『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 11 「「栽培品種」というメタ言語 」目次

  1. 1. 今野真二:アマザクロは甘いと言い切れるのか? 2021年01月06日
  2. 2. 今野真二:なぜ「栽培品種」が見出し語にならないのか? 2021年01月20日
  3. 3. 今野真二:遠隔授業だからこそ見えた辞書のこれから 2021年02月03日
  4. 4. 佐藤宏:「日本語の言語宇宙」と百科語 2021年02月17日

「栽培品種」というメタ言語
Series11-4

「日本語の言語宇宙」と百科語

佐藤宏より

『日本国語大辞典』には、国語項目だけでなく百科項目も収録されています。「日本語の言語宇宙」[1]を構成するものとして、国語項目は日本語を言葉として説明し、百科項目は世界の事物や出来事に関する日本語を、事柄として説明するともいえるでしょう。原稿の執筆には日本語学者だけではなく、百科分野の専門家にも協力をお願いしています。国語辞典としての執筆要領は踏まえてもらうのですが、百科分野では正確を期してどうしてもその分野の術語、専門語を使わざるを得なくなることがあります。理想はそれらの専門語についても日本語としてとらえて、正確さを損なわないように調整、統一するのが国語辞典編集者の役割であろうと思います。

第二版の編集委員会でもそのことは話題になりました。百科語を客観的に適切に書くのはもちろん大事にしても、それを一般の読者にも分かりやすいように噛み砕き、言葉としてとらえた時の意味合いや文化的な背景などの記述も欲しいという意見がありました。その一環として語誌というコラムを設けようということにもなったのですが、本文中に頻出する術語については見出しを立てて、できるだけ用例を添えるということも確認されました。実際には、植物の説明で時々使われる「花後」(67件)は見出しになく、「広楕円形」(112件)は見出しにあるのに「長楕円形」(731件)は立項されていないなど[2]、行き届かなかったところもあります。

同じように語釈でよく使われている「栽培品種」と「園芸品種」についてはどうでしょうか。いずれも英語cultivarの訳語として同じ意味で用いられ[3]、一般には「栽培品種」を用い、園芸分野ではそれを特に「園芸品種」と呼ぶことが多いようですが、この2語を術語として定義するのが難しかったという事情はありそうです。一方、これらの言葉を構成する「栽培」「園芸」「品種」は立項されており、「栽培」は種をまいたり苗を植えたりして植物を育てるという意味、「園芸」は特に花や野菜や果樹などを集約栽培するという意味が分かれば、「栽培品種」「園芸品種」はあえて立項して説明するまでもないという判断はあったかもしれません。

試みに、「栽培品種」を全文検索し、語釈中にそれを含む見出しが五十音順に並ぶ最初の方を意味を(  )で補いながら並べてみると、

○あおいうり【葵瓜】(マクワウリ)○あおすもも【青李】(スモモ)○あおそ(カキ=柿)○あおだいず【青大豆】(ダイズ)○あおりんご【青林檎】(リンゴ)○あかえんどう【赤豌豆】(エンドウ)○あかかのこゆり【赤鹿子百合】(カノコユリ)○あかがらし【赤芥子】(カラシナ)○あかささげ【赤豇豆】(ササゲ)○あかぢさ【赤萵苣】(ウズマキダイコン)○あかな【赤菜】(カブ)○あかめ【赤芽】(サトイモ)○あきなす【秋茄子】(ナス)……

となり、「栽培品種」が人間にとって有用な植物であり、「赤鹿子百合」以外は、概ね食用の植物を指していることが分かります。このことから、サンプル抽出ではありますが、栽培品種といった場合は有用植物、特に食用の品種に用いられることが多いとはいえそうです。

次に、「園芸品種」を含む語を同様に全文検索して最初の方を並べてみます。

○あおき【青木】(ミズキ)○あおもも【青桃】(実が緑色のモモとその花)○あかつきざくら【暁桜】(サトザクラ)○あかはなふじ【赤花藤】(フジ)○あかばんだいしょう【赤万代松】(アカマツ)○あかひとばまつ【赤一葉松】(アカマツ)○あけぼのざさ【曙笹】(ネザサ)○あさぎざくら【浅黄桜】(サトザクラ)○あさままつ【浅間松】(アカマツ)○アザレア(ツツジ類)○あじさい【紫陽花】(ユキノシタ科)○あずまぼたん【東牡丹】(ウメ)……

となり、概ね観賞用の品種であることが分かります。観賞用も人間にとって有用にちがいなく広義の「栽培品種」といえますが、特に観賞用を指して「園芸品種」にしたとも見なせそうです。原稿を執筆したのは植物の専門家であり、それがほとんど暗黙の前提のように書き分けられていて、それを読んだ編集者にもさほどの違和感はなかったものと思われます。しかし、相当数の頻度で用いられ、しかも、このように書き分けられているのであればなおさらのこと、一般読者のためにも項目を立てて、少なくともこの辞書ではこのように用いていると補足すべきだったかもしれません。

