診療所や病院または薬局が行った医療サービスに対する報酬。公的医療保険(以下「医療保険」という)のもとでは、病院、診療所、薬局などの保険医療機関が保険診療(診療、検査、投薬など)を行った場合に、その対価として保険者から医療機関に支払われる法定の報酬をいう。この診療報酬は一般に、医療技術・サービスの評価(診療報酬本体ともいう)と物の評価(医薬品は薬価基準、医療材料は材料価格基準で定められる。以下、両者をあわせて「薬価等」という)に区分される。また、診療報酬は、保険診療の範囲・内容を定める「品目表としての性格」と、個々の医療行為または一定範囲の医療行為の価格を定める「価格表としての性格」を有している。
2020年10月16日
医療保険が成立するまでの自由診療の時代には、診療報酬は患者から医師に対する個人的な謝礼という形から、しだいに地域・診療科・医師の経験や資格等を基準に慣行料金(医師団体などが最低料金を規定する場合が多い)が形成されていった。
日本では1927年(昭和2)に健康保険法が施行されたのに伴って、診療報酬が公定料金として規定されることとなり、政府管掌健康保険では政府と日本医師会の診療報酬契約により人頭請負方式が採用された。これは、政府が被保険者数に基づき診療報酬総額(年額)を日本医師会に一括して支払い、日本医師会はこれを各都道府県医師会に配分し、それぞれの医師会が診療内容と稼働量を点数化した診療報酬点数表を作成して、稼働点数に応じた報酬を各医師に支払うというものである。組合管掌健康保険では、健康保険組合が個別に医師会と人頭請負式、定額式、時価式などによって診療報酬契約を結んだ。1943年に戦時体制のもとで人頭請負方式は廃止され、厚生大臣(現、厚生労働大臣)が医師会などの意見を聴取して診療報酬を定めることとなり、医療行為ごとに価格を定めた定額単価制が導入された。
第二次世界大戦後、名存実亡状態に陥っていた医療保険の再建に向けて、1948年(昭和23)に診療報酬の審査・支払いを円滑に行うために社会保険診療報酬支払基金が創設され、1950年には診療報酬にかかわる厚生大臣の諮問機関として中央社会保険医療協議会(中医協)が創設され、保険診療の範囲の拡大と報酬の引上げが図られた。さらに1958年には現行の診療報酬体系の基となる新医療費体系が導入され、1点単価を10円とし、医療費の改定は1点単価を固定したまま医療行為ごとの点数を変更していくこととなった。当初は、医療技術を重視した甲表(おもに病院が採用)と従来方式の乙表(おもに診療所が採用)の二つの点数表がつくられたが、1994年度(平成6)の診療報酬改定で一つの点数表にまとめられた。診療報酬の改定は、当初1年に数回行われたこともあったが、1990年代以降は2年ごとの改定が通例となっている。
1990年代中ごろから高齢化の進展、受診率の上昇、医療技術の高度化などを背景に医療費が増大するなかで、高齢化社会に対応した医療の提供と医療費増大の抑制を図るために、高齢者医療制度や医療提供体制の改革と並んで、診療報酬体系の改革を求める声が強くなった。また、診療報酬が単に医療費水準を左右するだけではなく、医療サービスの提供と利用のあり方に強い影響を及ぼすことへの認識が深まり、そうした方向からも診療報酬体系の改革が求められた。このような状況を背景に2002年度(平成14)の診療報酬改定から診療報酬体系の改革が着手され、2003年に診断群分類別の包括医療費支払い制度であるDPC(詳しくは後述)が導入され、2004年度改定では療養病床やリハビリテーションなどの診療報酬について改革が行われた。
2004年に中医協を舞台にした日本歯科医師会の贈収賄事件が発覚し、中医協委員が逮捕されたことから、2005年に中医協の委員構成や任期、診療報酬改定のあり方などが抜本的に改められた(詳しくは後述)。診療報酬改定については、内閣が予算編成過程において改定率を決定し、また社会保障審議会医療保険部会および医療部会が改定の基本方針を定め、中医協はそれらの改定率と基本方針に即して診療報酬点数の設定を行うこととされた。これにより、中医協が有していた診療報酬改定率の決定権が失われ、厚労省および財務省の意向が強く反映されるようになった。
中医協改革後、2006年度の診療報酬改定では、内閣から財政改革の一環として、診療報酬本体が-1.36%、薬価等を含む全体改定率が-3.16%という史上最大の下げ幅となる改定率が示された。改定内容については、急性期医療の実態に即した看護師の配置に向けて「7対1入院基本料」(昼夜を平均して患者7人に看護師1人を配置)の創設、医療機能の分化と連携を推進する視点から24時間往診と訪問看護を提供する「在宅療養支援診療所」制度の新設、リハビリテーションについて疾患別リハビリテーション料の逓減(ていげん)制、慢性期療養病床の包括評価制の導入などが行われた。診療報酬が大幅に引き下げられたことに加えて、新たな研修医制度が導入されたことから、2006年には地方病院の閉鎖や医師不足、看護師不足など医療崩壊ともいえる状況が現出し、大きな社会問題となり、中医協でもその対応に迫られた。
