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岩波 生物学辞典 第5版

序

第5版 序

 岩波書店創業100年を記念する2013年に,生物学の展開と変貌を取り込んだ『岩波生物学辞典 第5版』を出版できることは大きな喜びである.

 生物学の進歩は急速である.20世紀の前半が量子力学や相対性理論による物理学の革命的展開の時代だったとすれば,20世紀後半から21世紀にかけては生物学が急激に進展し,正統派の科学分野として本格的に認知された時代ということができる.
 とりわけ,遺伝子の実体が明らかとなり,分子生物学的手法によりその情報の読み取りやさまざまな操作的実験が可能になったことで,多くの生命現象の基本的機構が解明され,農業や医療へ応用されるようになった.一方で,人間活動による生態系の破壊や生物種の絶滅が問題として浮上し,生物多様性の語のもとに生物進化の本質が意識され,それらの現象を理解するための基礎分野として生態学があらためて注目を集めるようにもなった.このように,生物学は社会での重要性を格段に増し,生物学に基づいた知識が現代社会で生きる上で非常に重要になってきている.
 さらに,農学や医学・薬学といった従来からの生物学の応用分野だけでなく,物性物理学や化学など物質科学においても,生物学・生命科学に関連した研究が主要なテーマとなった.また,脳神経科学や進化生物学は,人間行動や人間社会を理解するための基盤として,社会科学や人文科学に受け入れられつつある.近代において互いの関連がつかめないほど拡散した幅広い諸学問分野を,生物学が核になって再度統一する機運さえあるといえよう.
 その結果,生物学の教育を受けてこなかった研究者や学生が生物学を学ぶ機会が増えている.生物学における基本的な知識を正確に説明した書物の重要性ははるかに増していると言って過言ではない.

 振り返ってみると,本書の初版は,編集に6年余りの歳月を費やして1960年3月に刊行された.それは,生物学全般にわたる基礎的用語を広く収録し,簡潔正確な記述を与える日本で最初の業績であった.その後,1977年7月に第2版,1983年3月に第3版,そして1996年3月に第4版,と三度の大幅な改訂が行われ,『岩波生物学辞典』は,20世紀後半の日本において,生物学分野のスタンダードな辞典として,生物学の発展に一貫して大きな役割を果たしてきた.
 前回の改訂から17年間の生物学の進歩はあまりにも急速であり,生物学のどの分野においても,大学の学部レベルの教科書は大幅に書き換わっている.この状況は,数学や物理学・化学などにおいて,大学学部教育の内容が基本的には変わっていないことと極めて対照的である.この十数年間の展開は,呆然とするほどの変革と,関連概念の増加・多様化を生物学に生じさせたのである.

 第4版の改訂時の編者は八杉龍一,小関治男,古谷雅樹,日高敏隆の4名であったが,今回は全員が交代した.
 上に述べた生物学の進展を取り込むために,すべての項目を見直して必要な修正・加筆を行うとともに,新たに1000以上の項目を追加した.他方で,全体のページ数を抑え1冊の辞典に収めるためにさまざまな工夫をした.
 例えば,分子生物学が明らかにした非常に多くの主要な遺伝子の名を引けるようにすることが必要であるが,一つ一つを独立の項目にはせず,いくつかの重要なパスウェイを新項目として立て,多くの遺伝子をそこで互いに関連づけて説明することにした.
 また語義を説明するだけの短い項目は,関連する項目にまとめることで項目数を減らし,それらは和文索引での検索に委ねた.加えて複数の項目を統合することにも努めた.一方,現在研究を進める上ではほとんど使用されない語であっても,単純に削除することは避け,第4版の項目語は原則としてすべて索引から引けるようにした.
 本書の初版が,語義を説明することを中心とする小項目形式であったとすると,一連の改訂を経たこの第5版では,それぞれの項目をある程度の長さをもって説明するという中項目形式になっているといえよう.
 辞典によっては,それぞれの用語の正しい使用方法や本来の語義を考えて規範的な観点から記述する,いわば現在の語の使用の誤りを正すという編集方針を採用するものもあろう.しかし本改訂においては,我々はこの方針はとらなかった.「世直しを行わない」という原則である.それは,用語や概念は,時代によりその意味や用法が変化していくものだという考えに基づいている.
 また,使われなくなった古い用語や現在は否定され誤謬とされる古い概念などは,新しい辞典に採録する必要なし,との立場もあろうが,あらゆる時代の文献を読解するにあたっては,これらもまた無視はできない.現在の用法のみを適切に記した用語集は,各分野において常備されており,本書の機能はそこにはない.むしろ積極的に,広範囲にわたってさまざまな用語や概念の消長をあえて記しておき,生物学の俯瞰を可能にすることが,学問科学の次世代の担い手を育成することに繋がると我々は考えた.無論,不適切な用語は時間とともに消えて行くだろう.どの語が最も適切であるかは,編者が判断するのではなく,科学者コミュニティの中での語の長期の変化,すなわち「用語の自然淘汰」に任せるのが望ましい.ただ,採択するべきはどの語か,すでに定着しているのはどの語か,といった判断,あるいは処理の手際が適切かどうかに関しては,我々編者の責任である.読者の率直なご批判をいただきたい.

