日本大百科全書(ニッポニカ)

周遊券
しゅうゆうけん

鉄道・バス・船舶などの乗車船券で、主として利用客の便宜や誘致のために、運賃割引や乗車船の経路・回数を定めないこと(乗りほうだい)とするなどのルールを設定したもの。狭義には、日本国有鉄道(国鉄)およびJRが1955年(昭和30)から1998年(平成10)まで発売した「周遊券」をさす。
[高嶋修一]2020年6月23日

第二次世界大戦前の周遊券

第二次世界大戦以前においても広義の周遊券は販売されており、海外の交通機関を含むものと、日本の内地に限定されるものとに大別された。
 海外の交通機関を含むものとしては、1913年(大正2)に発売を開始した「世界周遊券」と「東半球一周周遊券」がその嚆矢(こうし)である。いずれも南満州鉄道(満鉄)とシベリア鉄道を利用し、前者は大西洋航路、カナダ鉄道、太平洋航路により世界を一周するもので、後者は片道をインド洋・スエズ経由の航路により日本とヨーロッパを往復するものであった。これらは1920年にいったん廃止されたが、1931年(昭和6)に復活した。復活時にはカナダ鉄道に加えてアメリカ大陸横断鉄道も経路となった。
 1915年には「日支周遊券」が発売された。これは日本と中国の鉄道当局間で締結された協約に基づき、相互の観光客誘致のために発売されたもので、日本発の場合は、まず朝鮮半島に渡り、朝鮮鉄道・満鉄・中国国鉄を乗り継いで北京(ペキン)に出たのち、複数のルートから一つを選択して最終的には上海(シャンハイ)へ移動して日本に戻る(あるいはその逆回り)というルートが設定された(『東京朝日新聞』1915年7月17日朝刊)。
 また、1930年にはアジア諸国を周遊するための「東洋観光券」の発売も決定された。日本、満州国(現、中国東北地方)、中国のいずれかと、東南アジアおよびインド、セイロン(現、スリランカ)とにまたがって旅行するために企画されたが、販売の実態については不明な点が多い。
 国内における周遊券の発祥は、明治末期より国鉄・私鉄各社が発売した社寺参詣(さんけい)や夏季行楽用の割引乗車券と考えてよいが、あくまで特殊な事例であった。これに対し、鉄道省が1925年に発売を開始した「周遊切符」(遊覧券)は、より整えられた制度に基づくものであり、第二次世界大戦後の周遊券の前身とみなしてよい。東京鉄道局では全国に先駆けて房総(ぼうそう)半島や伊豆・箱根・三浦半島などへの周遊切符を発売し、あわせて現地で広報用の映画を撮影し東京市内の映画館で上映を計画したという(『東京朝日新聞』1925年4月23日朝刊)。翌1926年には日本郵船と協同で神戸―長崎間の瀬戸内海航路を利用して長崎・雲仙(うんぜん)を巡る切符も発売された(『東京朝日新聞』1926年2月10日朝刊)。1933年からは一定の地域内で乗降自由な「遊覧券」も発売され、1939年には「観光券」と改称された。1940年に「紀元2600年」を記念して発売された伊勢(いせ)神宮・橿原(かしはら)神宮への「聖地参拝周遊券」は大好評で、同年だけで69万人が利用したと記録されている(『東京朝日新聞』1941年2月20日朝刊)。このように日中戦争期においては戦時ツーリズムが一時的に高まったが、鉄道利用の制限が強化されるなかで1942年に観光券は廃止された。
[高嶋修一]2020年6月23日

