国民が1年間に医療機関で保険診療の対象となりうる傷病の治療に要した費用を厚生労働省で推計したもの。この額には、医療保険における医科および歯科の診療費、薬局調剤医療費、入院時食事・生活療養費、訪問看護医療費・療養費のほか、医療保険が適用される移送費、柔道整復師・はり師等による治療費、補装具の費用が含まれるが、正常な妊娠・分娩(ぶんべん)、健康診断、予防接種、固定した身体障害のために必要な義眼・義肢等に要する費用、市販薬は含まれない。患者一部負担(窓口負担)と全額自費で支払った費用(自賠責保険による支払い、保険診療の対象となる治療の費用を全額自費で支払ったもの)は含まれるが、保険外併用療養費(評価療養、患者申出療養、選定療養)において保険診療に相当する部分の費用以外の患者負担となる費用は含まれない。また、生活保護法等による公費負担医療、労災保険法による医療費は含まれるが、介護保険法における訪問看護費や居宅・施設サービスなどの費用は含まれない。
国民医療費は、医療費の規模を示す代表的な指標で、1954年(昭和29)から毎年算出されている。マクロ経済的な指標として、対国民所得比や対国内総生産比がよく使われる。国民医療費の推移をみると、1960年度には4095億円(国民1人当り医療費4400円、対国民所得比3.03%)であったが、1980年度11兆9805億円(10万2300円、5.88%)、2000年度(平成12)30兆1418億円(23万7500円、7.73%)、2010年度37兆4202億円(29万2200円、10.26%)、2020年度(令和2)42兆9665億円(34万0600円、11.45%)と増加を続けている。国民医療費の増加要因としては、医療の高度化、人口の高齢化、制度改正および診療報酬改正の影響があげられるが、なかでも最近は医療の高度化(新しい薬剤、医療機器、医療技術等の開発。「医療の高度化を含む自然増」ともいわれる)によるところが大きい。
国民医療費を医療保険(被用者保険、国民健康保険)の給付分、後期高齢者医療による給付分、患者負担分(窓口負担分や自費診療分等)、公費負担医療給付分(生活保護等の公費で負担する医療分)に分けると、2014年度は被用者保険22.4%、国保23.8%、後期高齢者医療32.8%、患者負担12.4%、公費負担医療7.4%となっている。2020年度における同じ指標をみると、それぞれ24.0%、20.4%、35.6%、12.1%、7.3%となっており、被用者保険と後期高齢者医療の給付分が増加しているのが認められる。
また、2020年度の国民医療費の負担と内訳をみると、負担は保険料が49.5%(被保険者28.2%、事業主21.3%)、公費負担38.4%、その他12.1%(患者負担11.5%ほか)となっている。医療保険では患者負担が、義務教育就学後70歳未満3割、義務教育就学前2割、70歳以上75歳未満2割(ただし現役並みの所得者3割)、75歳以上1割(現役並み所得者3割)とされているが、高額療養費制度により大幅に軽減されていることがわかる。内訳については、入院38.0%、外来33.6%、歯科7.0%、薬局調剤17.8%となっている。これを費用構造でみると、医師・看護師・薬剤師など医療従事者の人件費が47.0%、医薬品・医療材料費が28.4%、光熱費・賃借料・委託費・その他が24.7%となっており、医療が労働集約的な特性を有していることを示している(2021年度予算ベース)。今後、国民医療費はさらに増加していくことが見込まれているが、世代間の負担の公平、現役世代の負担可能な水準、国庫負担のあり方、財源としての安定性などについて国民的合意を得ることが求められている。