2008年度診療報酬改定では、深刻な問題となっていた産科・小児科をはじめとする病院勤務医の負担軽減が大きな課題となり、ハイリスク分娩(ぶんべん)管理加算の引上げ、小児入院医療や外来医療の評価の引上げなどのほか、メディカルクラーク(医師の事務作業の補助職員)の導入などが講じられた。また、7対1入院基本料を導入する医療機関の増大によって顕在化した看護師不足問題に対処するため、10対1入院基本料の引上げ、看護必要度の測定基準の導入などが行われた。また、リハビリ難民を招くとして批判された疾患別リハビリテーション料逓減制が廃止され、脳血管疾患等リハビリテーション料が新設された。続いて2010年度改定では、診療報酬の全体改定率が10年ぶりのプラスとなる+0.19%(診療報酬本体は+1.55%)と引き上げられた。病院勤務医の負担軽減、救急・産科・小児科等の医療の再建、介護保険との機能分化と連携強化などを重視する改定が行われた。2012年度改定では、介護報酬との同時改定であることもふまえて、医療従事者の負担軽減、医療と介護の機能分化と連携、在宅医療の充実、がん・認知症などへの重点配分が図られた。診療報酬本体の改定率が+1.38%、全体改定率が+0.004%であった。
2013年の社会保障制度改革国民会議の報告を受けて行われた医療・介護分野の改革においては、地域包括ケアシステムの構築に向けて入院医療・外来医療を含めた医療機関の機能分化と相互の連携の強化、在宅医療の充実が進められることとなり、診療報酬改定においてもそうした政策に即した対応が図られることとなった。具体的には診療報酬を通じて急性期・亜急性期・慢性期等に対応した病院の機能分化と相互の連携を図ること、主治医機能を高めること、在宅医療を担う医療機関を確保すること、医療と介護の連携を進めることなどがあげられる。2014年度の診療報酬の全体改定率は+0.10%(診療報酬本体は+0.73%、薬価等は-0.63%)としたが、2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられたことに伴う医療機関等の課税仕入れコストにかかるコスト増に対応する補填(ほてん)措置が講じられたので、この補填分を差し引くと実質は-1.26%となった。
2016年度改定は、「骨太の方針2015」に沿って社会保障全体の伸びを高齢化による費用増加分の範囲内に抑えるという観点から行われた。診療報酬本体の改定率は前回よりも低く+0.49%、全体改定率が-0.84%となった。そこでは年間販売額が巨額になったC型肝炎治療薬ソホスブビル(商品名「ソバルディ」)とレジパスビル(商品名「ハーボニー」)およびその類似薬の価格について「市場拡大再算定の特例引下げ」(詳しくは「薬価基準」の項目を参照)を行ったことが、「骨太の方針2015」に沿った費用抑制に寄与したとされている。また、2016年12月に中医協は、革新的かつ非常に高額な医薬品が出てきていることに対して、現行の薬価制度が柔軟に対応できておらず、国民負担や医療保険制度に与える影響が懸念されるとして、「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」を策定した。それにより現在2年ごとに行われている薬価調査に加えて、その中間年に大手事業者を対象に調査を行い、価格乖離(かいり)の大きい品目について薬価調査を行うこととなった。
2018年度改定は、6年に一度の介護報酬および障害福祉サービス報酬との同時改定となった。診療報酬では、医療機能の分化と連携が最重要課題とされ、在宅医療・在宅看護の充実、入院医療の実績に応じた報酬体系の強化、大病院での紹介状なし受診料の拡大、後発医薬品の使用促進などが図られた。診療報酬の本体改定率が+0.55%、薬価等が-1.74%で、全体改定率は-1.19%となった。
2019年(令和1)10月に消費税率が10%に引き上げられたことで、社会保障制度改革国民会議報告に対応した改革は終了したものとされた。今後の医療政策では高齢者数が最大となる2040年ごろの医療保険制度を展望し、増大かつ多様化する医療・介護ニーズに対応するとともに医療・介護サービスの生産性を向上させ、同時に医師をはじめ医療・介護分野の人材確保を図ることが重要な課題とされた。おりから人口減少・高齢化社会における働き方改革が大きな政策課題として取り上げられ、医療分野でも医師の長時間労働の是正、生産性の向上、ICT(情報通信技術)の活用などが取り上げられた。そうした動きに対応して2020年度診療報酬改定では、基本方針として、(1)医療従事者の負担軽減、医師等の働き方改革の推進(長時間労働の改善、救急医療体制の強化、ITCの活用など)、(2)患者・国民にとって身近で安心できる質の高い医療の実現(かかりつけ医機能の強化、患者への情報提供・相談機能の強化など)、(3)医療機能の分化・強化、連携と地域包括ケアシステムの推進(外来機能、在宅医療・訪問介護、患者の状態に応じた入院医療などの強化)、(4)効率化・適正化を通じた制度の安定性・持続可能性の向上(後発医薬品やバイオ後続品の使用促進、費用対効果評価の推進、医薬品の適正使用の促進など)があげられた。改定率は、診療報酬本体が+0.55%で、そのうち0.08%が消費税財源による救急病院勤務医の働き方改革への助成であった。薬価等は-1.01%であった。