第二次世界大戦後の周遊券

1955年、国鉄は観光客誘致による増収を見込んで周遊割引乗車券(周遊券)制度を新設した。その概要は、全国117か所に「指定割引地」(指定周遊地)を設定したうえで、それらのうち2か所以上を回遊し、かつ国鉄線(航路・バスを含む)を101キロメートル以上(のちに201キロメートル以上)利用する場合に、国鉄および社線(私鉄や民営のバス、航路等)の運賃を1割引とすることが基本で、当初はさらに運賃合計額のうち1割は社線利用を必須(ひっす)としていた(のちに撤廃)。全国の駅を発着地に設定することができた一方で、運賃計算や発券作業に手間と時間を要することから日本交通公社での委託発売が原則とされ、利用客に対しても旅行開始前1週間程度の事前手配が推奨された(『国鉄線』1954年11月号所収:土井厚「観光と周遊割引」、1964年9月号所収:同「国鉄線寸描 周遊券制度の改正」)。
 翌1956年、北海道を対象として季節限定の「均一周遊割引券」が発売された。これは自由周遊区間(北海道)内において有効期間内の乗車経路および回数を定めないこと(乗りほうだい)としたもので、長期旅行において旅程を途中で変更したいとの要望にこたえるものと説明された。発着地を東京都区内または大阪市内に限定したうえで均一運賃を設定したことから、発券業務も簡素化された。なお、のちに発着地は増加されている(『国鉄線』1956年8月号所収:平林喜三造「北海道周遊券の設定」)。これが営業面で成功したことにより、九州、四国、東北、南近畿など次々に対象地域が拡大され、また発売期間も通年となった(『国鉄線』1958年6月号所収:平林喜三造「周遊券の前進」、1959年6月号所収:同「周遊券を多彩に」)。
 周遊券は高度経済成長下におけるツーリズムの高まりと相まって好評となり、国鉄も制度を拡充した。元祖といえる普通周遊券は割引指定地の増設や国鉄線の割引率の向上(2割引)などを行ったほか、均一周遊券は往復およびエリア内の急行自由席(のちに特急自由席も)の利用を追加料金なしで認めるなどの措置によって、周遊券は団体旅行と並ぶ有力な商品となった。1959年には新婚旅行客用の「ことぶき周遊券」が、1965年には北海道・九州・四国を対象として片道の航空機利用を認める「立体周遊券」がそれぞれ追加された。
 しかし、普通周遊券は制度が複雑で、発券に手間と時間を要するうえ、均一周遊券は短期の旅行に不向きであった。こうしたなかで1970年に発売されたのが「ミニ周遊券」(特殊用均一周遊乗車券)であり、従前の均一周遊券よりも自由周遊区間を狭く設定した(『国鉄線』1971年7月号所収:「座談会 エージェントと語る」)。また、普通周遊券においては発券業務や改札業務の簡素化をねらって新聞や雑誌等でモデルコースの提示に努め、1972年からはそれらを定型化した「ルート周遊券」も発売された(『国鉄線』1972年11月号所収:木村力「ルート周遊券」)。1974年には均一周遊券の名称が「ワイド周遊券」と改められた(『国鉄線』1974年11月号所収:「ワイド周遊券」)。
 このとき「立体周遊券」は「立体ワイド周遊券」と改称され、さらに1984年に「ニューワイド周遊券」と改められた。同時に、自由周遊地までの往復において少なくとも片道は国鉄線を利用するという条件が撤廃され、往復とも交通機関の選択を利用客に任せることとなった。航空便の普及を受けた措置であったが、制度の単純化を目ざしてきた動きに逆行する面もあった(『国鉄線』1984年5月号所収:酒井高松「周遊券制度の改正について」)。
[高嶋修一]2020年6月23日

「周遊きっぷ」の登場と廃止

1987年に国鉄が分割・民営化されJRが発足したのちも、しばらくの間は国鉄時代の周遊券制度が存続した。しかし1998年にJR各社はこれを廃止し、新たに「周遊きっぷ」を発売した。全国67の自由周遊区間に有効な「ゾーン券」を設定し、発着地とゾーンまでの往復には普通運賃を割引した「ゆき券」「かえり券」が用いられた。3種を同時に発券することと、「ゆき券」「かえり券」それぞれが片道201キロメートル以上であることが条件であった。ゾーンが北海道・九州・四国の場合は片道のみ航空便の利用を認めたが、その場合は購入済み航空券の提示のみで発券可能としたほか、JR以外の会社線は一部の第三セクターを除き認めないこととするなど、発券業務の簡素化が図られた。「周遊きっぷ」はそれまでの各種周遊券を統合したような性質のものであったが、それまでの周遊割引乗車券制度が廃止されたため、制度上は特別企画乗車券(1970年に制度化)に分類された(『朝日新聞』1998年2月11日朝刊)。
 しかし、JR各社においては顧客や発売時期、あるいは地域をより限定した各種の割引乗車券(特別企画乗車券)を独自に発売する傾向が強まり、それらの人気が上昇するのと入れ替わりに「周遊きっぷ」の売上は低迷した。2002年(平成14)には制度の見直しで多くの「ゾーン」が解消され(『朝日新聞』大阪版2002年9月26日朝刊)、2013年には「周遊きっぷ」そのものが廃止された。
 21世紀に入り、インターネットによる乗車券販売が普及すると、購入日時や残座席数に応じた値引きがなされるようになるなど鉄道運賃割引のあり方そのものが変化した。また、鉄道よりも安価な高速バスやLCC(格安航空会社)の航空便が普及する一方で、通常の運賃よりも割高なツアー商品の購入を通じてのみ乗車可能な豪華観光列車(クルーズトレインなど)も人気を博すなど、観光旅客誘致のあり方は多様化している。
[高嶋修一]2020年6月23日

外国人向けパスおよび外国における割引乗車券

1981年、国鉄は訪日外国人観光客向けに「ジャパン・レール・パス」の発売を開始した(『国鉄線』1981年6月号所収:吉田修「ジャパン・レール・パス新発売」)。これはヨーロッパにおける「ユーレイルパス」、イギリスの「ブリットレイルパス」、アメリカの「USAレイルパス」などといった外国人観光客向けの乗りほうだいパスに触発されたもので、JR発足後も継続して発売されている。
 ヨーロッパ諸国などにおいては、日本の周遊券に類似したフリーパスや、乗車券とホテル宿泊券がセットになった旅行商品などが盛んに発売されている。日本と異なるのは家族向け割引券の存在である。さまざまな事例があるが、4人以上の家族であれば大幅な割引を享受できることが多い。
[高嶋修一]2020年6月23日