人が生活を営むなかで病気、老齢、障害、死亡、失業、貧困、要介護、出産、育児などに直面したときに、国や公共団体がサービスや現金を給付し、その生活の安定を図る制度をいう。
社会保障ということばはsocial securityの訳語で、1935年にアメリカでつくられたSocial Security Act(社会保障法)が公用語として用いられたのが最初とされている。しかしその内容は医療保障などを欠くなど今日の社会保障とはかなり異なっていた。第二次世界大戦中の1942年にイギリスのビバリッジが戦後に実現すべき国民生活の再建計画としてまとめた『ビバリッジ報告書:社会保険および関連サービス』が、社会保障の形成に大きな影響を与えた。これが刊行されたとき、イギリスの新聞は「揺り籠(かご)から墓場まで」という文言でそれを評した。その意味するところは、国は人が生まれてから死ぬまでの生涯にわたって生活を保障するということである。このことばは、ときの首相のチャーチルが戦時下のイギリス国民を鼓舞するために使用して以来、社会保障を一言で示すものとして世界中に知られるようになった。戦後になってイギリスはビバリッジ計画を実現し、各国の社会保障構築のモデルともなった。また、1942年に国際労働機関(ILO)事務局が出した『社会保障への途(みち)』も、各国における社会保障の導入に大きな影響を及ぼした。
第二次世界大戦後、各国とも同様の制度の構築を進め、社会保障ということばが国際的に使われるようになった。日本では日本国憲法第25条でこの用語が使われて以来、広く国民の間に普及していった。しかし、社会保障ということばの意味内容は国によって大きく異なっており、学問的にも一致した見解が確立しているわけではない。
[土田武史]
社会保障の基本的役割として、(1)国家がすべての国民に最低限の生活(ナショナル・ミニマムともいう)を保障すること、(2)生活の安定を図ること、(3)社会的公平を図ること、の三つをあげることができる。
(1)最低限の生活保障
国家がすべての国民に最低限の生活を保障すること。これは社会保障の定義としてもよく使われる文言であり、社会保障のもっとも基本的な役割となっている。少し説明を加えると、社会保障の運営主体が「国家」とされているが、これには中央政府以外に都道府県、市町村などの地方政府や、それらから委託を受けた公法人も含まれる。また「すべての国民」という場合、かつては日本国籍を有する人に限られていたが、今日では外国籍をもつ人であっても日本国内に住所をもつ居住者は社会保障が適用されるようになっている。これらの実態は国によってかなり異なる。
「最低限の生活」については、かつては生存可能なぎりぎりの水準という絶対的貧困観によるとらえ方が支配的であったが、現在では相対的な観点からその国の成員にふさわしい水準と考えられている。日本では憲法第25条で、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められており、日本の社会保障もこの生存権保障といわれる理念を根底としている。そうした全国民に最低生活を保障することを主として担う制度を一般に「公的扶助」(public assistance)とよんでおり、日本では生活保護制度がこれに該当する。公的扶助を受ける場合は、生活困窮の程度を個別に調査して扶助すべき程度と方法を決めるミーンズ・テスト(資力調査)が行われ、それが公的扶助の申請者にスティグマ(汚辱)を与えることが少なくない。
また、社会保障には最低限の保障というとらえ方になじまないものがあることも認識しておく必要がある。一つは医療保障である。現在、社会保障における医療の給付は、必要にして適切な給付を行うこととされており、最低限保障という基準は設定されていない。また障害者、母子家庭、高齢者などで日常生活を営むうえで支障のある人々への支援があげられる。かつてはその所得が最低水準を下回った場合に公的扶助から給付が行われるという対応しかなされなかったが、今日ではその所得の有無にかかわらず、日常生活を営むうえで必要とされるサービスが「社会福祉」として行われている。児童手当や住宅手当などの現金給付が「社会手当」として行われている場合も、最低限の保障という基準は希薄になっている。
(2)生活の安定を図ること
