19世紀以降、近代市民社会・国家が自らを再生産するために、近代市民・国民意識を意識的に保持した担い手を育成することを目的とした教育。つまり、社会・国家の現実や理想に関する、政治的、経済的、社会的な知識を習得し、それに従って行動する態度をもった市民・国民に青少年を育成する教育のことである。
近代市民社会・国家が、産業市民層の成熟度によってイギリスやアメリカやフランスの先進型と、ドイツや日本などの後進型に類型されるように、近代の公民教育も「先進型」と「後進型」とに分かれる。先進型公民教育は、ルネサンスや啓蒙(けいもう)思想の普及を通して個人主義を経験することによってデモクラシーを理念としてもち、国家権力から自由な市民citizen(英語)、citoyen(フランス語)を育成する。後進型公民教育は、個人主義を十分に経験せずに、先進諸国の帝国主義的資本主義に対抗する必要からナショナリズムを理念としてもち、国家への忠誠心をもった国民・公民Staatsbürger(ドイツ語)を育成する。日本の公民教育は後進型で始まり、第二次世界大戦後、先進型へ転じた。
公民教育は学校教育全体で行われるだけでなく、「公民科」などの教科を特設しても行われる。教科としては、憲法、法律、政治制度、経済機構、社会組織などについての教科内容が重視される。したがって、公民教育は市民社会・国家の発達とともに成長しその社会・国家を発見し基礎づけてきた社会諸科学の内容を取り込み、実証性や批判性などの社会科学の要求をいれ、社会科学教育としても機能する。
第二次世界大戦後の日本では教科としての公民教育は、社会生活を理解し、「民主的、平和的な国家・社会の有為な形成者として必要な公民的資質」(の基礎)を養うと規定された社会科を中核に行われてきた。とくに中学校の「公民的分野」や、1989年度(平成1)から高校で実施されている「公民科(現代社会〈2022年度より「公共」として実施〉、倫理、政治・経済)」がその中心になっている。20世紀後半の公民教育は、単に基本的な政治、経済、社会だけでなく、現代民主主義社会・国家の発展に伴い現れてきた現在の社会問題(科学技術、環境、国際社会、平和、人権など)をも内容とした学習を必要としていた。公民教育が教科として行われる際には、多様な内容をどのように体系づけ指導するかという問題と、公民教育が要請する態度形成をどのようにその教科内で保証するかという問題が、課題として残されている。
冷戦が終了し、21世紀になって、世界の公民教育は大きく変容した。とくに、EU(ヨーロッパ連合)を中心に、国家・社会のグローバル化に対応し、その構成員教育の様相を変化させている。ヨーロッパ諸国における公民教育は、国家・社会の構成員としてのシティズンシップからヨーロッパの構成員としてのシティズンシップへ転換し、多次元的・多重的な国民・市民・公民に青少年を育成する教育を求めている。日本の公民教育も、選挙権年齢の18歳への引下げに伴い、若い世代もより積極的な社会意識を求められるなかで、国家や社会の構成員の教育のみならず、グローバルな社会、あるいは地域社会などの多様な次元の一員として個々人を育てる、多元的なシティズンシップ教育として進めることが課題として要請されているのである。