2020年10月16日
診療報酬の支払方式は、出来高払方式、包括払方式、請負払方式の三つに大別される。出来高払方式(Fee for Service)は個々の医療行為について点数を定め、その点数の総和に1点単価を乗じて診療報酬を算定する方式(点数単価方式)である。医療行為にきめ細かく対応し、医師の経済的インセンティブ(誘因)を高めることによって積極的な診療を促すという長所がある反面、医師の技術格差や医療機関のサービスの差異が反映されないこと、過度の検査や投薬あるいは長期入院などを招きやすいこと、請求・審査・支払事務が煩雑であることなどの短所も指摘されている。
包括払方式は、医療行為の一定範囲を包括して評価する方式で、1件当り包括払方式(Per Case Payment)と1日当り包括払方式(Per Day Payment)が代表的である。1件当り包括払方式は、同じ疾病グループについて入院から退院まで一括して定額で支払うもので、このグループ分けは一般に傷病名と医療行為の組合せにより患者を分類する診断群分類(DRG:Diagnosis Related Group)が用いられる。アメリカのDRGが代表的なものであるが、診断群が特定されると診療報酬を前払いする方式(PPS:Prospective Payment System)と組み合わせて、DRG/PPSとして実施されている。この方式は、得られる診療報酬よりも、より安価で診療を終えた場合に利益が増すため、医療費の抑制効果は大きいが、在院日数を短縮したり検査や薬剤を必要最小限に抑えたりするという動機づけが働くため、粗診粗療に陥るリスクがある。1日当り包括払方式は、個々の医療行為をまとめて1日当りの定額で支払う方式である。日本では急性期病床と療養病床にこの方式が導入されている。1日単位でみると医療の投入量を抑制する効果があるが、在院日数を短縮する動機づけが弱いことが指摘されている。
請負払方式は、住民がそれぞれ特定の医師ないしは診療所を家庭医として登録し、その登録者数に応じて国または保険者が医師または診療所に医療費を支払い、住民が病気にかかったときには家庭医が無料で治療を行うという方式が代表的で、登録人頭払方式ともいわれる。イギリスの国民保健サービス(NHS:National Health Service)がその典型である。また、ドイツでは入院医療を除く診療報酬について、保険料総額と連邦補助金を管理している医療基金が各州の保険者ごとに被保険者の性別・年齢・罹患(りかん)している疾病等により算定した診療報酬の総額を各州の保険医団体に支払い(総額請負払方式)、保険医団体は各医師の診療報酬を出来高払いで支払うという方式をとっている。なお、ヨーロッパ諸国の入院医療は一般にDRG方式を導入している。
日本では第二次世界大戦後、点数単価出来高払方式を基本としてきたが、2003年に大学病院等の特定機能病院で急性期入院医療を対象として診断群分類に基づく1日当り包括払制度(DPC/PDPS:Diagnosis Procedure Combination/Per Diem Payment System。一般にDPCと称される)が試行実施された。これは日本で開発された方式で、医療行為のうち入院基本料、検査、画像診断、投薬、簡単な処置などホスピタルフィー的なものについて診断群ごとに1日単価を定め、それに入院日数と病院ごとの係数を乗じて費用を算定するものである(手術、麻酔、放射線治療などドクターフィー的な医療行為は出来高払方式で算定する)。1日単価は入院日数によって格差がつけられ、入院期間を短くする誘因が設けられており、事実、入院日数は減少しているが、入院日数短縮による医療費削減効果は大きくない。むしろ、DPCの導入によって医療の透明化と医療情報の標準化を促し、集積した医療情報を活用して医療の標準化や地域医療の構築に寄与していくことに意義があるとする意見も多い。DPCの対象病院は2003年度に82病院であったが、その後急速に拡大し、2006年度に360病院、2012年度1505病院、2018年度1730病院となっている。病床数は2018年度に約49万床で、急性期一般入院基本料等に該当する病床の8割以上を占めるに至っている。
