『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 22 「『日国』の用例 」目次

  1. 1. 今野真二:「十善法語」の場合① 2022年12月07日
  2. 2. 今野真二:「十善法語」の場合② 2022年12月21日
  3. 3. 今野真二:「十善法語」の場合③ 2023年01月18日

『日国』の用例
Series22-3

「十善法語」の場合③

今野真二より

 山田忠雄は『近代国語辞書の歩み』(1981年、三省堂)で「筆者は些か法語に同化せん事を冀求して、一読の間次の諸語を得た。この本の見出しに見出でぬ者どもである」(1262頁)と述べ、「逸趣」以下「良死」まで47語を示す。「この本」は『日本国語大辞典』を指すとみるしかないが、「見出しに見出でぬ者ども」をどう理解するかということになる。筆者は、見出しの中に見出すことができないと理解したので、47語は見出しになっていない語とまずは考えた。しかし4番目にあげられている「開示」は第二版では次のようになっており、「妙一本仮名書き法華経」の用例が追加された以外は、初版もまったく同じである。

かいじ【開示】
〔名〕
(「かいし」とも)
説き示すこと。教えさとすこと。また、明らかに示すこと。
*正法眼蔵〔1231~53〕法華転法華「法華の正宗をあきらめんことは、祖師の開示を唯一大事因縁と究尽すべし」
*妙一本仮名書き法華経〔鎌倉中〕一・方便品第二「われ方便力ありて三乗の法を開示(カイシ〈注〉ヒラキシメス)す」
*文明本節用集〔室町中〕「開示 カイジ」
*日葡辞書〔1603~04〕「Caiji (カイジ)。ヒラキ シメス〈訳〉深遠な事柄を教え述べること。仏法語」
*十善法語〔1775〕二「別に孝子経、父母恩難報経ありて、孝道を開示ある仏法を信じて不孝になる理なし」
*明六雑誌‐三九号〔1875〕人世三宝説・二〈西周〉「是正さに積極の三綱の開示する所にして」
*後漢書‐馬援伝「援於帝前、聚米為山谷、指画形勢、開示衆軍所従道径往来

 つまり初版においても「開示」は見出しになっているし、「十善法語」は用例としてあげられている。あるいは漢字列「開示」は山田忠雄のとらえ方では「カイジ・カイシ」という語をあらわしているのではないのだろうか。もしもそうであるならば、やはり漢字列のみではなく、いかなる語をあらわしているかを山田忠雄は示してほしい。「怪夢(カイム)」の場合は、初版に見出しがあるが、「十善法語」の用例はあげられていない。「十善法語」にかかわる、こうしたことについて、松井栄一(2002)は何も述べていないと思われるが、初版における見出し「開示」「怪夢」をみると、「見出しに見出でぬ者ども」をどう理解すればよいか、迷う。

 そして、冒頭の引用文中の「次の諸語」は漢字列が掲げられているだけで、それがいかなる語をあらわしたもの(と山田忠雄がとらえている)かが示されていないということは、上記のような確認をするにあたって不都合なことになる。さらにいえば、「十善法語」のどこでその語が使われているか、も示されていない。「右肩に○を附したるは使用少くとも二回以上、◎を附したるは同じく五回以上。無印の中には自ら偏倚有るやも図り知り難いが、後者を逸する事は心有る作業とは程遠い者であった事を示唆するに十分であろう」(1263頁)と述べられているのだから、どこでどのように使われているかはもちろんわかっているはずで、それを示さないことによって、これらの語がどのように使われているかを他者が確認しにくい。「これらの語は将来見出しにしたほうがいいのではないか」というアドバイスであるのなら、使われている箇所を示すことが親切であろう。

 「十善法語」を全部読めばそれは誰にでもわかる、ということかもしれない。おそらくそうであろう。それはそれで一つの考え方ともいえるが、この「往復書簡」で述べている「来たるべき辞書」が使われるのは、そうした「考え方」が成り立っていた空間とはまったく異なる空間であることはたしかであろう。「反証可能性」ができるかぎりきちんと確保され、辞書の使用者が辞書に蓄蔵されている「情報」を自身の手で確認できる。そういう意味合いにおいてこそ、辞書は「オープンスペース」になる。

 山田忠雄(1981)が「五回以上」使用されていると認め、◎を附した漢字列は「縁事」「志性」「任持」「人人箇箇」であるが、第二版においては、「えんじ(縁事)」「ししょう(志性)」「にんじ(任持)」という見出しがたてられ、「十善法語」が引用されている。その点においては、山田忠雄(1981)の指摘が(結果として、といっておくが)反映されており、『日本国語大辞典』第二版を、いろいろな意味合いで評価したい。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は2月1日(水)、『日本国語大辞典 第二版』元編集長佐藤宏さんの担当です。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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三省堂書店
2800円(税別)