 第5版の改訂にあたっては,専門家の知恵を集め,現代の日本において最も信頼できる生物学の情報源を確立することを目指した.改訂作業は,非常に多くの執筆者,校閲者,さまざまなレベルの編集者の,膨大な努力が投入されて成し遂げられたものである.そしてその努力が,本書の情報の信頼性を保証し,確かなソースとしての価値を生み出すものと信じている.

 本版は旧来の版を基礎として成り立っている.初版以来の執筆者のお名前を別記して感謝の念をさしあげる.

 また項目の見直しや選定,記述内容の調整,あるいは改訂方針についてのご意見を伺うなど,多くの分野別編集者の方々にお世話になった.新版の完成は,執筆者ならびにこれら分野別編集者の方々の大きなご尽力の賜物である.お名前をあとにあげて感謝したい.

 この『岩波生物学辞典 第5版』が,旧版にも増して多くの人々に利用され,日本の生物学のさらなる発展に貢献できればと願う.

  2013年2月

巌佐 庸  倉谷 滋
斎藤成也  塚谷裕一

第1版 序

 現代生物学の急速な進歩による成果は巨大な量に達し,その内容は複雑多岐にわたっている.しかも他方,生物学諸分科の相互の関連はますます深くなりつつある.生物学全般にわたる細密な知識の集成への要求が今日ほど切実なことは,かつてなかった.われわれは岩波書店の要請と相まって,生物学のこの現状に即した辞典の作成を企図し,多数の研究者の協力のもとに6年をこえる年月をついやし,ようやくここにその完成をみるにいたった.
 本辞典は,医学・農学を含めた生物諸科学,換言すれば生物学およびその境界ないし応用領域を広汎に包括している.そのため生物学の基礎的用語をあまねく収録したばかりでなく,生物学の全般にわたって最近の発展を遺漏なく反映するように配慮すると同時に,専門研究者にとって必要なかなり高度の専門用語まで収めた.すなわち生物諸科学の研究者・教育者・学生ばかりでなく,医師や農業技術者の座右におかれて有用であることを意図して編集したものである.
 辞典は多くの場合,簡明な説明を要求されるものであるから,可能なかぎりいわゆる小項目主義を保持した,なお本辞典の編集にかんする若干の細目を以下にかかげて,利用者の便に供することにしたい.

