フランス、チュニジア、アメリカの化学者。パリ生まれ。フランスとチュニジアで生活した後、幼少のころアメリカに移住。1982年ハーバード大学卒業、1988年シカゴ大学から博士号を取得し、ベル研究所で博士研究員として働く。1990年マサチューセッツ工科大学助教授、1995年同大学準教授、1996年から同大学教授。
量子化学の分野では、物質の直径を数ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)のサイズまで小さくすると、電子が閉じ込められ、物質の特性が大きく変わる「量子効果」がおこることが、1930年代にイギリスの理論物理学者のヘルベルト・フレーリッヒHerbert Fröhlich(1905―1991)によって予測されていた。しかし、この「ナノ粒子」の存在は、その後、測定技術が進歩するまでの半世紀もの間、証明されなかった。
その存在について溶液を使用した実験で証明したのが、ベル研究所にいたルイス・ブルースである。1982年、溶液の中で、硫化カドミウム結晶を作製中に、ナノメートルサイズまで粒径を小さくすると溶液の青みが強くなることを発見し、翌1983年にその成果を発表した。条件によって電気的挙動が異なり、半導体の性質をもつこのナノ粒子を、「量子ドット」と名づけ、溶液の中に浮遊する粒子のサイズ依存量子効果を世界で初めて証明し、量子効果の理論を構築した。
実はちょうど同じころ、東西冷戦時代のソ連バビロフ国立光学研究所のエキモフも同様の現象を発見。ガラスに同じ量の塩化銅を添加して、粒径を小さくするなど作成条件を変えるとさまざまな色に発色することを確認し、1981年にソ連の学術誌に発表した。冷戦期、西側のブルースは、1984年にエキモフの論文の翻訳を読むまで、その成果をまったく知らなかった。
バウェンディは、博士研究員として、ベル研究所のブルースのもとで光物理学の研究を本格化させ、さまざまな粒径の量子ドットを作成していたが、安定的ではなかった。1990年以降、マサチューセッツ工科大学に移ると、セレン化カドミウムを使い、溶液の温度を高温にしたり、低温にしたりするなどして結晶をねらったサイズに安定的に成長させる技術開発に成功。高品質の量子ドットを大量に生産することが可能になった。この画期的な技術開発によって、高性能ディスプレー、太陽電池への応用が進んだほか、がん細胞の体内動態追跡など医学への応用も始まっている。
バウェンディは、1997年コブレンツ賞、2006年アーネスト・O・ローレンス賞、2010年アメリカ化学会賞(コロイド・界面化学部門)、2020年クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞を受賞。2023年に「量子ドットの発見と合成」の業績で、ブルース、エキモフとともにノーベル化学賞を受賞した。