さて、植物の名前について、第二版では、学名が定まっているものは語釈で触れていますが、栽培(園芸)品種名については命名規約が異なるので触れていません[4]。とはいっても、名前が特定のものを指すことに変わりはなく、例えば、「あきなすび(秋茄子)」は秋になるナスという一般の意味とは別に特定のナスを指すことがあり、その場合には記述も具体的なものになります。具体的になればなるほど、情報は新しいものが優先され、改訂ごとに現在の見方が反映されるようになります。過去の見方は相対化され意味がずれてくることもありますが、大きくずれる場合はブランチ(語釈の枝番号)を分けて別義として説明することになります。そうでなければ同一の語釈中で、そのずれを説明しなければなりません。

今野先生は、〈『日本国語大辞典』の見出しの中には、「日本語の言語宇宙」に存在している語と「現実世界」にある「具体的なモノ」とが同居していないだろうか〉という趣旨の疑問を呈されています[1]。ここで、「日本語の言語宇宙」に存在している語とは、「アマザクロ」「アマサクロ」といった語形が問題になったり、あるいは「あきなすび(秋茄子)⑴」の秋になるナスという、言葉の意味が中心になったりする「国語項目」としての側面を指すものとも考えられます。それに対して、「現実世界」にある「具体的なモノ」とは「あきなすび(秋茄子)⑵」のように個別具体的なものを指すのだとすれば、それは「百科項目」でもあると考えられます。

現実世界にある個別・具体的なものは、学問の体系に位置づけられることによって、より客観性を増すという側面を持ちます。しかし、仮に名指されるものが時代を超えて一定であるとしても、その見方や意味づけは時代とともに変わる可能性があり、それは学問でも同様であるといえるのではないでしょうか。ただ、ときどきの見方は、文献に残されていれば消えることもなく、それをもとに、意味の歴史を考えることは「日本語の言語宇宙」での話ということになるのかもしれません。国語項目と百科項目を区別しつつも、国語辞典である限りは、やはり言葉を中心に事柄を整理していくというところに落ち着くような気がします。

最後に、言葉の「連合関係」で、ヨコのつながりだけでなくタテのつながりについても、生物の分類学が参考になるというお話は面白いと思いました[5]]。意味の階層としての上位語と下位語については、すでに、本文でも「品種」が「種」の下位語であるという言い方をしましたが、具体的な言葉から抽象的な言葉へと順繰りに包摂される体系という意味では、辞典でも類語辞典(シソーラス)などでは似たような作業が求められますし、国立国語研究所の『分類語彙表』もその試みの一つと考えられます。国語辞典の見出しについても、そのようなシソーラスを介して類語にリンクを張ることは今や可能ですし[6]、リンク先の項目を必要に応じて同一画面に呼び出しながら確認できるようにすれば、類語との違いも見極めやすくなり、語釈はいっそう研ぎ澄まされるようになると思われます。

  • [2] 「花後」は開花後の意。「長楕円形」は文字通り楕円をさらに細長くしたような形の意。
  • [3] 塚本洋太郎総監修『園芸植物大事典』(小学館、全6巻・1988-90/コンパクト版全3巻・1994)の用語解説「園芸品種」には、「園芸学上では種子増殖、栄養増殖を問わず、形態、特性が異なる一定の遺伝子組成をもった個体群を園芸品種または栽培品種とよび、英語では cultivar(cultivated variety から派生した語)で表される」(コンパクト版別巻、13ページ右)とある。
    ちなみに、“cultivar”の意味はThe Oxford English Dictionary(OED, 2nd edition)に、“A variety that has arisen in cultivation. Also attrib.”とあり、『ランダムハウス英和大辞典』(ジャパンナレッジ版)に、「栽培変種植物:栽培によって発生し存続し得る植物変種.[1923. CULTIVATED と VARIETY の混成]」とある。
  • [4] 学名の命名法は「国際植物命名規約」(ICBN=International Code of Botanical Nomenclature)に従い、栽培(園芸)品種の命名法は「国際栽培植物命名規約」(ICNCP=International Code of Nomenclature for Cultivated Plants)に従うことになる。〔国際園芸学会著・大場秀章日本語版監修『国際栽培植物命名規約 第7版』(アボック社、2008)〕
  • [6] 『デジタル大辞泉』のアプリでは、主な基本語に類語欄を設け、それぞれの見出しにリンクを張っている。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は2021年3月3日(水)、新シリーズスタート、今野教授の担当です。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『図説日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。最新刊は『『広辞苑』をよむ』(岩波新書)。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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