また、2006年度の診療報酬改定で慢性期入院医療にも包括払方式が導入された。療養病床について、医療必要度による区分とADL(日常生活動作)による区分の組合せにより1日当り包括評価を行うものであるが、医療必要度の低い者の評価が下げられ、介護保険への移行を促すものとされた。しかし、介護保険適用の療養病床の対応が不十分であることなどから、在宅療養へと促されている。その他、診療報酬改革においては、病院における看護師の配置基準の見直しによる機能別病床数の整備をはじめ、予防やプライマリ・ケア機能の重視、生活習慣病への対応強化、在宅医療の推進、主治医機能の強化等が課題となっている。
2006年度診療報酬改定をめぐる中医協の議論において、患者への領収書とレセプト(診療報酬請求明細書)の発行の義務化が取り上げられ、医療機関に対して領収書の発行が義務づけられた。続いて2008年度改定で患者の申し出があった場合にレセプトの発行が義務づけられ(実費徴収可)、2010年度改定で医療機関、薬局についてレセプトの無料発行が義務づけられた。
また、2010年ごろから中医協において費用対効果評価の活用が検討されるようになり、2012年に中医協に「費用対効果評価専門部会」が設置された。2016年から医薬品および医療材料において試行が始められ、費用対効果評価の本格的な制度化に向けての検討が行われたが、さまざまな異なる意見が出され、2018年にはさらなる議論が必要との報告となった。中医協はその後も検討を進め、2019年に費用対効果評価制度化の本格運用が開始されたが、そこでは研究者や製薬企業等からの意見も踏まえて、評価の結果を保険償還の可否の判断に用いるのではなく、いったん保険収載したうえで価格の調整に用いることとされた。2020年4月時点で6品目が対象となっている。
2020年10月16日
2020年1月に日本にも襲来した新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)が広がり、その対応が緊急に求められるなかで、診療報酬においても対応が図られた。2020年5月末までに中医協が講じたおもな対応としては、以下のようなことがあげられる。
(1)救命救急入院料、特定集中治療室管理料またはハイケアユニット入院管理料を算定する病棟において、ICU等における管理が必要な重症の新型ウイルス感染症患者については、2倍の算定ができることとした(その後さらに3倍に引き上げた)、(2)新型コロナウイルス感染症の患者であることが疑われる者に対してPCR検査を実施した場合に、医療保険が適用できることとした、(3)新型コロナウイルス感染症の患者であることが疑われる者に対して抗原検査を実施した場合に、医療保険が適用できることとした、(4)中等症の新型コロナウイルス感染症患者については、14日を限度として救急医療管理加算の2倍の点数を加算できることとした、(5)必要な感染症予防策を講じたうえで実施する往診等について院内トリアージ実施料を算定できることとし、また定期的な往診を予定していた患者が新型コロナウイルス感染を懸念した本人の要望により電話等で診療等を実施した場合は、在宅時医学総合管理料を算定できることとした、(6)時限的・特例的な対応として初診から電話診療や情報通信機器を用いたオンライン診療により診断や処方をする場合には初診料を算定できることとし、またその際に医薬品の処方を行い、またはファックス等で処方箋(せん)情報を送付する場合は、処方料、調剤技術基本料、薬剤料を算定できることとした、(7)新型コロナウイルス感染症患者等を受け入れたことにより医療法上の許可病床を超過する場合には、診療報酬の減額措置を行わないこととした、(8)新型コロナウイルス感染症患者等を受け入れたことにより、入院患者等が一時的に急増等をした場合や、学校等の臨時休学に伴い、看護師が一時的に子育て等を理由に勤務することが困難になった場合においては、当面、月平均夜勤時間数については一時的な変動があった場合においても、変更の届出は不要とした。同様の場合において、看護要員の比率等に変動があった場合でも、当面、変更の届出は不要とした、(9)当該患者が本来の病棟でない病棟に入院した場合、原則として、当該患者が実際に入院した病棟の入院基本料等を算定することとし、また、会議室等病棟以外の場所に入院させた場合には、必要とされる診療が行われている限り、当該医療機関が届出を行っている入院基本料のうち、当該患者が本来入院すべき病棟の入院基本料を算定することとした。
また2020年7月の中医協総会において、2016年に取りまとめられた「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」による毎年度薬価改定に向けた薬価調査については2020年に実施することとしたが、2021年度の薬価改定については新型コロナウイルス感染症の影響も踏まえて改めて検討することとした。
2020年10月16日