並列計算処理などを活用し、膨大なデータを超高速演算できる大型コンピュータ。略称スパコン。明確な定義はないが、家庭用のコンピュータ(パソコン)の少なくとも1000倍以上の演算速度があるものをスパコンと一般的によんでいる。
スパコンは、パソコンと異なり、コンピュータの命令・解読などを行うCPU(中央処理装置)を複数もち、同時(並列的)に複数のタスクを実行する「並列処理機能」をもつ。性能を示す代表的な指標として演算速度があり、1秒間に四則演算を何回できるかで計る。1秒間に1回できることを1FLOPS(フロップス)(Floating-point Operations Per Second)という。
理化学研究所(理研)と富士通が開発した次世代スパコン「富岳(ふがく)」は、2021年からの本格運用に向け調整(試運転)中だが、2020年(令和2)6月、1秒間に41京(けい)5530兆回(415.53PFLOPS(ペタフロップス))の演算を実行し、計算速度を競う世界ランキング「Top500」(ドイツとアメリカで、それぞれ6月と11月に開催されるスパコンの国際会議で公表)の1位を獲得した。日本勢が1位を獲得するのは、先代のスパコン「京(けい)」の2011年(平成23)11月以来、8年半ぶりとなった。計算速度は、「京」の約40倍、2位のアメリカのスパコン「サミット」の2.8倍を誇る。
2020年12月11日
スパコンは、1960年代から本格的に開発が進められてきたが、世界最初のスパコンは1976年に開発された「クレイ1」である。アメリカのコンピュータ技術者のシーモア・クレイSeymour R. Cray(1925―1996)が手がけた。性能は、160MFLOPS(メガフロップス)(1秒間に1.6億回)で、「クレイ1」開発から35年後の2011年に発売されたスマートフォンのiPhone(アイフォーン)4sの性能140MFLOPSと同等の速さしかなかった。以後、CPUの向上などで計算速度は右肩上がりに速くなった。
日本の最初のスパコンは、1977年(昭和52)に富士通が開発した超高速科学計算用コンピュータ「FACOM230-75APU」である。計算速度は最大22MFLOPSあり、航空宇宙技術研究所(現、宇宙航空研究開発機構:JAXA(ジャクサ))に納入され、流体解析などに用いられた。その後、スパコンの開発競争は激化し、日本政府もスパコン開発に本腰を入れ始めた。計算速度をもとに上位500基のランキングを発表する「TOP500」では、「富岳」を含め日本のスパコンはこれまで6基、延べ14回世界一に輝いている。
最初の世界一は、1993年(平成5)、航空宇宙技術研究所と富士通が開発したスパコン「数値風洞」である。性能は280GFLOPS(ギガフロップス)(1秒間に2800億回)に達し、1993年11月、1994年11月~1995年11月(1994年6月は2位)に世界一に輝いた。1996年6月には日立製作所が発表した「SR2201」が、同年11月には筑波(つくば)大学と日立製作所が共同開発した「CP-PACS」が世界一の座についた。2002年(平成14)6月には、海洋科学技術センター(現、海洋研究開発機構)とNECが開発した「地球シミュレータ」が41TFLOPS(テラフロップス)(1秒間に41兆回)で1位になり、2004年6月まで5回連続1位となった。この成果は、アメリカに衝撃を与え、その後、IBM、クレイ社のアメリカ勢が開発したスパコンが2004年11月~2010年6月までの連続12回トップの座についた。中国の「天河1号A」をはさみ、日本勢がふたたび注目されたのは、2011年6月と11月に世界一になった「京」だった。
スパコンの世界競争が激化するなか、中国の躍進が目覚ましく、中国の「天河2号」は、2013年6月から6回連続でTOP500のランキング1位をキープ。続いて登場した中国の「神威(しんい)・太湖之光(たいこのひかり)」が2017年11月まで4回連続でトップを走った。その後、アメリカIBMのサミットが4回連続で首位に立った。
日本は「京」の後継機として、「京」の100倍の速さを目ざす「富岳」の開発を本格化。2020年6月、試運転中にもかかわらず、1秒間に41.5京回の演算速度を記録して日本勢として2011年11月以来のトップについた。ただ、米中は「富岳」の数倍速いスパコンの開発に着手しており、競争は留まるところを知らない。
2020年12月11日
スパコンの性能評価には、演算速度が大きな要素を占める。その代表的ランキングが「TOP500」である。TOP500は1993年に発足し、スパコンに関する国際会議で、ランキングを年2回(6月、11月)発表している。LINPACK(リンパック)の計算性能を指標として世界の高速計算できるスパコンの上位500位までをランキングする。
LINPACKは、アメリカのテネシー大学の博士ジャック・ドンガラJack Dongarra(1950― )によって開発された行列計算による連立一次方程式の解法プログラムである。「富岳」は、試運転中にもかかわらず、41京5530兆回(415.53PFLOPS)の演算を実行した。
