『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 6 「「ひとりぼっち」か「ひとりぽっち」か 」目次

  1. 1. 今野真二:「~とも」とはなにか? 2020年02月05日

「ひとりぼっち」か「ひとりぽっち」か
Series6-1

「~とも」とはなにか?

今野真二より

 岡田三郎『春の行列』(1936年、有光社)を読んでいて、次のようなくだりがあった。

 近頃では、道代は、彼女の周囲に御機嫌とりにあつまつて来る男達にも、つくづくいやけがさしてゐた。なんでもないのに、憂鬱になつて、学校でもとかく独りぽつちのことがおほかつた。(254頁)

 ジャパンナレッジで検索範囲を「用例(出典情報)」と設定して、「岡田三郎」で検索をかけると265件がヒットする。「岡田三郎 三月変」で検索すると35件、「岡田三郎 物質の弾道」で検索すると45件、「岡田三郎 母」で検索すると43件がヒットするといったように、さらにどの作品から使用例が採られているかを調べることもできる。しかし「岡田三郎 春の行列」で検索してもヒットはないので、この『春の行列』からは使用例が示されていないことがわかる。

 岡田三郎(1890-1954)は北海道生まれの作家で、德田秋声に師事している。『春の行列』は昭和11(1936)年9月に「純粋小説全集」の第12巻として出版されている。この全集は青山二郎が装幀を担当している。第1巻は横光利一の『盛装』(1937.2)で、以下第4巻は岸田国士『鞭を鳴らす女』(1936.8)、第8巻は室生犀星『弄獅子』(1936.6)、第9巻は川端康成の『化粧と口笛』、舟橋聖一『白い蛇赤い蛇』(1937.3)、第10巻は宇野千代『罌粟はなぜ紅い』(1937.1)、第11巻は片岡鉄兵『流れある景色』(1936.5)などが収められている。

 「純粋小説全集」は漢字には振仮名が施されている。上の引用では、振仮名を省き、漢字字体は現在使われている字体に改めた。さて「独りぽつち」の「独」には「ひと」と振仮名が施されているので、この語は「ヒトリポッチ」という語を書いたものであることがわかる。『日本国語大辞典』を調べてみると、「ひとりぼっち」が見出しとなっている。見出し「ひとりぼうし」、「ひとりぼし」さらに「ほっし(法師)」もあげておく。

ひとりぼっち【独法師】〔名〕(「ひとりぼうし(独法師)」の変化した語。「ひとりぽっち」とも)たったひとりでいること。身寄り、仲間、相手などのないこと。また、その人。ひとりぼうし。ひとりぼし。ひとりぼち。*俚言集覧〔1797頃〕「独法師 ひとりぽっちと呼り」*人情本・恩愛二葉草〔1834〕二・四章「心細さの独法師(ヒトリボッチ)、御前ばかりを便りの身の上」*牛部屋の臭ひ〔1916〕〈正宗白鳥〉四「巡礼には大抵連れがあるものなのに、この女は一人ぽっちであった」

ひとりぼうし【独法師】〔名〕(1)たったひとりの法師。*御伽草子・猫の草紙〔江戸初〕「わらはごときのひとりほうし、たまたまからかさをはりたててをけば、やがてしまもとをくいやぶり」*咄本・百物語〔1659〕下・三八「山寺に独法師(ヒトリボウシ)有けり」*狂歌・堀河百首題狂歌集〔1671〕雑「山寺のひとり法師はかひこけてころりとぬるか苔のむしろに」(2)「ひとりぼっち(独法師)」に同じ。*説経節・越前国永平寺開山記〔1689〕六「宿からんと思召、かなたこなたとたのまるれど、ひとりほうしはきんぜいと、宿かすものはなかりけり」*譬喩尽〔1786〕八「独法師(ヒトリボフシ)の三界坊」

ひとりぼし【独法師】〔名〕「ひとりぼうし(独法師)」の変化した語。*俳諧・其袋〔1690〕春「花鳥やちらば鳴子の独ぼし〈菊峯〉」*雑俳・軽口頓作〔1709〕「にぎやかな・独ぼしでも火をたくの」*浄瑠璃・生写朝顔話〔1832〕宿屋の段「其女子も程なう病死、夫から又ひとり法師(ボシ)」*妻木〔1904〜06〕〈松瀬青々〉冬「飯いてて恋も思はず独ぼし」

ほっし【法師】〔名〕「ほうし(法師)」に同じ。*熱田本平家物語〔13C前〕四・三位入道鵺射事「大衆已下の法師(ほッし)輩(ばら)」*ロドリゲス日本大文典〔1604〜08〕「コノ foxxini (ホッシニ) ヲイテワ イザ シラヌデサウト」*説経節・説経苅萱〔1631〕上「とんせいしゃの、すゑをとげさせてたまはれと、ほっしばかりとふしをがみ」

 「法師」は(「ホウシ」の他に)17世紀には確実に「ホッシ」という語形をうみだしていた。「独法師」は「ヒトリボウシ」「ヒトリホッシ」2つの語形と結びついていたと推測する。「ヒトリホッシ」が連濁した「ヒトリボッシ」から「ヒトリボッチ」がうまれたのであろう。また「ヒトリボッシ」の促音が弱化、脱落すれば「ヒトリボシ」という語形になる。「ヒトリボッシ」から「ヒトリボッチ」がうまれ、濁音「ボ」が無声化すれば半濁音「ポ」になるのだから、「ヒトリポッチ」もここにつながる語形であることになる。

 『日本国語大辞典』の見出し「ひとりぼっち」の語釈における「「ひとりぽっち」とも」の「とも」にはどのようなことばが続くのか、というのが今回の話題である。「「ひとりぽっち」とも発音する」は少し変だ。「ヒトリボッチ」と発音している語を「ヒトリポッチ」とも発音するというとらえかたは考えにくい。こうした「とも」をオンライン版の検索機能で効率よく抽出するのは難しいが、たとえば次のような見出しがある。

あいくら【合鞍】〔名〕(「あいぐら」とも)一つの鞍にいっしょに乗ること。馬などにいっしょに乗ること。*読本・南総里見八犬伝〔1814〜42〕五・四八回「合鞍(アヒクラ)にして二がたを乗して還りし事の趣、告るに暇なかりしかば」*西洋道中膝栗毛〔1870〜76〕〈仮名垣魯文〉一〇・下「一匹の駱駝(らくだ)をやとひて合鞍(アヒグラ)に三人等しく打乗りて」

 この見出しとあげられている使用例とからすると、この語は「アイクラ」という語形が標準語形で、使用例に示したように、「アイグラ」という語形も確認されている、と理解したくなる。しかしそれを「とも」で表現できているだろうか。次回はもう少しふみこんでいきたい。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は2月19日(水)、今野真二さんの担当です。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『図説日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。最新刊は『『広辞苑』をよむ』(岩波新書)。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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三省堂
2800円(税別)