信用不安などによって金融機関で起きる取り付け騒ぎのこと。預貯金者が一斉に銀行などの金融機関へ走り、預貯金を引き出そうとして(取り付け)窓口に殺到したことから、バンク・ランとよばれる。金融機関の経営不振情報をきっかけに起きることが多く、ある金融機関でバンク・ランが生じると、その金融機関と取引のある別の金融機関へも不信が伝播(でんぱ)し、ドミノ倒しのようにバンク・ランが広がる金融システム不安に発展することがある。1929年の世界恐慌、1927年(昭和2)に大蔵大臣片岡直温(なおはる)の失言をきっかけに広がった昭和金融恐慌のほか、バブル経済崩壊後の1995年(平成7)以降の日本の金融危機、2007年のアメリカでのサブプライムローン問題をきっかけとする世界的な金融危機(リーマン・ショック)、2009年以降のヨーロッパ債務危機などの際に、世界各地でバンク・ランが生じた。近年、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やネット銀行の発展・普及に伴い、SNS上の経営不振情報によって、スマートフォンやパソコン経由で預貯金が急速かつ大規模に引き出される現象をデジタル・バンク・ランという。2023年に破綻(はたん)したシリコンバレー・バンクで、世界初のデジタル・バンク・ランが生じ、1秒ごとに100万ドルもの預金が流出した。また、根拠のない噂(うわさ)やデマからもバンク・ランが生じることが知られており、女子高生の噂話で生じた豊川信用金庫取り付け騒ぎ(1973)、倒産するという事実無根のチェーンメールから起こった佐賀銀行取り付け騒ぎ(2003)などが有名である。貯蓄性の金融商品を扱う生命保険会社、損害保険会社などでも銀行と同様なバンク・ランが起きるほか、貯蓄性商品を扱っていない証券会社などの金融機関から一斉に資金を引き揚げる現象を広義のバンク・ランとよぶこともある。
一般に、預金者がお金を必要とする(引き出す)タイミングはばらばらで、一時に引出しが殺到することは統計学的にありえないとされており、それゆえに、銀行は預金を貸出しや運用へ回すことができ、銀行業や信用創造が成立する。しかしアメリカの経済学者、D・W・ダイヤモンドとP・H・ディビッグは1983年、銀行の経営不振情報などを機に、いつバンク・ランが生じてもおかしくないことを、ゲーム理論を使って証明した(ダイヤモンド‐ディビッグ・モデル、2022年ノーベル経済学賞受賞)。このため主要国では、あらかじめ預金の一部を保険料として独立機関(日本では預金保険機構、農水産業協同組合貯金保険機構)に支払っておき、バンク・ラン防止や預金者保護に備える預金保険制度が採用されている。バンク・ランが生じると、中央銀行が「最後の貸し手last resort」となって資金を当該金融機関へ融資し続ける手法(特融。日本では日銀特融)をとるほか、金融システム不安がある場合は、一時的に預貯金の払い戻しを停止する預金封鎖がとられることもある。なお、銀行などの預金が一気に引き出されるのではなく、長期にわたって徐々に下ろされていく「静かな取り付け騒ぎ」のことを、ランとジョギングの違いに例えて、バンク・ジョグbank jogとよぶことがある。2009年のギリシア債務危機以降、南欧諸国の銀行ではバンク・ジョグが続いた。