理論上の性能(計算速度)をどこまで出せるかを示す指標に「実行効率」があり、「富岳」はTOP500ランキング時点で、80.87%だったが、「京」は世界最高水準の最大93.2%を達成していた。ちなみに世界の上位のスパコンの実行効率は平均して約80%である。
性能を評価する指標には、TOP500以外にも、「HPCG」「HPL-AI」「Graph500」があり、「富岳」はこの3分野のランキングでも世界1位を獲得した。
HPCGは、単純な計算速度ではなく、もっと実用面での性能を計ろうと、産業面などで実際にアプリケーションとして使われる連立一次方程式の計算性能を競う。TOP500同様、J・ドンガラが提案し、2014年11月からランキングが発表されている。
HPL-AIは、人工知能向けの計算性能を示す。これもJ・ドンガラがLINPACKの解法プログラムを改良したもので、2020年6月に初めてランキングが公表された。
Graph500は、実社会の現象を再現する、複雑で大規模なグラフ解析の性能を競う。2010年から始まった。
このほかに、スパコンの性能を示す指標としては、消費電力当りの演算処理速度を競う「The Green 500 List」というものがある。TOP500のスパコンを消費電力で割ったランキングで、2007年より発表されている。2020年6月に発表されたランキングでは、AI開発を手がける日本の「Preferred Networks(プリファードネットワークス)」社が理研や神戸大学と共同開発した、深層学習用の「MN-3」がトップに輝いた。ほかにベンチャー企業の「PEZY Computing(ペジーコンピューティング)」が手がけた「NA-1」が3位、富士通の「富岳」のプロトタイプ機が4位に入るなど日本勢が上位を占めた。このランキングでは、2013年11月に日本のスパコンとして初めて、東京工業大学の「TSUBAME-KFC」がトップになった。
2020年12月11日
「富岳」は、「京」の反省を踏まえ、計算速度より使い勝手のよさを目ざして開発された。「京」の性能はすばらしかったが、商業的に普及しなかった。心臓部に使われたCPUは、富士通製のCPUの基本設計を活用したため、それを動かすための基本ソフト(OS)が限られ、利用者が専用のプログラムを構築する必要があったからである。そのため、「富岳」の開発にあたっては、CPUの基本設計が見直され、スマートフォンなどのCPUにも使われるイギリス、アーム社のCPUの基本設計を採用。OSも多くの企業や研究所などで使われるリナックスを搭載することで互換性を高めた。「富岳」はパソコンなどでだれもが使っているソフト、たとえばパワーポイントなども使えるようになったほか、AI(人工知能)研究やビッグデータ処理などにも対応できる機能を盛り込んだ。
「富岳」は、432の筐体(きょうたい)(専用棚=ラック)から構成され、一つの筐体には最大384個のCPUが入っている。合計15万個以上のCPUをネットワークで結んで最適に制御することで、大量データの高速計算が可能となった。
「富岳」の名前は、海外でも知名度の高い、富士山の異称。日本最高峰の富士山の高さは、「富岳」の性能の高さを、その美しい裾野(すその)の広がりには、ユーザーの広がりの意味を込める。開発費用は、約1300億円(国費1100億円、民間投資200億円)。
2020年12月11日
「富岳」は、現代社会が抱えるさまざまな課題と、科学分野における問題の解決に貢献することが期待される。文部科学省の委員会で重点的に取り組む課題が検討され、以下の5分野9課題が選定された。
〔A〕健康長寿社会の実現 (1)革新的創薬基盤の構築、(2)個別化・予防医療を支える統合計算生命科学
〔B〕防災・環境問題 (3)地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築、(4)観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化
〔C〕エネルギー問題 (5)エネルギーの高効率な創出、変換・貯蔵、利用の新規基盤技術の開発、(6)革新的クリーンエネルギーシステムの実用化
〔D〕産業競争力の強化 (7)AIなど次世代の産業を支える新機能デバイス・高性能材料の創成、(8)近未来型ものづくりを先導する革新的設計・製造プロセスの開発
〔E〕基礎科学の発展 (9)宇宙の基本法則と進化の解明
「富岳」は、「京」同様に政府系の研究機関だけでなく、大学、民間企業も利用できる。現在は試運転中だが、新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)の治療、対策などに関する取組みが始まった。治療分野では、ウイルスの構造を分析し、2000種を超える既存薬のなかから数十種類を候補として選定した。選ばれた薬のなかには抗寄生虫薬のニクロサミド、ニタゾキサニドなど12種があり、これらはすでに臨床試験が始まっているものだった。社会的な側面からは、室内環境でマスクや衝立(ついたて)の有無で、ウイルス飛沫(ひまつ)がどのように拡大するかを分析。その結果が実際に政府の新型コロナ対策にも生かされている。
「富岳」と、国内の大学や国立研究機関などを結んだ学術情報ネットワーク「SINET5(サイネットファイブ)」を結び、共同研究の推進や研究の裾野拡大につなげる試みも始まっている。
2020年12月11日