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日本大百科全書(ニッポニカ)

本阿弥光悦

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本阿弥光悦
ほんあみこうえつ
(1558―1637)

桃山から江戸初期にかけての芸術家。京都の人。号は太虚庵、自得斎、徳友斎など。本阿弥家は足利尊氏(たかうじ)に仕えたと伝える初祖明本(みょうほん)以来、刀剣の磨礪(とぎ)・浄拭(ぬぐい)・鑑定(めきき)の三事を業として栄えてきた有力な上層町衆で、光悦の曽祖父(そうそふ)本光(ほんこう)の代より、熱心な法華宗(ほっけしゅう)信徒の家柄でもあった。光悦は7代光心の長女妙秀を母とし、光心の養嗣子(しし)となって分家した光二を父とする。1615年(元和1)徳川家康より拝領の鷹峯(たかがみね)に一族や多くの工芸家とともに移住し、光悦村とよばれるいわば芸術村を開き、近世初頭の日本美術史上に偉大な足跡を残した。寛永(かんえい)14年2月3日没。鷹峯の光悦一族の位碑(いはい)所はのち寺堂となり、光悦寺と称する。

[尾下多美子]

光悦の芸術

光悦は、家職はもちろん、さまざまな分野で優れた足跡を残しているが、ことに能書で聞こえ、近衛信尹(このえのぶただ)、松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう)と並んで「寛永(かんえい)の三筆」と称された。初め尊朝(そんちょう)法親王より青蓮院(しょうれんいん)流の書法を学んだと伝えるが、日本書道史上かつてなかった華麗で装飾性あふれる独自の書風を創出した。線の細太、運筆の速度に際やかな変化をつけ、文字の姿を瀟洒(しょうしゃ)に変形させた個性的な書である。彼の愛蔵にちなむという「本阿弥切(ぎれ)」の名が物語るように、古筆、上代様(じょうだいよう)を土壌としたものであり、また楷書(かいしょ)の文字には、当時の数寄(すき)者たちの間でことに尊重された南宋(なんそう)の書家張即之(ちょうそくし)の影響も色濃くうかがえるが、それらすべてを彼自身の血肉と化し、さらに桃山という時代精神のもとで大きく開花させた。ことに、慶長(けいちょう)(1596~1615)から元和(げんな)(1615~24)の初めにかけて精力的に制作された詩歌巻に彼の真骨頂が発揮されている。これは、俵屋宗達(たわらやそうたつ)らの手になると伝える金銀泥をふんだんに用いた豪華な下絵の料紙に揮毫(きごう)したもので、伝存するものに「四季草花下絵和歌巻」「鶴下絵和歌巻」「鹿下絵和歌巻」などがある。このほか、角倉素庵(すみのくらそあん)が財力を注いで刊行した嵯峨(さが)本の版下揮毫、1619年(元和5)に集中する『立正安国論(りっしょうあんこくろん)』などの仏書、そしてかならず年記を加えた寛永年間(1624~44)の『和漢朗詠集』の数々などと、特筆すべき能書活動を伝える。寛永14年80歳で没するまで創作意欲は横溢(おういつ)したが、晩年の書には筆力の衰えと線の震えが目だつ。彼の書風は、素庵、烏丸光広(からすまみつひろ)、小島宗真らに継承され、光悦流という一大潮流を形成して、元禄(げんろく)(1688~1704)のころまで流行した。

 一方、光悦の作陶は鷹峯隠棲(いんせい)以後活発化し、「不二山」(国宝)のほか、多くの楽茶碗(らくちゃわん)の優品が伝存する。また「舟橋蒔絵硯箱(ふなばしまきえすずりばこ)」(国宝、東京国立博物館)、「樵夫(しょうふ)蒔絵硯箱」(重文、静岡・MOA美術館)など光悦蒔絵の呼称で親しまれる一連の作品も残している。高度な専門技術を要する蒔絵の制作に彼自ら携わったとはとうてい考えることはできないが、豊かな古典の素養に基づいた斬新(ざんしん)な意匠、装飾的な技法は光悦自身の発想によるものであろう。漆工史上もっとも魅力的というべき重要な遺品である。

[尾下多美子]

©SHOGAKUKAN Inc.

メディア

本阿弥光悦『舟橋蒔絵硯箱』

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