一般には地球上の空気の動きをいうが、太陽から放出される帯電粒子の流れは太陽風solar windといい、また、他の惑星大気の動きも風とよばれる。
風という文字は凡と虫という文字で構成されており、凡は風という文字の発音を示すともいわれ、風はもとは「ボン」あるいは「ハン」と発音した文字であろう。これはフランス語のvent、英語のwindの、v、wと相通じる音であって、いずれも空気の振動を模した擬声語と考えられる。日本の風神は級長津彦命(しなつひこのみこと)、級長戸辺命(しなとべのみこと)(『日本書紀』)の男女二神であることからもわかるように、風の古語は「シ」または「チ」であり、コチ(東風)、アラシ(嵐)、ニシ(西風)などの用例があるが、これも擬声語と考えられる。
英語のwindは天気weatherと同じ語源をもつものであり、weather side(風上側)の用例からもわかるように、古くは混同して用いられていた。一定の風向きの風が一定の天気を伴うことは、古くギリシア時代から識別されていたことでもある。
[根本順吉・青木 孝]
風は、山を越える場合や、発達した積乱雲の中などの特殊な場合を除き、ほとんど地表に水平に吹く。通常は垂直方向の動きは水平方向のおよそ1%程度であるが、このわずかな風の垂直成分によってさまざまな天気現象が現れるので、きわめて重要な成分である。
風は方向と大きさをもったベクトル量であるから、一般に風向と風速の二つの成分によって表される。理論的な取扱いとしては、東西成分(u、西風が+(プラス)で東風が-(マイナス))、南北成分(v、南風が+で北風が-)、および垂直成分(w、上向きが+で下向きが-)に分けて表す。
一般に使われる風向は十六方位だが、さらに詳しく風向を示す場合には、北から東回りに360度までの角度で表現する。この表示において昔は東西が基準であったから、東北の風とか、西南の風という言い方をした。しかし現在は、世界的な航海の関係で南北が基準となっているところから、前記の場合は北東の風、南西の風といい、十六方位もそのような表現になっている。なお、きわめて初歩的な注意であるが、たとえば南風というのは、南から北に向かって吹く風であり、北から南に向かって吹く風のことではない。
風速は通常、毎秒何メートルの単位で表されるが、航空や航海においては、長い間の習慣から国際的にマイルやノットが単位として使われている。これらの単位の換算は次のとおりである。
1m/s(秒)=1.944kt(ノット)
=3.600km/h(時)
=2.237マイル/h(時)
これをごく簡略に表すと
毎秒1m≒2ノット,
6ノット≒7マイル/h(時)
となる。
風速のかわりに風力が風力階級によって表されることがある(例、天気図など)。なお竜巻などの猛烈な強風に対しては藤田哲也(1920―1998)によってF‐スケール(竜巻の風速を表す藤田スケール)が考案されている。
[根本順吉・青木 孝]
気象台やアメダスの風の観測には風車型風向風速計というプロペラ型の風向風速計が使われるが、1960年(昭和35)までは四杯のロビンソン型風速計が使われ、以後、より特性の優れた三杯型風速計に切り替えられ、1975年から現在の風車型風向風速計になった。風速計にはこのほか、風圧を利用した圧力型風速計、熱線の電気抵抗が風速によって変化することを利用した熱線風速計、熱膜風速計、また、障害物の背後にできる渦の周波数が風速に比例する関係を利用したボルデクス風向風速計、音波の伝播(でんぱ)速度を利用した超音波風速計、光のシンチレーション・パターンの移動を利用した光風速計などがある。海洋上の風については、人工衛星にマイクロ波散乱計を搭載し、散乱計から発射した電波の海面からの反射で観測するリモート・センシング(遠隔測定)も利用されている。
このように風の測定はさまざまな方法を用いることにより長足の進歩を示しているが、他方、風の観測は機械を用いなくても、野外などにおいておよその見当をつけることができる。室内や洞窟(どうくつ)内の微風は、水や唾液(だえき)でぬらした指を垂直に立て、2、3回指を立てたまま回転すると、風の吹いてくる方向は冷たく感じるので風向がわかる。室内の風は、たばこや線香の煙のなびき方、ろうそくの炎のなびき方などからも見当がつけられる。鳥は風に向かって止まっていることが多い。昆虫、花粉、種子などの飛び方も風に支配されているので、これらを観察することにより、風の実態を知ることもできる。春になるとヒバリは風に向かう姿勢で空高く舞い上がっていくが、風が弱いほど羽ばたきの数が多いので、だいたいの風向、風速の見当がつけられる。ある方向からの風だけが卓越するようなところでは、木の育ち方がゆがみ、偏形樹となる。カキの木のように柔らかい樹木では、新芽の出る5月ごろの風の方向に枝がなびくことが知られており、これらを利用すれば、気候的なおよその風の見当をつけることができる。
