日本の株式市場の株価動向を示す代表的株価指標。日本経済新聞社が算出し公表している。簡略化して日経平均、計算方法に由来してダウ平均とよばれることもある。また東京証券取引所(東証)に上場している銘柄のうち225銘柄を選定していることから、日経225ともよばれる。
1949年(昭和24)12月1日、東証は全上場銘柄の売買高の80%に相当する227銘柄を対象に、「平均株価」の算出・公表を開始した。これが「日経平均株価」の原点となる。翌1950年9月7日には計算がダウ式修正法に変更された。第二次世界大戦後の東証再開時(1949年5月16日)の単純平均株価(176円21銭)を基準に計算しており、公表は1952年の大発会からであった(公表以前の数値は遡及(そきゅう)して発表された)。ダウ式修正法は、1880年創設のアメリカの金融情報会社ダウ・ジョーンズDow Jones社が、1884年以来算出・公表しているニューヨーク証券取引所の株価平均に倣ったものである。
その後、今日に至るまで、ダウ式修正法による平均株価は株式市場の全体的水準を表す代表的指標として広く利用されているが、その計算方法に起因する実体株価(単純平均株価)との乖離(かいり)がしばしば問題となった。単純平均株価がかならず計測期間の最高値と最安値の間で収まるのに対して、ダウ平均では時間経過に伴い恒常的に最高値を超えた水準で記述され、しかもその乖離が拡大していく仕組みだからである(ダウ倍率効果)。この問題解決を図るため、1959年1月5日からは、同日を起点とした新しいダウ平均も平行して発表されるようになった。これを「新ダウ平均」といい、従来の指標を「旧ダウ平均」とよんだ。ただ、新ダウ平均は、旧ダウ平均の基準時点を変更して単純平均株価とダウ平均との間の数的格差を縮小しただけであり、計算方法や対象銘柄の変更等はまったくなされなかった。このため、新ダウ平均は一般にはあまり利用されず、むしろしだいに使い慣れた旧ダウ平均に駆逐され、1969年には東証株価指数(TOPIX(トピックス))の発表とも絡んで廃止された。ちなみに、1957年初めに、東証再開時の株価平均を100とした株価指数も発表されたが、これも投資社会で普及することはなかった。
東証は、その後も旧ダウ平均を計算し公表してきたが、TOPIXを普及させる目的もあり、1970年代初頭に廃止するに至った。1971年7月以降、ダウ平均の計算は日本短波放送(NSB。現、日経ラジオ社)に受け継がれ、さらに1975年以降は、日本経済新聞社が計算・発表を行っている。1975年から1985年までの名称は「日経ダウ平均株価」であったが、1985年に現名称に変更された。現在、「日経平均株価」は日本経済新聞社の登録商標であり、知的財産権は同社が保有する。
なお、日経平均は、1988年9月から先物取引の、翌1989年(平成1)6月からオプション取引の、それぞれ対象となっている。
日経平均は、単純平均株価を増資修正して連続性の維持を目ざした指標である。単純平均株価をベースとするため、値嵩株(ねがさかぶ)の株価変動が日経平均全体の動向に大きく影響しがちである。
また、日経平均の計算対象銘柄数は1954年2月以降、225社に固定されている。こうした方式はサンプル・インデックスsample indexとよばれる。225社というサンプル数は、東証再開当時の上場銘柄数が485社であったため、市場全体の半分近くをカバーしていた(売買高の面では、既述のように1949年の平均株価算出時の227銘柄で80%を占めていた)。しかし、2022年(令和4)4月の東証再編前の第一部市場上場銘柄数は2177社に達し、再編後のプライム市場でも1800社以上の上場銘柄数を擁する。日経平均の市場全体をカバーする能力は、当初に比べて大幅に低下しているのである。ただ、こうした時間経過に伴うカバレッジ(網羅率)の低下は、サンプル・インデックスがもつ必然的な宿命であり、これは採用銘柄の入替えという質的操作を施すことで、ある程度は解決することが可能である。
