医師が外来患者を治療するうえで投薬を必要とする場合、医師が処方箋(しょほうせん)を作成し、薬剤師がその処方箋に基づき調剤し患者に交付するという分業の仕組み。医薬分業を行う意義としては、患者の薬物療法の安全性と有効性の向上を図るとともに、医療費の適正化に寄与することがあげられる。すなわち、薬剤師が医師の処方内容を確認し、医師の処方による投与ミスを防止すること、患者に調剤した薬の効果・副作用・用法などを説明して手渡すことによって、患者が自分の服用薬に関する理解を深めること、薬局で薬歴管理を行うことにより重複投薬や相互作用の有無、残薬などを確認し、薬歴を記入した記録(おくすり手帳)の配布によって患者の認識を高めるとともに、薬漬け治療の抑制を図ること、また薬剤師が医師の処方薬と同じ薬効等を有する後発医薬品(ジェネリック薬品)への変更を促すことにより薬剤費を抑制すること、さらに医師の薬剤処方による薬価差益(薬剤の市場実勢価格と薬価基準との差額から生じる利益)を抑えることなどである。その一方、医療機関での受診と薬局での調剤に区分することが患者にとっては二度手間になること、処方箋料等の加算により患者の一部負担が重くなることなどが指摘されている。
医薬分業の起源は、1240年に神聖ローマ帝国のフリードリヒ2世が毒殺を恐れて、医師が薬室をもつことや薬剤師と共同経営することを禁止し、薬剤や薬局に関して5か条の法令を定めたことによるとされている。その後、ヨーロッパで医薬分業が広まり、現在は多くの国で医薬分業が一般的な仕組みとなっている。
日本では、1874年(明治7)に制定された「医制」(医療制度や衛生行政などに関する諸規定を定めたもの)で、調剤を薬舗(やくほ)主のものとし、医師には調剤権がなく処方書を付与するものとされたが、薬舗数の不足等からまもなくその規定が解除された。1889年に「薬律」が制定され、薬剤師の名称が初めて用いられるとともに、薬事に関する総合的な法制度が設けられた。そこでは医師の処方により薬剤師が調剤し販売することが定められたが、附則で医師が自分の患者に対して調剤し販売することを認めるとしたため、医師による薬剤交付が一般的となった。第二次世界大戦後、1949年(昭和24)に日本薬剤師会の働きかけを受けたGHQ(連合国軍総司令部)の招きで来日したアメリカ薬剤師協会使節団が日本の状況を視察し、医薬分業の早期実現を求める報告書を提出した。それを契機に日本薬剤師会と日本医師会の間で医薬分業をめぐる論争が行われ、1951年に1955年から施行するとした医薬分業法が成立した。しかし、その実施を前に医師の調剤権を認めた医薬分業法の一部改正が行われ、1956年公布・施行を経て、現在に至っている。
1970年代になって薬剤費比率(医療費に占める薬剤費の割合)の上昇と薬価差の拡大等を背景に医薬分業の強化を求める声が高まり、1974年の診療報酬改定で処方箋料が6点(60円)から10点、さらに50点に引き上げられ、医薬分業の推進が図られた。それに伴い1970年度に0.5%であった医薬分業率(医師の外来処方箋枚数に対する薬局の受取枚数の割合)が、1975年度に1.2%、1980年度に4.8%、1990年度(平成2)に12.0%、2000年度(平成12)に39.5%、2010年度に63.1%、2020年度(令和2)には75.7%へと急速に上昇した。2021年度は75.3%とわずかながら初めて低下した後、2022年度は76.6%となり、医薬分業率は75%あたりで横ばい状態になったものとみられている。
このような状況を背景に、2010年代になってからいわゆる「門前薬局」(近接する特定の病院の処方箋をおもに扱う調剤薬局)が拡大し、患者ニーズに対応した医薬分業にはなっていないとする批判が強まってきた。調剤処方は院内処方の場合に比べて報酬が高く設定されているのに、門前薬局では医師の処方内容を十分にチェックせずに処方して患者に渡すケースがみられ、患者は前述のような医薬分業のメリットを受けていない場合が多いからである。そうしたなかで2016年の診療報酬改定において、地域包括ケアシステムの構築を進めるうえで「かかりつけ薬局」(患者の服薬状況を一元的に管理する調剤薬局。患者は自由に薬局を選択することができる)の果たす役割を明確化し、患者本位の医薬分業の実現に取り組むとする方向性が示され、薬局全体の改革を図る動きが強くなった。
2018年の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針2018)において、社会保障における重要課題として、(1)セルフメディケーションを進めていくなかで、地域住民の身近な存在として、健康の維持・増進に関する相談や一般用医薬品等を適切に供給し、助言する機能をもった薬局の取組みを推進すること、(2)レセプト情報を活用して、本人同意のもとで医師や薬剤師が投薬履歴を閲覧できる仕組みの構築や、多剤投与の適正化を推進すること、(3)患者本位の医薬分業を実現し、地域において薬局が効果的・効率的にその役割を果たすことができるよう、調剤報酬のあり方について検討すること、(4)病院・診療所の機能分化・機能連携における、かかりつけ薬剤師・薬局の普及を進めることなどが閣議決定された。
また同時に、「規制改革実施計画」として、オンライン診療の普及・促進にあわせて、患者がオンライン診療を受診した場所で薬剤師が服薬指導を実施できるよう、薬剤師法施行規則の見直しを検討し措置すること、地域包括ケアシステムのなかでかかりつけ薬剤師・薬局が医療・介護の一翼を担い、国民が医薬品の有効性・安全性の利益を享受できるような医薬分業の取組み等を推進するため、薬剤師による対面服薬指導とオンライン服薬指導を柔軟に組み合わせて行うことを検討することなどが閣議決定された。
2022年度の調剤報酬改定では、4月1日よりリフィル処方箋が導入された。リフィル処方箋では、定められた一定の期間内と回数内であれば、同じ処方箋で医師の診療なしでも繰り返し薬をもらうことができることになる。ただし、一部の薬剤はリフィル処方箋の対象外としている。この制度はアメリカ、イギリス、フランス等多くの国ですでに導入されている。日本では、一定期間内に最大3回まで処方箋を反復利用できることとした。リフィル処方箋は患者の通院負担を減らす効果があるが、調剤薬局における患者の状態把握の精度を高める必要があり、そのためには薬剤師が患者に対して同一の薬局で調剤を受けるべき旨を説明することなどが必要とされている。その一方、リフィル処方箋の導入については、通院回数の減少とそれによる医業収入の減少が懸念されている。諸外国では慢性疾患患者が対象となることが多く、生活習慣病患者の多い内科クリニック、アレルギー性鼻炎などの季節性・通年性の慢性患者の多い耳鼻咽喉(いんこう)科、アトピー性皮膚炎などの皮膚科等において影響が大きいとされている。
また、2022年度改定では、新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)流行下でオンライン診療が注目されたのを背景に、オンライン服薬指導に係る評価の引上げ、オンライン資格確認システムを通じて患者の薬剤情報等を取得し調剤等を実施することについて評価の新設等が行われた。