(1)  分類の項目は付録の分類表との重複をさけ,原則として門および綱を入れた.ただし微生物および古生物にかんしては,特殊性を考慮してはるかに低い階級まで採用した.同様の例外は,僅かではあるが,ほかの領域にもある.
(2)  現在ほとんど用いられない術語も,文献の調査のさいにとくに必要と思われるものは採録した.
(3)  人名については,最近および現代の学者に重点をおいている.
(4)  本来有機化学や物理学の基礎概念あるいは実験技術に属する術語の多くは,本辞典の姉妹編である“岩波理化学辞典”にゆずった.
(5)  重要かつ特殊の項目ではしばしば小項目主義の原則に従わず,十分な説明を付するようにしたもの,すなわち大項目とみらるべきものも少数ある(例:呼吸,酵素).
(6)  術語はまず的確な定義をくだし,ついで適切な実例で具体的な説明を与えるように努めた.
(7)  説明は文章のみで完結することを本旨とし,図は補助の程度にとどめた.多くの教科書類に掲載され普及している図は,なるべく省略するようにした.
(8)  術語は,可能なかぎり各学会の制定用語に従った.それら制定用語の間に不統一があるときは,もっとも妥当と思われるものを採用した.採用しなかった制定用語は同意語としてかかげるようにした.
(9)  外国語は英語・ドイツ語を主体とし,重要なものにはさらにフランス語・ロシア語を,また器官の名称(主として脊椎動物)などではラテン語を付した.
(10)  付録は多くの研究者に頻繁に使用される便覧の意味で選んだ.植物および動物の分類体系は,本文と付録の分類表とで多少異なる場合がある.
(11)  索引には項目語のみでなく説明文中の重要語も収録した.人名およびロシア語は別にまとめた.

 辞典編集の第一の基礎である項目選定は,編者のみで完全を期することが困難であるので,各分科の専門研究者に協力をもとめた.いわば辞典の骨格の形成となった最初の項目選定は,下記の分担でなされた.

〔生物学一般用語・動物発生学〕山田常雄;〔分類学一般用語・植物分類学・植物形態学・植物地理学〕前川文夫;〔動物分類学・無脊椎動物形態学〕岩佐正夫;〔脊椎動物形態学・動物組織学〕碓井益雄;〔植物生理学〕下郡山正巳;〔動物生理学・動物心理学〕柳田為正;〔生化学〕江上不二夫;〔動物生理化学〕石田寿老;〔微生物学〕森健志;〔遺伝学〕田中信徳;〔細胞学〕吹田信英・佐藤七郎;〔生態学〕宝月欣二;〔動物地理学〕北沢右三;〔古生物学〕高井冬二;〔人類学〕鈴木尚;〔進化学〕八杉龍一;〔医学一般・病理学〕三宅仁・榎本真;〔血清学〕岡本彰祐;〔ウィールス学〕福見秀雄;〔抗生物質学〕梅沢浜夫;〔性〕江上信雄;〔生長〕清水三雄;〔放射線生物学〕村地孝一;〔農学〕飯田俊武

 編集の進行にともない,さらに細分化された領域の項目選定を,それぞれ専門研究者に依頼した場合がある.この基礎的な仕事のために多大の労をはらわれた編者以外の方々に対し,深い謝意を表する.
 項目選定担当者の大部分は同時に多数の項目の執筆者であるが,完成までに執筆に加わっていただいた方の総数は160名をこえた.なかには,とくに重要な項目のかけがえのない執筆者として1~2項目の執筆をお願いした方もある.執筆者の各位(名簿は別にかかげる)に対し,編者の心からの感謝をささげる.  本辞典の編集には,植物学関係では古谷雅樹,新関滋也の両氏,動物学関係では日高敏隆氏が終始協力し,編者と苦労をともにした.術語のフランス語およびロシア語については,日高氏に多大の労をわずらわした.
 編集の諸段階において,項目選定を担当された前記の方々および若林勲,高宮篤,門司正三,石本真,山本幸男の諸氏から種々の有益な助言を仰ぐことができた.図については岩佐正夫,碓井益雄,千葉節子の三氏にとくにお世話になった.そのほか編集上のいろいろの面で助力をえた伊藤嘉昭,金谷晴夫,高杉暹,森脇和郎,山上健次郎その他の諸氏にも厚くお礼を申上げる.  本辞典は現代生物学の用語の大集成として外国にも例を見ないものと思う.しかし包括する領域が広く,収めた項目が多数であるため,なお欠けるところがあることを危惧している.広く利用者の教示をお願いしたい.

  1960年3月

山田常雄  前川文夫
江上不二夫  八杉龍一
 生物学の著しい進歩に即応するため,第2刷以降,若干の項目および付録について,内容の一部に訂正を行なってきた.訂正に際しては,碓井益雄,佐藤七郎,田宮信雄,林雄次郎,日高敏隆,岡崎令治,山口武雄の諸氏に御協力をいただいた.記して御礼申し上げる.(1969年8月)
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