業種の偏りも、過去においては日経平均の問題点としてしばしば指摘されてきた。すなわち、産業構造の変化などに伴い、全上場銘柄ベースではしだいに高付加価値産業のウエイトが高まっているのに対し、225社の採用銘柄にあっては、第一次産業や軽工業、とくに市況産業に属する業種が相対的に多い時代が続いたからである。この点は、カバレッジ低下への対応と同様、採用銘柄の入替えを積極的に行うことで解決を図ることができる。ただし、頻繁かつ大幅な入替えの実施は、連続性を毀損(きそん)することにつながる。つまり、長期にわたる時系列の株価分析を行う際に、分析起点と比較時点との間で、構成銘柄の内容が分断されて質的に大きく異なってしまうため、比較の精度が損なわれるという問題が生じるのである。
また、企業規模の面でみても、日経平均は大型株が多く含まれるという特徴が指摘されてきた。しかし、225という限られた銘柄数で2000社に及ぶ市場全体の動向を把握しようとすれば、指標性においても当然各業界の代表的銘柄を組み入れざるをえないし、代表的銘柄の企業規模はすでにある程度巨大化していることが多いことから、これもサンプル・インデックスに不可避な問題といえよう。
さらに、株価指数を対象としたデリバティブ(金融派生商品)市場が整備されたことにより、サンプル・インデックスでありかつ等株ウエイトである日経平均は裁定取引の対象になりやすく、このためインデックス・メンバーシップindex membership(指数採用銘柄)をもつだけで、企業業績などとは無関係に株価変動が惹起(じゃっき)される場面もみられるようになった。
以上の諸点から、日経平均は、市場全体を記述するという点では、発足当初と比べて能力低下が進んでいることになる。その理由を改めて整理すると、(1)限られた銘柄数での抽出方式による計算方法を採用している、(2)この結果、計算開始後の経年に伴う市場実態との不可避的なずれが発生している、という量的・質的問題の2点に集約される。こうした問題はダウ式修正法の構造にも関わる面があり、解決は容易ではないし、かならずしも解決すべきではないかもしれない。というのも、日経平均は一種の性格指標として、固有の機能を発揮すればよいからである。同質的な株価指数が併存する必要はなく、むしろ異なった株価指数が存在したほうが、投資分析等の作業に厚みを与えることにもなるからである。
日経平均は、その歴史的実績から判断しても、依然株価指標のエース的存在として利用され続けることは疑いないと思われる。したがって、既述した株価指標としての特徴を把握したうえでの利用が望まれる。また、日経平均や株価指数はデリバティブの取引対象やインデックスファンドの評価基準(ベンチマーク)となるなど、その社会的重要性を高めている。それだけに、とくにサンプル・インデックスである日経平均は、銘柄入替えなどを含む管理全体に、一貫したポリシーを維持することが求められる。
この点は、デリバティブの取引対象としての利用ニーズが高まり、株価指数間の競争が生じている事情を視野に入れる必要がある。と同時に、そうした事情に過剰に振り回されないことも重要である。たとえば、日経平均の対TOPIX倍率が急低下していた2000年(平成12)に行われた日経平均採用銘柄の大量入替えは、あくまでも指標性向上をねらったものだと認識されるが、連続性維持という面では課題を残した。1955年までの年間採用銘柄異動比率(入替え銘柄数÷225)は10%を超えるケースが目だったが、それ以降の異動比率は比較的低位で推移していたため、2000年の入替えは突出していた。そして、そうした入替え作業に、指数間競争への対応という意図が過度に反映されることには慎重であるべきである。それは、極論すれば、日経平均が競合する株価指数をノーマル・ポートフォリオ(目標あるいは基準とするポートフォリオ)にすえて、それとの連動性を意識した性格を帯びることにつながり、社会の公器としての機能を矮小(わいしょう)化しかねないからである。その意味で、日経平均に限らず株価指標の管理には、高い倫理性が要求されるのである。