『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 7 「いつからいつまで 」目次

  1. 1. 今野真二:ことばの終わり 2020年04月01日
  2. 2. 今野真二:語史について 2020年04月15日
  3. 3. 今野真二:「カタリモノ」をめぐって 2020年05月07日
  4. 4. 佐藤宏:言葉の歴史をたどって 2020年05月20日

いつからいつまで
Series7-2

語史について

今野真二より

 前回は1953年に出版されている小学校高学年向けの『謎の鉄仮面』を読んでいて、「カタリモノ」という語に遭遇した、『日本国語大辞典』は見出し「かたりもの【騙者・衒者】」の語義を「人をだまして、金品をとる人。詐欺師」と説明し、使用例として『和英語林集成』の初版(1867年)を示している、ということを述べた。話題の大枠は「語史」ということで、それが標題「いつからいつまで」である。

 『日本国語大辞典』の楽しみかたといえばよいか、使いかたといえばよいか、まあ両方なのだろうが、『日本国語大辞典』を(ぱらぱらとでも)読んでいく、という「やりかた」と、自分が読んでいる本や新聞記事で遭遇した語について『日本国語大辞典』にあたってみる、という2つの「やりかた」がありそうだ。今回の筆者の「気づき」をトレースするならば、まず『謎の鉄仮面』を読んでいた。そこで「カタリモノ」という語に出会った。「この語は現在はあまり使われていないな」という筆者の「内省」があった。そこで、いつ頃から使われている語なのだろうという疑問がわき、『日本国語大辞典』を調べてみた、という「順番」がある。『日本国語大辞典』を読んでいって、見出し「かたりもの」をみて、『和英語林集成』の初版しか使用例としてあげられていないな、という「気づき」があってもよいし、この語義は限定的だな、という「気づき」があってもよい。楽しむにしても、日本語についてのレポートを書くにしても、「次」に続く疑問や「気づき」が起点になる。

 「カタリモノ」の「語史」を考えるとして、1867年には(語義はともかくとして)使われていたことが『日本国語大辞典』によって確認できる。1953年には小学校高学年向けの書物内で使われていたことが確認できた。2020年現在はあまり、あるいはほとんど使われていない。この「みとおし」でよいとすれば、「カタリモノ」という語は1953年から2020年までの67年の間のどこかで使われなくなったということになる。実際にはある日突然使われなくなるはずはないので、次第に使われなくなったということであるが、とにかくそういうことになる。

 今回の話題は、「語の歴史」を考えた場合、「いつから」は注目されやすいが、「いつまで」は案外と注目されていないのではないか、ということだ。前回述べたように、『日本国語大辞典』は「用例の示すところに従って時代を追ってその意味・用法を記述する」という「方針」で編集されているので、示されている「用例」によって、「いつから」はつかみやすい。しかし、いつもながら「欲張り」なことをいうとすれば、見出し「かたりもの」のように、1867年の使用例のみが示されていると、「いつまで」の「あたり」はつけにくい。この語の場合は「現在はあまり使われていない」という現代日本語使用者の「内省」によって「いつまで」をある程度想像することができる。そこに1953年に使われていたという「情報」が一つあるだけで、「いつからいつまで」の幅を絞ることができるようになる。つまり、「いつまで」を(ある程度にしても)考えるための「情報」があれば嬉しいということだ。一般化していえば、大正時代、昭和初期時代あたりの文献によって、明治時代に使われていた語がどうなっているか、という「情報」が強化されると、「語史」の「風景」が少し変わってくるのではないだろうか、ということだ。

 見出し「かたりもの」の語義は「人をだまして、金品をとる人。詐欺師」と説明されている。「カタリモノ」という語は「カタリ+モノ」に分解できる。動詞「カタル」の語義は「(1)うそをまことらしく言って、人をあざむく。いつわる」と「(2)人をだまして、金品などをとる。詐欺にかける」とあるので、見出し「かたりもの」の語義は見出し「かたる」の語義(2)に対応している。(1)が限定されて(2)のように使われるようになっていったということだろう。原理的にはそうであるはずだ。しかし1953年には(1)の使い方がされている。そのことを考え併せると、見出し「かたる」の語義(1)に対応する「カタリモノ」も1953年よりももっと前からあってもよさそうだ、と感じる。

 見出し「かたる」でいえば、(1)から(2)の語義が限定されて派生したのであれば、(1)の使用例は江戸時代が「初出」で、(2)の使用例は明治時代が「初出」であれば、わかりやすい。しかし、実際は逆になっている。このあたりが、「そううまくはいかない」というところだろう。

 原理的に考えれば、(1)から(2)の語義が派生した。一般的な語義に限定がかかって限定的な語義が後発したということだ。しかし、使用例を探した結果、(1)の使用例は明治時代のものが「初出」となり、(2)の使用例は江戸時代のものが「初出」となったということだろう。「こういうことはある」と思っておくしかない。いや、思っておけばいい。

かたる【騙・衒】〔他ラ五(四)〕

(1)うそをまことらしく言って、人をあざむく。いつわる。
*和英語林集成(初版)〔1867〕「ヒトノ ナマエヲ kataru (カタル)」
*落語・昔の詐偽〔1897〕〈三代目春風亭柳枝〉「魚の腸(はらわた)だか何だか知れ無い者を熊の胆(ゐ)で御坐候と、大きな名前を騙(カタ)って商ひされては実に迷惑するのだ」

(2)人をだまして、金品などをとる。詐欺にかける。
*浮世草子・日本永代蔵〔1688〕二・三「狼の黒焼はと声の可笑げに売て〈略〉随分道中の人になれたる心の、針屋筆やかたられて追分より八丁までに五百八十が物代なして」
*滑稽本・古朽木〔1780〕五「又此所に来りて、二百両衒(カタラ)んとは、大胆不敵のふるまひ」
*和英語林集成(初版)〔1867〕「ヒトヲ katatte (カタッテ) カネヲ トル」

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は5月7日(木)、今野真二さんの担当です。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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三省堂書店
2800円(税別)