一般的には、傷病や分娩(ぶんべん)をおもな保険事故として、それに伴う治療費の支払いや収入の減少などによる家計の経済的損失を補填(ほてん)するため、医療給付や休業手当などの保険給付を行う社会保険をいう。この公的医療保険を補完するものとして、民間の生命保険会社の医療保険や損害保険会社による医療費用保険なども一定の普及をみせているが、以下では社会保険としての医療保険の概要を述べる。
2020年11月13日
世界最初の医療保険は、ドイツにおいて1883年の疾病保険法によって導入された。その後ヨーロッパ各国がこれに続き、1911年にはイギリスで国民保険法が制定された。日本では、1922年(大正11)に工場労働者などを対象とする健康保険法(健保法)、1938年(昭和13)には、農民などの自営業者を対象として、任意設立・任意加入・組合方式の国民健康保険法(国保法)が制定された。また1958年(昭和33)の新しい国保法により全市町村に国保の実施が義務づけられたことにより、1961年4月に国民皆保険が実現した。高度経済成長期には、健康保険(健保)および国保ともに自己負担の軽減などの給付改善を行い、1973年には老人福祉法改正により老人医療費の無料化までも実施した。しかし、1980年代以降は少子高齢化社会に対応した制度の見直し期に入り、老人保健法や退職者医療制度の制定・見直し等を経て、2008年(平成20)に新たな高齢者医療制度が創設され、2018年には国保の財政運営が都道府県単位となり、都道府県と市町村が共同で運営することになった。
2020年11月13日
国際的にみると医療保障制度の体系は、社会保険方式(ドイツ、フランス、アメリカなど)と、租税負担による保健サービス方式(イギリス、イタリア、スウェーデンなど)に分かれる。社会保険方式の国についてみると、フランスでは、制度が職域ごとに分立しているが、99%の国民が医療保険に加入し事実上全国民に医療保険が適用されている。ドイツでも、強制適用でない高所得者、自営業者、公務員等についても民間医療保険への加入が義務づけられており、事実上の皆保険が実現している。アメリカでは、公的な制度は、65歳以上の高齢者と障害者などを対象とする医療保険であるメディケアと低所得者を対象にした医療扶助であるメディケイドに限られ、現役世代の医療保障は民間医療保険を中心に行われている。オバマ政権のもとで、2010年にオバマケアと通称されている医療保険制度改革法が成立し、2014年から原則として民間保険を含むいずれかの医療保険への加入が義務づけられ、企業に対しては医療保険の提供が原則義務化されたが、今なお、いかなる医療保険の適用も受けていない無保険者が少なくない。
2020年11月13日
日本の医療保険は、職域の雇用労働者を対象にした被用者保険と、自営業者などの地域の一般住民を対象にした国民健康保険に分かれ、さらに75歳以上の高齢者と65歳以上75歳未満の一定程度の障害の状態にある者を対象とする後期高齢者医療制度があり、全国民にこれらの制度への加入を義務づける国民皆保険体制となっている。被用者保険は、健康保険、船員保険、国家公務員共済組合、地方公務員共済組合、私立学校教職員共済に分かれている。このうち、健康保険は、全国健康保険協会管掌健康保険(協会健保)と組合管掌健康保険(組合健保、健康保険組合)に分かれ、組合健保については大企業をおもな母体として1391の組合がある(2019年3月末時点)。国民健康保険は、都道府県および市町村(特別区を含む)の国民健康保険と国民健康保険組合(国保組合)に分かれる。国保組合には同種の事業・業務の従事者で構成される全国で162の組合がある(2019年3月末時点)。後期高齢者医療制度は、各都道府県ごとに全市町村が加入する広域連合が保険者である。
法定の医療給付の自己負担割合は統一され、年齢別に、義務教育就学後70歳未満3割、義務教育就学前2割、70歳以上75歳未満2割(現役並み所得者3割)、75歳以上1割(現役並み所得者3割)とされている。さらに、自己負担額が一定額を超えた場合に超過額を払い戻す高額療養費支給制度、および医療保険と介護保険の自己負担の合計額が一定額を超えた場合に超過額を払い戻す高額介護合算療養費制度が各制度共通に設けられている。制度間で差異があるのは現金給付で、被用者保険とのとくに大きな違いは、市町村国保と後期高齢者医療制度では休業時の傷病手当金や出産手当金は保険者の任意給付とされ、2019年(令和1)までは実施する保険者はいなかったが、新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)に感染した被用者について、2020年から多くの保険者が国の財政支援により特例的に実施している。
給付財源は保険料と国庫負担などの租税財源によってまかなわれる。保険料は、被用者保険では報酬比例制であるが、国保では応能負担と応益負担を組み合わせている。国庫負担は制度の財政力に応じて配分されており、保険料のみで財政的に自立した運営が可能な組合健保と共済組合には、組合健保の一部の財政窮迫組合を除いて国庫負担は行われないが、協会健保には給付費等の16.4%の国庫負担、国保には給付費等の50%+保険料軽減等に対する公費(国・地方自治体)負担が行われている。
後期高齢者医療制度の財源は、高齢者の保険料1割、公費約5割、各医療保険制度からの後期高齢者支援金が約4割となっている。
2020年11月13日