上層の風は、その低いところでは煙の流れ、高いところでは雲の動きからおよその見当がつけられるが、定量的には、水素やヘリウムを詰めた気球を飛ばし、これをレーダーで追跡することにより観測する。雨滴や雪片の動きが観測できるドップラーレーダーが上層の風やウインドシア(乱気流の一種で、風向が水平あるいは鉛直方向に変化したり、風速が急に変わったりする現象)、ダウンバースト(積雲などから生じる強い下降流によって突風をおこさせる現象)の監視に使われている。また地上から発射した電波が空気による反射・散乱で戻ってきたものから上層の風向、風速を観測するウィンドプロファイラも実用化されている。
[根本順吉・青木 孝]
風には次のような性質がある。
〔1〕風は物体に当たると風圧を及ぼす。風圧を表す単位は、風速Vを毎秒メートル(m/s)、風圧Pを毎平方メートルにつきkg/m2で表すと、
P=0.125V2
となる。ただしこの関係は風圧を受ける物体の形によって大きく変わる。いわゆる流線型の場合は、風圧はこの式で与えられた値の10分の1以下になってしまう。
〔2〕地表を吹く風の風向、風速は絶えず変化している。観測された記録を調べてみると、(1)数秒程度で変わる不規則な変化、(2)100時間ないし10時間程度の変化(1時間程度の変化はきわめて少なくなっている)の2通りとなっている。これにより、風の変化には明らかに2種類あることがわかるのであるが、このうち(1)を「風の息」という。ある期間の風の息の大きさGは、その期間で観測された最大瞬間風速をM、最小瞬間風速をmとするとき
G=(M-m)/(M+m)
をもって一つの目安にすることができる。期間として10分間をとるとき、最大瞬間風速は、10分間の平均風速のおよそ1.5倍になっている。
〔3〕風と気圧の間にはほぼ一定の関係がある。この関係を利用すると、気圧の分布から風の分布を推定することができるので、天気図などにおいては等圧線が描かれているのである。
北半球においては、風を背にして立つとき、気圧はその地点より左手の方向でその地表よりも低く、右手の方向で高くなっており、この関係は南半球では左右が逆になる。また等圧線の間隔が狭いほど、そこで吹く風の風速は大きくなっている。これをさらに気圧配置によってまとめてみると、北半球では低気圧に対して風は反時計回りに吹き込み、高気圧からは時計回りに風が吹き出している。この場合も南半球では北半球とは逆の状態になっている。風と気圧の関係についてのこの経験則は、1867年にこの法則をまとめたオランダのボイス・バロットの名をとって、「ボイス・バロットの法則」とよばれている。
風と気圧の関係は、上層風の場合には、地表との間に働く摩擦力を考えなくてもよい、ということから単純になる。すなわち大規模な偏西風などの場合には、上層風は上層の等圧線にほぼ平行に、北半球では左手方向が気圧が低い配置で風が吹いている。風速は地表風と同様、等圧線の間隔が狭い(気圧傾度が大きい)ほど大きく、またその地点の緯度の正弦(sin、=緯度)に反比例した大きさの風として吹く。このような風は気圧傾度力が地球自転の転向力とつり合ったときに吹くものであり、地衡風とよばれる。上層風の大勢は、ほぼ地衡風とみなすことができる。
〔4〕風速は一般に高さとともに増大していく。地表付近で風が弱まっているのは地面との摩擦によるものである。地表から数十メートルくらいまでの風速分布は、ほぼ高さの対数に比例して増大している。地表に設置される風速計は普通5~10メートルの高さに取り付けられているが、この高さの風速は、地面摩擦のない上空数キロメートルの高さの風速のおよそ3分の1(海上では3分の2)くらいと考えられる。
地上100メートル以上およそ2000メートルくらいまでの風速分布は図のようになっている。その垂直分布の形は大気の安定度(上下の対流のおこりやすいときが不安定、おこりにくいときが安定)に依存し、図のように異なってくる。すなわち、不安定な場合は上下の気層の混合がよいので、地表付近では風速を増し、逆に300メートル以上では風速を減じている。大気が安定な場合は、上下気層の入れ替わりがないため、運動量の交換も行われず、500メートル以下は風は弱いが、それより上は急に風速が増大している。
〔5〕風は一般に、収束する場合には風速を増し、発散する場合は風速を減ずる。風が山を越したり、谷に気流が集まってくるとき風速を増すのはこの効果による。
[根本順吉・青木 孝]
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風は雲をよび、雨をもたらすため、人々、とくに農耕民にとって好ましいものであり、また帆船で航海する人々にとって必要なものである。しかし強すぎる風は人間に計り知れない被害をもたらすため恐れられる。いずれにせよ風は人間の生活に重大な影響を与えるため、昔から人々の風に対する関心は深く、しばしば信仰の対象となり、とくに神話、伝承のなかで神や精霊などの超自然的存在として、あるいはそれらの属性や機能の一つとしてとらえられていることが多い。
