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日本大百科全書(ニッポニカ)

ラストベルト

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ラストベルト
らすとべると
rust belt

アメリカの「錆(さび)ついた工業地帯」であり、正確な境界線はないが、ペンシルベニア州周辺からオハイオ州、ミシガン州、インディアナ州、ウィスコンシン州、そしてイリノイ州あたりまでの東部から中西部にかけての五大湖周辺の場所をさす。

 このことばが定着したのは1980年代からである。この地域は20世紀初めから1970年ごろまでは豊かだった。アメリカの製造業や重工業のかつての中心であり、「工場ベルト」「鉄鋼ベルト」「産業ベルト」と肯定的な名前がついていた。「五大湖メガロポリス」などということばさえあった繁栄の象徴だった。

 第二次世界大戦後のアメリカの輝かしい発展のなか、働けば夢がかなうという「アメリカン・ドリーム」があった地域であり、富裕層も貧困者もいるが、厚い層のミドルクラスが中核をなし、高校を出て大企業の工場で働けて、汗をかいて働ければだれもが小さな庭付きの一軒家を買えるような地域だった。自分の息子や娘は大学卒となれば、高卒だった自分よりも着実によい暮らしができると信じていた。高度成長のなかで、労働者として南部から多くのアフリカ系住民が移動してきたこともあって、都市化も進んでいった。

 しかし、その夢はこの40年間でしぼんでしまった。「錆ついてしまった」といっていいかもしれない。産業は国際競争のあおりを受けて衰退していく。グローバル化の影響で国内の製造業が中国やメキシコなどに海外生産移転していくなかで、産業が空洞化していく。脱工業化といえば聞こえはよいが、アメリカの産業の中心がより効率のよい金融やIT(情報技術)にかわり、かつての工業地帯そのものも錆ついていく。新たな産業が育たず、能力があり未来がある人材が街を去っていくため、人口減少が目だっていく。

 自動車産業の街、ミシガン州デトロイトがわかりやすい例かもしれない。1950年には約185万人だった人口は、2010年には約71万人と6割も減った。バイオテクノロジーなどに産業構造をかえた都市もあるが、まだまだその数は少ない。廃墟(はいきょ)となった工場が街のシンボルだ。残った競争力のまったくない製造業がそれでも街を支えつづけないといけない。

 産業だけでなく、地域や、そこに住んでいる人たちも錆ついていく。豊かさがなくなれば、心がすさんでいく。暴力がコミュニティのDNAの中に書き込まれ、その後の世代で繰り返されていく。虐待、家庭内暴力、アルコール依存症もラストベルトに住む人々の日常となっていく。

 一方で、近年、ラストベルトは政治的にとても重要な地域として注目されるようになってきた。かつては労働組合が強いこともあって、伝統的に民主党が強かった。しかし、労組離れが大きく進んだほか、製造業そのものも衰退したため、ラストベルトの州のほとんどが民主党支持と共和党支持が混在する「スイングステート(激戦州)」に変貌した。激戦州は全米では10州たらずしかないが、その半数がこのラストベルトとすると、大統領選挙で勝つためにはラストベルトを押さえる必要がある。

 大接戦となった2016年の大統領選挙の際に鍵となったのが、このラストベルトだった。このラストベルトのなかでオハイオ、ペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガンの4州でトランプが僅差(きんさ)で勝利した。得票率にして8ポイント差のオハイオ州を除けば、3州は1ポイントの差もなかった大接戦だった。いずれも、4年前の2012年の選挙では民主党のオバマが勝利した州であり、これらの州での結果がトランプ当選を決めたといっても過言ではない。2016年の選挙では、一般投票でトランプはヒラリー・クリントンに全米で約300万票も少なかったが、ラストベルト4州で勝ちきったのが大きかった。

 トランプの強みは、夢を失った人々に、「アメリカをもう一度偉大に(Make America Great Again)」と叫んだだけではなく、仕事を奪った中国との貿易戦争を仕掛け、メキシコとの間には壁をつくるという象徴的な公約も提示したことだった。日本も貿易赤字削減の標的に含まれている。それが正しい政策かどうかはここでは議論しないが、未来がみえない人々に「夢」を与えた。民主党側のクリントンが製造業には大きな痛手となる温暖化対策を公約に掲げたのとは対照的だった。

 続く2020年の大統領選挙ではこのラストベルトのオハイオ、ペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガンの4州のうち、オハイオ州以外の州でバイデンがトランプに僅差で競り勝った。

 このように地域産業の衰退に伴うこの地域の投票動向が選挙戦の結果を左右するようになってしまっているとすると、これは大きな皮肉といえるのかもしれない。

[前嶋和弘]2021年6月21日

©SHOGAKUKAN Inc.

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