現代社会の課題は、少子高齢化が進行するなかで、社会の情報化と生活の多様化、政治・経済のグローバル化、あるいは地球環境問題の深刻化などの問題に取り組むことが求められるが、その最終的な目的は人間の幸福感の向上にあり、変わりゆく世界のなかで心理学の果たす役割は大きい。2020年から世界中を震撼させている新型コロナウイルスのような感染症のパンデミックは、国家間の戦争や地域紛争、地震・噴火・台風・洪水などの自然災害と並んで人類の宿痾となってきたが、そのなかにおいて心豊かな生き方を考えることも心理学が貢献できるテーマである。
有斐閣からは中島義明他編『心理学辞典』(1999年1月刊)が学術的に信頼のできる辞典として広く長く活用されてきたが、初版刊行後の20年あまりの間に心理学の研究内容はいっそう深まり、新しい理論や知見が示されるようになっており、大学では心理学部や心理学科の設置が相次いで行われ、心理 学教育の重要性も高まってきている。さらに、「国民の心の健康の保持増進に寄与すること」を目的とする国家資格を定めた公認心理師法が2015年9月に公布された。心理学を取り巻く以上のような社会の変化に対応する新たな心理学辞典の必要性が高まったことを受けて、本辞典は企画された。
本辞典の基本コンセプトは、以下の通りである。
監修者の分担として、子安は発達分野(発達、教育、芸術)、社会分野(社会、産業・組織、行動経済学)、学習分野(人間の学習と行動)および人名一覧を、丹野は臨床分野の臨床(異常心理、精神病理学)、精神医学、人格、犯罪、司法・矯正、アセスメント(臨床診断)、福祉、健康を、箱田は認知分野(認知、感覚、知覚、感性、注意、思考、言語、記憶、感情、動機づけ、視聴芸術)、生物学的分野(脳、神経、比較認知、動物、進化)、統計分野(統計、測定、数理)をそれぞれ担当した。
三浦しをんの小説『舟を編む』とその映画化作品で子細に描かれたように、辞典づくりは長い時間と根気の要る仕事である。この辞典も企画から完成まで4年半の歳月を要した。新型コロナウイルスの流行が対面の監修者会議をできなくさせたことも、予定よりもさらに時間を要する一因となった。編集委員および執筆者の先生方は言うに及ばず、この辞典の完成に協力してくださったすべての皆さま、とりわけ有斐閣書籍編集第2部の中村さやかさん、渡辺晃さん、ならびにスタッフの方々に心より厚く御礼申し上げたい。