従来の治療法では救命ないし延命の期待がもてない重症心疾患患者に対する治療法として、臓器提供者(脳死ドナー)の心臓を植え込む臓器移植術の一つである。心移植ともいう。心臓移植が必要とされる疾患は心筋の収縮力が高度に障害される拡張型心筋症や、冠状動脈病変で心筋が壊死(えし)に陥って心不全となった虚血性心筋症などである。
心臓移植の歴史は古く、1905年にはすでにカレルAlexis Carrel(1873―1944)らによって動物実験の報告がされている。1960年にアメリカのスタンフォード大学のシャムウェイNorman Shumway(1923―2006)らが同所性心移植の手術手技とその動物実験の成功(最長21日)を報告した。1964年にアメリカのミシシッピー大学のハーディJames Hardy(1918―2003)によってチンパンジーの心臓がヒトに移植されたのが、ヒトにおける最初の心臓移植であるが、不成功に終わった。1967年南アフリカのバーナードChristiaan Barnard(1922―2001)によって心停止後の心臓を人工心肺で再灌流(かんりゅう)後に移植された。症例は54歳の虚血性心筋症の患者で、手術は成功したものの患者は18日で肺炎のために死亡した。1968年末までに17か国で102例の心臓移植が行われ、このなかで日本でも、1968年(昭和43)に札幌医科大学教授であった和田寿郎(じゅろう)(1922―2011)によって18歳の弁膜症患者に対して心臓移植が行われたが、83日で死亡した。日本ではこの症例の脳死判定、手術適応、インフォームドコンセントのあり方等に不明朗な点が指摘され、その後脳死移植が社会的に認知されにくくなる遠因ともなった。諸外国においても、初期の心臓移植の成績が不良であったため、1970年代になるとスタンフォード大学のみで心臓移植は行われていたが、スタンフォード大学では独自に心筋生検法や病理組織学的な拒絶反応の診断法を開発し、1980年に画期的な免疫抑制剤シクロスポリン(サイクロスポリン)を採用することになり、心臓移植の成績は飛躍的に向上した。また、同時期より欧米において心臓移植が日常的な医療となり、世界における年間の心臓移植件数は1986年には1000例を超え、1991年には4000例に達し、2018年以降は8000例前後で推移している。
国内では1997年(平成9)に「臓器の移植に関する法律(臓器移植法)」が制定され、法的に心臓移植が実施可能となり、1例目の心臓移植が1999年2月28日に大阪大学の松田暉(ひかる)(1941― )によって行われた。症例は拡張相肥大型心筋症による重症心不全のため拍動流植込型補助人工心臓ノバコアが装着された40歳代男性であった(移植後に社会復帰したが、10年めに胃がんで死去)。当初、「臓器の移植に関する法律」では本人の書面による意思表示がなければ脳死臓器提供ができなかったので、年に10例程度の心臓移植しか行われなかった。しかし、2010年(平成22)にいわゆる改正臓器移植法が施行され、本人の意思が不明な場合には、家族の同意で脳死提供できることになり、心臓移植件数も漸増し、2021年(令和3)末までに625例の心臓移植が行われた。15歳未満の者からの脳死臓器提供も認められるようになったので、2012年に乳幼児の心臓移植が初めて実施され、2021年末までに60例の18歳未満の小児に対する心臓移植が行われた。一方、2011年4月から在宅治療可能で比較的小型の非拍動流植込型補助人工心臓が心臓移植までの橋渡し治療として保険償還されたことや、登録患者の増加数が移植件数を大きく上回っているため、移植待機期間は長くなってきている。
国内の心臓移植の成績は欧米よりも良好で、移植後の生存率は術後5年で93%、10年で89%、20年で78%である。心臓移植後の生活の質は移植を受ける前に比べて格段に向上する。移植後は仕事、通勤、通学を含め、ほぼ通常の生活が可能である。臓器移植においては他人の臓器を排除しようとする拒絶反応をいかに制御するかが重要なポイントである。拒絶反応を抑えるためには、カルシニューリン阻害剤とミコフェノール酸モフェチルを主体とした免疫抑制剤を使用し、急性拒絶反応で死亡する例は減少した。しかし、免疫機能を抑制しすぎると、逆に細菌やウイルスに対する抵抗力が弱まって感染が生じやすくなるため、移植後早期の死亡原因は感染症(26%)が多くを占める傾向にある。欧米の統計では、遠隔期になると慢性拒絶反応とされる移植心冠動脈硬化症、悪性腫瘍(しゅよう)等が主死因とされてきたが、細胞増殖抑制効果のある、新しい免疫抑制薬エベロリムスの登場で移植心冠動脈硬化症の予防と進行抑制がある程度可能となっている。
心臓移植は重症心不全患者を救う手段として、現在のところ最良の方法である。一方で、臓器移植は脳死となった臓器提供者が存在してはじめて成立する医療であるので、この医療の恩恵を受けられる患者は臓器提供者の数に依存する。現在、心臓移植を必要とされる患者数は実際に移植を受けた患者の十数倍いると試算されている。実際、非拍動流植込型補助人工心臓の導入により心臓移植待機中の患者の死亡例は4分の1に減少したが、心臓移植までの平均待機期間が4年を超えてきている。したがって心臓移植にかわる治療として、人工心臓、再生医療、異種心臓移植等の代替医療の進歩とともに、一般国民のみならず医療者への移植医療の継続的な普及啓発が必要である。