社会保障の役割が最低限の生活を保障するだけであれば、公的扶助ないしはその水準の給付があればよいという考え方が強くなる。これは、社会保障は真に生活に困っている人だけに行うほうが効率的だという主張の根拠とされることが多い。しかし、困窮に陥る前に対策を講じたほうが、社会全体にとって経済的負担の少ない場合が多いことも指摘されている。
それに関して社会保障では、病気、老齢、失業、死亡といったような社会的に共通する生活上のリスクに対して、事前に共同で拠出をして基金をつくり、それらのリスクが発生した際に基金から給付を行うという制度が設けられている。一般に「社会保険」とよばれ、社会的な強制加入のもとでの保険技術を応用した仕組みである。公的扶助が貧困に陥った者を救済する役割(救貧機能)を担っているのに対して、社会保険は貧困に陥るのを防ぎ、生活を安定させる役割(防貧機能)を担っているということができる。
公的扶助が生存権保障を理念としているのに対して、社会保険は拠出と給付を通じて社会的な相互扶助を行うという社会連帯を理念としている。そうしたことから、社会保険は職場、職業、産業、地域などを基盤に組織されることが多く、それらの社会保険の運営においては保険料拠出者による当事者自治が重視されている。社会保険における保険料負担と当事者による運営は、自己責任を重んじる資本主義の理念とも矛盾しない。それに加えて、社会保険の給付が恩恵になって自己責任を阻害することのないように、給付には補足性の原則が導入され、社会連帯と自己責任のバランスが保たれている。多くの資本主義国において社会保険を社会保障の根幹とし、それを基盤に福祉国家が形成されてきたのは、そうした社会保険のあり方に資本主義国の社会秩序との適合性をみいだしたことによるものといえよう。
社会福祉においても、生活を安定させる役割が付与されている。これは所得の有無にかかわらず、支援を必要とする人にサービスを給付する制度で、給付に際してミーンズ・テストはなく、また保険料の拠出も要しない。社会福祉は福祉の対象を一般の人々に広げ、普遍主義的なノーマライゼーションを理念とするもので、障害者や高齢者やひとり親家庭の親子などが普通の生活をするうえでの障壁を取り除き、必要なサービスを提供し、生活を安定させる役割を担っている。社会手当もミーンズ・テストはなく(緩やかな所得制限を設ける場合もある)、公費による無拠出の現金給付を行うもので、一定の要件に該当する場合に定められた給付が行われる仕組みとして、生活の安定に寄与している。
(3)社会的公平を図ること
社会保障は社会的な所得再分配の仕組みである。富裕者と貧困者、若齢者と高齢者、健康な人と病気の人など、それぞれの間で税や社会保険料の徴収とさまざまな給付を通じて所得再分配を行い、不公平を是正し、社会の安定を図るという役割を担う。資本主義社会は本来、自由な市場競争を原理としているが、その状態を放置しておくと、貧富の差が大きくなり、社会の安定が揺らぐことにもなる。そのため、多くの国々では社会の安定を図るために、生活水準の格差を是正するような政策を講じている。自由と自己責任を基盤とする社会にあっては、そうした是正策には限界があるが、所得再分配によって社会的公平を図るという社会保障の役割を看過してはならない。
[土田武史]
社会保障がその役割を果たすためには、いくつかの前提条件が整っていなければならない。
一つは雇用の確保である。現代社会で生活を維持するには、一定の所得の確保が必要で、その前提として働ける人が働けるようにしなければならない。多くの国で雇用政策を行っているのは、雇用の保障が国民生活の基礎であり、その実現によって社会の安定が図られるからである。現在の社会保障の問題として、この前提条件の確保がむずかしい状況になっていることに留意しなければならない。
さらに、いくら働く場があっても、低賃金のため生活を維持できず、税や社会保険料を納められなければ、社会保障を維持することはむずかしい。税や社会保険料を納められるだけの賃金を保障することが、社会保障の第二の前提条件である。最低賃金制度もそれに応えるものであることが必要であろう。
また、従来はこれらと並んで、住宅の確保が社会保障の前提条件とされてきた。住むところが確保されていなければ、安定した生活を営むことはむずかしいからである。これまでは個人や企業福祉等によって住宅の確保が図られ、国は財形貯蓄や住宅融資あるいは減税などで対応すべき領域とされてきた。しかし、高齢化に伴う在宅医療や在宅介護の拡大、単身世帯の支援、住環境のバリアフリー化などにも関連して、高齢世帯や単身世帯の住宅対策がしだいに大きな社会問題となってきた。ヨーロッパでは住宅手当をはじめ住宅の保障が社会保障に含まれるのが一般的である。日本でも住宅対策を社会保障の前提条件ではなく、社会保障の一環としてとらえ、対応していくことが必要と思われる。
