欄にはこのことについては記されていない。見出し「からす」「うぐいす」を調べた人にも、「ス」が「鳥を表わす語」であることがわかるようになっていたほうが親切ではないだろうか、と思う。
「メ」「ス」が接尾語であるという「みかた」はおそらく妥当なものだろうと筆者も思う。しかし「接尾語」とまでは見当がついても、「メ」や「ス」の語義はわからない。そこまでわかればいいのに、ここが限界で「もはやこれまで」ということになる。
さて、3回にわたって「語構成」「語源説」をめぐって述べてきた。「語構成」は見出しのハイフンで示されている。見出しにハイフンが入っていない語は、現時点で、語構成がはっきりとしていない語である。「語源説」欄はこれまでにあった「語源についての説」を示している。その中には、現在は「荒唐無稽」と思われる「説」も含まれている。しかし、そのように考えられていたのだ、ととらえることは可能だし、場合によっては、それを「楽しむ」ということだってないとはいえない。「語源説」はそういう欄なのだと認識しておけばよい。その一方で、これまでに提示されている「語源説」が現在の「みかた」とちかいこともある。
「語構成」「語源」を考えていくと、オノマトペということにも考えが及ぶ。オノマトペをもとにできあがったであろう語もある。「語構成」「語源」「オノマトペ」はつながっている。そう思って、辞書を「立体的にとらえ」、「情報」同士を結びつけると、さらに得られる「情報」の幅はひろくなっていくだろう。
▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は12月16日(水)、佐藤宏さんの回答編です。
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“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった
1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。
1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。
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