ギリシア神話では、風の支配者アイオロスは、気分によって、そよ風、疾風、暴風、貿易風などを送る。またエウロス、ゼフィロス、ノトス、ボレアスの4兄弟はそれぞれ東風、西風、南風、北風の神である。気まぐれなエウロスは、よい天気の日でも機嫌が悪くなると急に突風をおこす。ゼフィロスはもっとも恵み深い風神で、春にやってきて雪を融(と)かし、雨をもたらし、花を咲かせ、作物を育てる。ノトスは暖かい風だが、疫病を運んできたり、作物をだめにしてしまうこともある。ボレアスはもっとも狂暴で恐れられ、嵐(あらし)をおこす。ローマ神話では東風はウォルトゥルヌス、西風はファウォニウス、南風はアウステル、北風はアクイロとよばれた。このように風をその向きによって分類し、四方位と結び付ける考えは他の社会でもよくみられる。インドでは古くバーユ(バータ)が風神であった。北欧神話のオーディン、古代メキシコのケツァルコアトルは風神としての側面ももっていた。アフリカのバウレ人(コートジボワールやガーナなどの主要民族)の神話では、天空神や大地女神などの多くの神々のなかに風神グーもおり、グーはその息によって世界を回転させるという。
風はしばしば神、とくに天空神の働きによっておこるとされている。アフリカのヌエル人の神話では神は旋風によって人間を空に連れていくと信じられている。オーストラリア先住民のなかには、天空神は風によって意志を人間に伝えると考える部族がある。風を霊魂、とくに死霊の活動と結び付ける社会もよくみられる。毎年同じ時期に同じ向きの風が吹く地域では、風は季節と方位に結び付けられる。たとえばインドのアンダマン諸島では、1年は、南西の風が吹く雨期と、北東の風が吹く乾期に分かれる。南西風はタライとよばれ、男神タライがおこす。北東風はビリクで、タライの妻ビリクがおこす。特定の風が病気をもたらすと信じられていることもある。メキシコのマヤ人の間では、風の語は黒と同一であり、好ましいものとされず、とくに冷たい風は病気をおこすといわれる。ミクロネシアのヤップ島では、西風が吹くときには風邪(かぜ)が多いといわれる。
[板橋作美]
都市生活者には、風による直接の影響は少ないが、農山漁村の人々にとっては、その生命にも関係する重要な現象である。とくに海岸地帯に住む人にとって、風の方位・強弱は、生活と密接な関係があるので、風名も生活に根ざしたものが多い。
日本の風位名は、(1)日本海沿岸型、(2)関東・東日本型、(3)瀬戸内・西日本型、の三つの系統に大別されるという。風の去来は船の出入、漁獲の有無などに直接かかわり、内陸部にあっても農作物の豊凶に強い影響を与えている。したがって、このような生活体験から、人々は風を単なる自然現象とみなさず、神の往来と考え、とくに害を与える風を恐れてきた。たとえば、沖永良部(おきのえらぶ)島では、ウシの鼻息のような音を伴い、草木を揺り動かして通り過ぎる風をフーシジ(風の精霊の意)といい、これに当たると病気になると伝えて恐れてきた。現実には突風の一種であるが、風を妖怪(ようかい)の類とみなしているのである。熊本県天草(あまくさ)地方で憑依(ひょうい)状態になることを「風負(かぜま)け」という。病気のかぜも、風という現象を異常とし、身体の異常をカゼと表現したものである。
風を神の去来の現れとしてきたことは、各地に伝承される風と節供の日の関係にみることができる。旧暦10月神無月(かんなづき)に神々が出雲(いずも)に集合するという伝承があるが、その往来にはかならず風が吹くという。初秋から晩秋にかけての風を、日本海沿岸・中部地方で、大師講(だいしこう)吹き(11月中・下旬)、八日吹き(12月8日)、御神楽(おかぐら)荒れなどと称して祭日としているのは、いずれも風を神の出現とみ、来年の作柄のよい知らせのように信じているのである。この季節の風が寄り物をもたらしたり、魚群を寄せるという事実によるものであろう。
全国的に広くみられる風切鎌(かぜきりがま)の習俗は、強風が吹くと、草苅り鎌を屋根の上とか竿(さお)の先に縛り付けるもので、こうすると風の力が弱まり、ときには鎌に血がついていたなどと伝える所もある。いずれも強風を何者かのしわざと考えていたのである。
風をつかさどる神は、古く『日本書紀』に、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の吹き撥(はら)う気(いき)が級長戸辺命(しなとべのみこと)となり、この神が風神とされている。奈良県の龍田(たつた)大社、長野県の諏訪(すわ)大社など、各地に風神を祀(まつ)る神社がある。鹿児島県に天吹(てんぷく)という笛を吹いて風をよぶ呪術(じゅじゅつ)があるが、風は本来は人々に力を与えてくれるものと信じられていたのである。
[鎌田久子]