甲状腺(せん)への放射性ヨウ素(ヨウ素131)の取込みによる被曝(ひばく)を防ぐことを目的に用いられる薬剤。甲状腺被曝により、とくに乳幼児や小児において、数年~数十年後に甲状腺がんを発症するリスクが高まることが知られている。
ヨウ素(ヨウ素127)は海中等に存在し、海藻や魚貝類に多く含まれる。ヒトでは甲状腺ホルモンを生成するために必要な元素であるため、海藻等を摂取した場合は、血液を通じて甲状腺に取り込まれる。日本では海藻等を摂取する習慣があるため、一般に、摂取不足はないと考えられている。
原子力発電所事故等により放射性ヨウ素が放出された場合、物理的に壊れることで半分の量になる物理的半減期は8日と短いが、約10~30%は甲状腺に取り込まれると推定されている。1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故の際には、飛散した放射性ヨウ素を含んだ野菜や牛乳の摂取により事故後4~5年が経過したころから小児の甲状腺がんが多発し、このことから、放射性ヨウ素の取込みによる被曝と甲状腺がんの因果関係が注目されるようになった。
放射性ヨウ素が甲状腺に取り込まれる前にヨウ素127を摂取すること(このことを予防服用という)で、甲状腺への放射性ヨウ素の取込みによる被曝を防ぐものが安定ヨウ素剤である。日本では、原子力災害対策指針により原子力発電所から半径5キロメートル以内の住民には、安定ヨウ素剤が配布されることになっている。また、5~30キロメートルの区域においては、地方公共団体は、避難や屋内退避の際に迅速に安定ヨウ素剤を配布できる体制を整備する必要がある。事故等が発生した場合には、地方公共団体等からの指示に基づき、3歳未満の乳幼児はゼリー剤、3歳以上の者は丸剤の形で、原則1回服用する。
安定ヨウ素剤にも副作用はあり、ヨウ素過敏症が代表的である。よって、消毒薬として用いられるポピドンヨード液等へのアレルギー反応経験者は服用不適切者であり、ヨード造影剤過敏症や甲状腺機能亢進症(こうしんしょう)、甲状腺機能低下症等の者は慎重投与対象者である。
2020年2月17日