男性用装身具の一種。腰下げ用の小型容器で、その左右両端に紐(ひも)を通して緒締(おじめ)で留め、紐の先端についている根付(ねつけ)を帯に挟んで下げる。初め印判や印肉を収めて携帯するものであったところから、この名がある。しかし、室町時代ごろからは、応急用の丸薬(がんやく)入れなどに用いられるようになり、やがて江戸時代になると、中身は入れずに、単なるアクセサリーとして用いられるようになった。武家は裃(かみしも)を着用した際には、かならず腰に下げるのを習わしとしたが、のちには広く一般の人たちにも行われるようになった。印籠の容器は、普通、精巧な漆(うるし)細工でできた三つ重ね、あるいは五つ重ねの長方形の扁平なものが多いが、なかには、丸形、楕円(だえん)形、箱形、袋形、鞘(さや)形のものなどもある。材質は、木竹、金属、陶磁、牙角(がかく)などが用いられ、これに漆絵(うるしえ)、蒔絵(まきえ)、箔押(はくお)し、堆朱(ついしゅ)、鎌倉彫、螺鈿(らでん)、彫金(ちょうきん)、象眼(ぞうがん)、針金細工、七宝焼(しっぽうやき)などといった各種工芸技術が駆使されており、これに、定紋(じょうもん)、故実に関係のある人物、動植物、風景などの模様が施されている。江戸時代を代表するぜいたくな工芸品といえる。印籠蒔絵師としては、休伯、巨柳、寛哉(かんさい)といった古満(こま)家の人々をはじめ、梶川(かじかわ)文竜斎、山田常嘉(じょうか)、塩見政誠(まさなり)、飯塚桃葉、尾形光琳(こうりん)、小川破笠(はりつ)(笠翁)、堆朱楊成(ついしゅようぜい)、杣田光正(そまだみつまさ)らが知られ、異色ある印籠がつくられている。