湖底などに木の年輪のように泥などが1年ずつ規則正しく連続堆積(たいせき)した地層のこと。季節ごとに堆積する物質は湖によってさまざまで、1年分の厚さも地域によって数十マイクロメートルから数センチメートルまで幅がある。たとえば福井県の水月湖では春から秋にかけてプランクトンの死骸(しがい)など有機物が静かに堆積し暗い色に、晩秋から冬にかけては鉄を含む鉱物質が明るい色となって堆積するため1年ごとの縞(しま)が認識できる。黄砂や噴火による火山灰もみられる。
年縞という用語は1980年代末、環境考古学者、安田喜憲(やすだよしのり)(1946― )が英語のvarveの日本語訳として創案した。年縞は世界各地でみられ、日本では一ノ目潟(秋田県)などでも発見されているが、福井県の三方五湖(みかたごこ)の一つ、若狭(わかさ)町にある水月(すいげつ)湖の年縞が世界の年縞研究にとってきわめて大きな存在である。
水月湖の年縞は1980年代に開始された三方湖畔の縄文遺跡、鳥浜貝塚の発掘調査研究の一環として実施された水月湖の湖底ボーリングで1991年(平成3)に存在が確認された。長年にわたり泥の堆積が続けば湖は泥で埋まってしまうが、水月湖は東にある三方断層の活動により定期的に地盤が沈下しており埋まることがなかった。また直接流入する河川がないため鉄砲水などによる土砂や砂礫(されき)の流入、湖底の攪乱(かくらん)も経験していない。さらに水深が深く下層は酸素不足であるため湖底に魚類など生物が生存できない。これら偶然の条件が重なり年縞が形成されたため、水月湖は奇跡の湖ともよばれている。年縞は古環境を知る資料である一方、年縞に挟まれている植物の葉の放射性炭素(炭素14)の濃度によって正確な年代を知ることができる(放射性炭素年代測定法、炭素14法)。水月湖年縞は最上部から縞の数を正確に勘定することで、1年刻みの目盛りがついた「物差し」になる。その目盛りに対応する放射性炭素濃度の値というもう一つの目盛りが付けられれば、世界のどこで発掘された遺物でも放射線炭素の濃度を調べ、水月湖の年縞という「物差し」で照合すれば正確な年代決定が可能になる。完全な連続した年縞を得ることはきわめてむずかしかったが、2006年(平成18)、当時イギリスの大学講師だった中川毅(たけし)(1968― )がヨーロッパの研究者チームとともに水月湖の完全な年縞を得ることに成功した。湖底には世界で他に例をみない規模、45メートル、7万年分の年縞があり1年の欠けもなかっため、数年間の国際協力によって高精度な年代の「物差し」が手にできた。放射性炭素年代測定法では現在から1万3900年前までは木の年輪による正確な「物差し」が使われてきたが、1万3900年前から5万年前までの「物差し」は信頼性に問題があった。2013年、炭素14による年代較正の国際標準であるIntCal(イントカル) 13が水月湖の年縞のデータを採用したことで年代決定の信頼性は著しく向上、年代精度はプラスマイナス数十年まで向上している。
2018年、福井県は水月湖年縞を展示するため三方湖畔の若狭町立若狭三方縄文博物館の隣に福井県年縞博物館を開館、年縞に含まれる花粉分析による古気候復元などの展示も行い、立命館大学古気候学研究センター福井研究所も併設されている。水月湖年縞は多くの教科書で紹介され、高校の入学試験にも出題されている。
2019年9月17日