日本大百科全書(ニッポニカ)

朝鮮労働党
ちょうせんろうどうとう

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の支配政党。1945年10月10日に発足した朝鮮共産党北部朝鮮分局を起源とし、この日が現在の朝鮮労働党創建記念日とされている。北朝鮮憲法では、「朝鮮労働党の領導のもとにすべての活動を行う」(第11条)と明示しており、党の国家に対する優位性が確立されている。党員数は全人口の約8分の1にあたる300万人程度といわれる。機関紙は日刊の『労働新聞』、機関誌は月刊の『勤労者』である。党の軍隊として、朝鮮人民軍がある。
[礒﨑敦仁]2020年2月17日

歴史

初代最高指導者である金日成(キムイルソン)は、1945年12月に朝鮮共産党北部朝鮮分局の責任書記に就任。朝鮮新民党の合流を受け入れる形で1946年8月に北朝鮮労働党創立大会が開かれ、金枓奉(キムドゥボン)が委員長に、金日成が副委員長に就任した。1949年6月に南北の朝鮮労働党を合同して現党名となり、金日成が中央委員会委員長に就任した。1950年から1953年の朝鮮戦争で権力強化に成功した金日成は、1955年12月に「思想活動において教条主義と形式主義を一掃し、主体(チュチェ)を確立するために」と題する演説において、後の主体思想のもととなる「主体」概念を提示したとされる。1966年10月党中央委員会第4期第14回全員会議における書記局制導入に伴って、金日成は中央委員会総書記に就任した。1994年7月の金日成死去後、「三年の喪」を経て、1997年10月には金正日(キムジョンイル)が総書記に推戴(すいたい)された。金正日死後の2012年4月、金正日は「永遠の総書記」に推戴され、金正恩(キムジョンウン)が新設の第一書記に就任した。さらに2016年5月に党委員長へと名称変更し、金正恩が推戴された。
[礒﨑敦仁]2020年2月17日

組織

党の「最高指導機関」は党大会で、党中央委員会が招集し、党大会招集日は6か月前に発表すると定められている。
 1946年8月、北朝鮮労働党創立大会が開催され、これが第1回党大会とみなされている。朝鮮共産党北部朝鮮分局から名称が変更され、党規約には「富強な民主主義独立国家」を建設するとの目標が明示された。また、機関紙『労働新聞』、機関誌『勤労者』の発行が決定された。第2回党大会は、1948年3月に開催された。その後、同年9月9日に朝鮮民主主義人民共和国が樹立されている。第3回党大会は、1956年4月に開催され、翌1957年からの人民経済発展五か年計画が発表された。スターリン批判が展開されたソ連共産党第20回大会後に初めて開催された党大会であり、社会主義諸国との親善団結が訴えられた。第4回党大会は、1961年9月に開催され、人民経済発展第一次七か年(1961~1967年)計画の課題が討議された。第5回党大会は、1970年11月に開催され、人民経済発展六か年(1971~1976年)計画の課題が討議されたほか、主体思想を「確固不動たる指導思想」として、「唯一思想体系」が強調された。第6回党大会は、1980年10月に開催され、党規約によって主体思想が唯一の指導思想であることや、党の最終目的が全社会の主体思想化にあることが明示された。それ以上に重要なのは、金正日が公式の場に初めて登場したことで注目された大会という点であり、金正日は党中央委員会政治局常務委員会委員、党中央委員会書記に就任した。後年になってこの大会は、「首領の偉業継承問題が輝かしく解決され、主体革命偉業完成の確固たる担保が用意された」と位置づけられた。第7回党大会は、第6回党大会から36年ぶりとなる2016年5月に開催された。党第一書記であった金正恩は、新設ポストである党委員長に推戴され、国家経済発展五か年戦略(2016~2020年)が打ち出された。金正恩は、翌6月開催の最高人民会議で新設された国務委員会委員長に推戴され、金正恩体制の新たな幕開けとなった。
 党大会に準じるものとして、党代表者会がある。第1回党代表者会は、1958年3月に開催され、人民経済発展第一次五か年計画が承認されるとともに、金日成の党内権力に挑戦をしたとされる延安派およびソ連派の粛清を総括する場となった。第2回党代表者会は1966年10月に開催され、社会主義経済建設の課題などについて討議されたほか、ベトナム問題に関する声明が発表された。第3回党代表者会は2010年9月に開催され、金正日を党総書記に再推戴するとともに、金正恩を党中央軍事委員会副委員長に選出した。金正恩が公式の場に初めて登場したのである。第4回党代表者会は2012年4月に開催され、前年末に死去した金正日を党総書記として「永久欠番」とし、金正恩を新設ポストである党第一書記に推戴した。改正された党規約では、党が「偉大な首領金日成同志と偉大な領導者金正日同志の党」であることを明示したばかりでなく、「金日成・金正日主義」を党の指導思想に定めた。
 党中央委員会は、全員会議(総会)を1年に1回以上招集するとされている。党規約によれば、「党の前に出てきた重要な諸問題を討議決定し、党中央委員会政治局と政治局常務委員会を選挙し、党中央委員会副委員長を選挙し、政務局を組織し、党中央軍事委員会を組織し、党中央委員会検閲委員会を選挙する」ことなどが任務および権限とされる。金日成政権期には定期的に開催されていた一方、「先軍政治」を掲げた金正日政権は、党大会のみならず党中央委員会全員会議も開催していなかった。しかし、2010年以降、金正恩後継体制構築に際して党重視への回帰が明白となった。金正恩政権は、党中央委員会全員会議を不定期に開催しているほか、党中央委員会政治局の会議で重要決定を発表するという特徴もみられる。
 「党と大衆を連結する媒体」(外郭団体)として勤労団体が設置されている。具体的には朝鮮職業総同盟や朝鮮農業勤労者同盟がこれにあたる。また、青年組織として、金日成・金正日主義青年同盟(機関紙『青年前衛』)が設置されている。ほかに朝鮮社会主義女性同盟などがある。
[礒﨑敦仁]2020年2月17日