学期末に、児童・生徒の学習の状態、性格や行動、身体的状況・出欠状況などの資料が、学校から家庭へ「通知表」の形で届けられる。通知表は、原則的には法定公簿である指導要録に基づいて発行されるが、その発行は教育法規上義務づけられてはいない。学校独自の責任で発行されるため、形式と内容は多様である。名称も「通信簿」「通知簿」「あゆみ」など、学校によって相違がみられる。通知表は原則として、小学校・中学校・高等学校・特別支援学校等の児童・生徒を対象とする。
歴史的にみると、通知表の発行を公的に示唆したものに、1891年(明治24)の「小学校教則大綱ノ件説明」がある。そこでは、「教授上ニ関スル記述ノ外ニ各児童ノ心性、行為、言語、習慣、偏癖等ヲ記載シ道徳訓練上ノ参考ニ供シ之(これ)ニ加フルニ学校ト家庭ト気脈ヲ通スルノ方法ヲ設ケ相提携シテ児童教育ノ功ヲ奏センコトヲ望ム」とある。指導要録は、1881年(明治14)の「学事表簿様式制定ノ事」に起源を求めることができるが、学籍簿という名称で全国統一的な様式が制定されたのは1900年(明治33)の小学校令施行規則である。記載上両者の関連は深いが、個々の児童をめぐって学校と家庭との連携・協力関係を期待するところに通知表の特徴があったとみることができる。
通知表のおもな目的は、所定の教育目標がどのように達成されているかの評価結果を、児童・生徒および保護者に知らせるだけでなく、個々の児童・生徒の実態に即して、学校と家庭との教育連携を推し進めるための意思疎通を図ることである。児童・生徒には今学期の反省と来学期への意欲づけの資料として、また、保護者には家庭における今後の教育的配慮のための資料として活用される。それだけでなく、「生きる力」の育成をはじめとする人間形成のために、学校が中心となって家庭や地域社会と相互に教育連携していくことが期待されている。
通知表をめぐってしばしば問題となったのは、通知表での学習の評価が相対評価の方式でなされていた点である。この方式によれば、ある子どもの学力はほかの子どもたちとの比較で評価されるので、その子どもの学力の絶対的水準が上昇しても、ほかの子どもたちのそれが同じ程度に上昇した場合には、その子どもの評定値は変わらない。そのため、児童・生徒や保護者の間にゆがんだ競争意識が助長されることになりやすい。また、個々の児童・生徒が教育目標にどれだけ到達しているかについての適切な情報も十分には提供されにくかった。
このような問題を解決するために、通知表の元となる指導要録に関してたびたびの改訂が実施された。1971年度(昭和46)の小学校、1972年度の中学校の改訂では、5段階評価の各段階に一定比率の人数を機械的に配分するのではなく、その人数枠を緩和し、個々の児童・生徒の到達度を重視する絶対評価の趣旨を加味することに改められた。さらに、1980年度の小学校(1981年度中学校、1982年度高等学校)の改訂においては、各教科の「観点別学習状況」について3段階の到達度評価(絶対評価)をすることになった。
もっとも大幅な改訂は、1989年(平成1)の学習指導要領の改訂を契機とするものである。まず、学校は「教育(教え込み)」から「学習」する場であるという大きなパラダイム(認識の枠組み)の転換を迎えた。それに伴い、自ら学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などの資質や能力の育成を重視し、指導要録は観点別学習状況の評価を各教科の基本に据え、「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知識・理解」の4観点を基本とした。1998年に公示された学習指導要領でも、学力については、知識の量のみでとらえるのではなく、基礎的・基本的な内容を確実に身につけ、自ら学び自ら考える力など「生きる力」が育まれているかどうかによってとらえている。評価の改善においては、
(1)上述の「新学力」を構成する自己教育力などの観点別評価を発展させ
(2)個々の子どもの到達度評価(絶対評価)を重視し
(3)同一個人の過去と現在を比較し、本人の努力や進歩を高く評価し
(4)子どもの個性やよさに注目して、同一個人内で相対的に優れた点を発見し
(5)評点では表現しえない領域について所見を記述する
などの試みが必要であるとされる。このような観点で通知表の改善がなされている。
通知表の原簿である指導要録も、同様の趣旨で改善されている。教育課程審議会答申「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について」(2000年12月)を受けて、2001年(平成13)4月文部科学省は各学校段階の「指導要録の改善等について」の通知を出した。その要点は、(1)学習指導要領に示す目標に準拠した評価(いわゆる絶対評価)、(2)「総合的な学習の時間」の評価欄を設定、(3)行動記録欄に「健康・体力の向上」「生命尊重」「公徳心」などの項目(参考例)を列挙、(4)「生きる力」の育成という点から所見欄を統合(個人内評価の重視)、などである。これまでの改訂内容を基本的に継承しながらも、指導要録の様式の拘束性が参考程度にとどまるなど、学校の自主性・自律性の確立が必要であるとした中央教育審議会答申「今後の地方教育行政の在り方について」(1998)の趣旨を踏まえ、各学校の設置者の主体性を重んじるものとなった。
その後、教育基本法の改正(2006)を受けて改訂された学校教育法(2007)において、「学力の3要素」((1)基礎的・基本的な知識・技能、(2)知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等、(3)主体的に学習に取り組む態度)が示され、基礎的・基本的な知識・技能の習得と思考力・判断力・表現力等の育成のバランスが重視された。それを踏まえて2010年に改訂された指導要録では、「目標に準拠した評価」による観点別学習状況の評価の観点が「関心・意欲・態度」「思考・判断・表現」「技能」「知識・理解」の4観点に整理された。
2019年1月の中央教育審議会・初等中等教育分科会・教育課程部会の報告「児童生徒の学習評価の在り方について」では、学習指導要領の目標および内容が「知識および技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の資質・能力の三つの柱で再整理されたことを踏まえ、各教科における観点別学習状況の評価の観点が「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」の3観点に整理された。
文部科学省の通知「小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校等における児童生徒の学習評価及び指導要録の改善等について」(2019年3月)では、学習評価の現状について、学期末や学年末などの事後での評価に終始してしまうことが多く、評価の結果が児童・生徒の学習改善につながっていない、教師によって評価の方針が異なり学習改善につなげにくい、教師が評価のための「記録」に労力を割かれて指導に注力できない、等の課題が指摘された。これらの課題にこたえるとともに、学校における働き方改革が喫緊の課題となっていることも踏まえ、児童・生徒の学習改善につながるものにしていくこと、教師の指導改善につながるものにしていくこと、これまで慣行として行われてきたことでも必要性・妥当性が認められないものは見直していくことが重要であるという考え方が示された。
これを受けて、各地の学校では、通知表の所見欄について要点を箇条書きとするなど記載事項を必要最小限にとどめる、学期ごとではなく年度末にまとめて記載する、通知表の発行回数を減らす、通知表を廃止する等の動きが広がっている。通知表は学校独自の責任で発行するものであり、通知表の存在意義を各学校において改めて問い直すことが求められている。