[土田武史]
社会保障はそれぞれの国の社会の諸制度、政治や経済の理念、家族形態や社会慣行などを反映しており、国によって制度内容は大きく異なっている。社会保障が歴史的形成体といわれる所以(ゆえん)である。以下では日本の社会保障制度について制度別に示した体系を中心に述べていく。一般にいわれている社会保障(狭義の社会保障)は、社会保険、公的扶助、社会福祉、公衆衛生および医療の4本柱からなっている。毎年度の政府予算における社会保障予算の費目は、この四つ(関連制度として雇用と住宅)からなっている。
社会保険は、1961年(昭和36)からすべての国民が医療保険制度および年金制度に加入するという「国民皆保険・皆年金体制」が実現しており、日本の社会保障の基軸となっている。また、2000年(平成12)からは要介護というリスクに介護保険という社会保険で対応しているのも一つの特徴といえる。
公的扶助は、1946年に生活保護制度として実現された後、1950年に改正され現在に至っている。生活保護制度は社会保障の基底に位置し、他の社会保障制度を補足する機能をもち、生活困窮者に対する「最後のセーフティネット」といわれる。生活保護法による保護は、生活のあらゆる面を包括するものであるが、保護を生活扶助、教育扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、出産扶助、生業扶助、葬祭扶助の8種類に分けて行っている。
社会福祉は、第二次世界大戦が終わってまもなく児童福祉法、身体障害者福祉法が制定されて以来、必要度の高い人たちに対する制度が逐次つくられた。児童、高齢者、身体障害、知的障害、精神障害、母子家庭など対象ごとに制度が分かれており、その多くは地方自治体が実施主体となっている。児童手当等の社会手当も日本では社会福祉のなかに含まれる。
公衆衛生および医療は、国民生活の基本として健康で清潔な生活を営むことを重視したものである。伝染病や精神病など社会生活に大きな影響を及ぼすような傷病を、一般的傷病(医療保険や医療扶助で対応)と区分して、特定の立法や制度で対応し、その多くは公費負担医療として行っている。また、食品衛生や栄養の改善を図ることも公衆衛生に含まれる。
こうした狭義の社会保障に恩給と戦争犠牲者援護を加えたものが「広義の社会保障」である。恩給は、戦前の軍人恩給および文官恩給、戦後の共済組合制度ができるまでの公務員退職年金などをいう。戦争犠牲者援護としては、戦没者遺族年金、戦傷者医療、原爆医療などが含まれる。これらは対象者がいずれはいなくなることが想定されていることから、狭義の社会保障と区分されている。なお、ヨーロッパ諸国では、恩給や戦争犠牲者援護も狭義の社会保障に含まれている場合が多い。
次に、保障分野による体系についてふれておこう。社会保障が何を保障するのかという観点からの体系化において、日本の社会保障は、所得保障、医療保障、社会福祉サービスの三つに分けられる。
所得保障は、老齢、病気、障害、失業、家計維持者の死亡などにより所得が中断ないしは喪失し、生活が困窮した場合あるいは困窮するおそれがある場合に、現金を給付し、生活を支えるものである。日本では生活保護による給付、年金制度の老齢年金・障害年金・遺族年金、医療保険の傷病手当金、雇用保険の失業手当などの現金給付がそれに該当する。また、一般に社会手当に区分される児童手当も所得保障に該当する。児童扶養手当、特別児童扶養手当、障害児童福祉手当、特別障害者手当も同様である。
医療保障は、病気やけがをしたときの外来や入院の治療、予防的な健康診断、保健指導、予防接種、さらにリハビリテーションなどの包括的な保健医療サービスが該当する。日本ではこれらの多くは医療保険の給付として行われている。また、日本の介護保険では要介護者に対する医療の一部が介護給付の一つとして行われているが、これも医療給付である。
社会福祉サービスは、子どもの養育、障害や老齢などにより介護を要する状態にある人、ひとり親家庭の親子など日常生活の支援を必要とする人々に対して、さまざまなサービスを提供するものである。おもに現物給付として行われている。
[土田武史]
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