日本大百科全書(ニッポニカ)

松井栄一
まついしげかず
[1926―2018]

国語学者。東京の生まれ。『大日本国語辞典』(1915~1919)の著者松井簡治(かんじ)の孫。父の松井驥(き)(1894―1953)も同辞典の編集にかかわった。俳人の大須賀乙字は義理の伯父。東京大学国文科卒業。卒業後私立武蔵高校教諭となり、そのときに大学時代の恩師であった時枝誠記(ときえだもとき)が編纂(へんさん)した『例解国語辞典』(1956)に参画したことから、辞典の編集にかかわることとなる。その後武蔵大学助教授となるが、辞典編集に専念するために退職。『日本国語大辞典』の編集委員として初版、第二版の編纂にあたる。のちに辞典編纂のかたわら山梨大学教授、東京成徳大学教授を歴任。『日本国語大辞典』初版(1972~1976)では立項する項目45万語の選定をほぼ一人で行うなど、編集委員の中心となり、『大日本国語辞典』を受け継ぐ用例主義の辞典として、他の追随を許さない国語辞典に仕立て上げた。また、とくに明治以降の小説や評論、エッセイなどから、膨大な数の日本語の実例を採集し、これらの用例は、『日本国語大辞典』初版に収録された近代以降の用例のかなりな部分を占めることとなった。さらに、初版刊行後も用例の採集を続け、第二版(2000~2002)でも近現代の用例を数多く増補している。用例の採集にあたっては、より古い文献例を採集するだけでなく、意味や用法が従来と異なるもの、語形や表記が異なるものなどさまざまな実例をみつけだし、近代語がどのような変化を遂げてきたのか、実証的に解き明かそうとした。このようにして採集された実例は辞典に生かされただけでなく、エッセイ集『「のっぺら坊」と「てるてる坊主」――現代日本語の意外な事実』(2004)において、現代日本語の語形や表記などが明治以降どのような変化の過程をたどってきたのか、豊富な用例とともに詳細に論じられている。さらに、『出逢った日本語・50万語――辞書作り三代の軌跡』(2013)では、『大日本国語辞典』を編纂した祖父・簡治、父・驥と三代続いた松井家の辞書づくりの軌跡について語っている。ほかに編集にかかわった辞典としては『現代国語例解辞典』(初版1985)、『小学館日本語新辞典』(2004)がある。前者では類語の使い分けがわかる「類語対比表」を作成して掲載した。後者ではこの「類語対比表」をさらに膨らませて、類語の意味の違いを、実際の文章のなかでどのように使い分けられるのか詳細に解説した。『明治期国語辞書大系』(1997)、『隠語辞典集成』(1996~1997)といった、諸辞典の資料集成の編纂にもあたった。
[神永 曉]2019年5月21日