『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 18 「使い方動画をつくってみて考えたこと 」目次

  1. 1. 今野真二:編集者側とユーザー側 2022年04月06日
  2. 2. 今野真二:非対面授業の良さ 2022年04月20日
  3. 3. 今野真二:マニュアルの大切さ 2022年05月06日
  4. 4. 佐藤宏:メディアとしての国語辞書 2022年05月18日

使い方動画をつくってみて考えたこと
Series18-3

マニュアルの大切さ

今野真二より

 オンライン版で「範囲」に「語誌」を入れて検索すると50万2607件のヒットがある。凡例の「語誌欄について」には「語の由来や位相、語形の変化、語義・用法の変遷、類義語との差異などを特に説明できるものについては、それらを、[語誌]として示す」と記されている。松井栄一『出逢った日本語・50万語』(2002年、小学館)には語誌欄で、「(1)語源に触れての説明」「(2)語形や表記の移り変わりの説明」「(3)意味や用法の移り変わりの説明」「(4)文体とのかかわり、和文の語か漢文訓読語か、文章語か口頭語かなどの説明」「(5)方言とのかかわりの説明」「(6)類義語との違いを歴史的に見ての説明」「(7)文化的社会的背景の説明」「(8)幕末、明治以後に生じた新しい文物や概念の語の説明」を行なったことを述べた上で、「この欄を充実させれば、その語の理解はいっそう深まることが期待される。はじめての試みだったので、第二版では三百人以上の研究者に執筆を仰いだが、調整がむずかしく今後に課題を残すことになった」(100~101頁)と述べている。

 上に示したことでわかるように、「語誌欄」に記されているのは、ある語についての「説明」であり、それはつまり「説」でもある。『日本国語大辞典』第二版の編集をしている時までに発表された論文などに基づいて記述されている場合もあれば、そうしたものがなく、当該語誌欄の担当者がその時点で考えていることを記述している場合もありそうで、そうなると、研究が進むことによって「語誌欄」の記述を訂正する必要がでてくることも考えられる。しかし、辞書の使用者からすれば、そこに記されていることは確実なことと受けとめることが自然で、そのあたりにも「課題」はありそうだ。

 そういう課題はありそうではあるが、松井栄一が『出逢った日本語・50万語』であげた(1)~(8)は、語をいわば「立体的」にとらえるために必要な観点といえよう。語によって、「語誌」として記述することがあまりない(わかっていない)語もあれば、いろいろなことが記述できる語もあるというように、違いはありそうではあるが、1語1語について「語誌」が記録されたカード(カルテ)のようなものがあると、辞書の語義記述にも役立ちそうだ。

 そして日本語の歴史ということからいえば、そういうことも含めて語の変遷がつかめているといいし、おもしろい。そんなことを考えて、2021年度は「語史・語誌カルテ」を作成するということを大学の授業で学生に提案した。「ゴシゴシカルテ」というネーミングもおもしろいのではないかと、これは手前味噌であるが。まずは、語Xについて『日本国語大辞典』がどう記述しているかをカルテに貼る。語Xが漢字によって文字化されることが多いのであれば、漢字についての情報を『大漢和辞典』から得てカルテに貼る。語Xが実際のテキストでどのように使われているか『新編 日本古典文学全集』にあたって、カルテに貼る。ここまでが基礎作業ということになる。

 2021年度はここまで説明して授業が終わってしまった。しかし、興味をもってくれた学生はいて、春休みに自分でやってみるというメールもきた。この基礎作業を終えたカルテに、次は、『日本国語大辞典』の「辞書欄」にあげられている辞書にあたって、当該辞書でどのように記述されているかをカルテに書き込む。これがさらっとできるようになるためには、『和名類聚抄』『色葉字類抄』『類聚名義抄』『新撰字鏡』、『節用集』といった古辞書、『日葡辞書』『和英語林集成』『言海』などが使いこなせなければならない。この作業をすれば、「表記欄」にあげられている表記についても自然にふれることになる。

 かつての大学は「やりなさい」とは言っても「やりかた」は教えてくれなかったように思う。日本国中の大学がすべてそうであったかどうかはもちろんわからないから、「思う」ということになる。「やりかた」を教えないのが大学の教育なのだという「主張」もあるいはあるかもしれない。それは認めることにしてもいいが、「やりかた」を提示して、なるべく短時間で「やりかた」をマスターして、その先に進むということは当然あってよい。「その先」は「頭を使って考える」だろう。

 学生は「やりかた」をはっきりと示せば、それに従って、「やりかた」をマスターしていく。そういうことはむしろ「得意分野」かもしれない。そうだとすれば、上にあげた5種類の「古辞書」、それに『日葡辞書』『和英語林集成』『言海』の使い方を示した5~6分のマニュアル動画があれば、学生は案外早く古辞書類を使いこなすのではないだろうか。古辞書類を使いこなしてほしいのは、「先に進む」ためではあるが、そうしている間に古辞書類に興味をもつということもあるかもしれない。それも大歓迎だ。そうやって、『日本国語大辞典』を「使い倒」し、『日本国語大辞典』が蓄蔵している「情報」を絞りとる。そのことによって、「来たるべき辞書」の姿が見えてくるということもあるだろう。次はどんな動画にチャレンジしてみようか、という気持ちになってきた。

▶︎清泉女子大学今野ゼミのみなさんが作ったジャパンナレッジ「日本国語大辞典」の使い方動画第2弾「【清泉女子大学】学びを深めるデジタルコンテンツ」が清泉女子大学の公式YouTubeチャンネルで配信中。ぜひご覧ください。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は5月18日(水)、佐藤宏さんによる回答編です。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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今野真二著
三省堂書店
2800円(税別)