アメリカの経済学者で、ジェンダー経済学のパイオニア。ハーバード大学教授。専門は経済史、労働経済学。労働市場における男女格差の根底にある要因を明らかにした功績で、2023年のノーベル経済学賞を受賞した。女性の経済学賞受賞はオストロム(2009年受賞)、デュフロ(2019年受賞)に次ぎ3人目だが、単独での受賞は初めて。
1946年、ニューヨーク市生まれ。コーネル大学で学位を取得し、シカゴ大学で1969年に経済学修士号(M.A.)、1972年に博士号(Ph.D)を取得。1990年に女性初のハーバード大学終身教授。1990年の論文「Understanding the Gender Gap : An Economic History of American Women」で、アメリカ労働市場の過去200年にわたるデータを綿密に検証。経済発展が女性の就業率向上をもたらすという定説を覆し、農耕社会から工業社会への転換でいったん女性の就業率は低下した後、20世紀のサービス産業の進展によってふたたび上昇するU字カーブを描くことを定式化した。このU字型パターンは多くの先進国に当てはまった。また、育児の責任を負う女性に比べ、弁護士、医師、政治家など休日労働や長時間労働を強いられる「greedy work(貪欲(どんよく)な仕事)」に従事しやすい男性は報酬面で優遇されやすく、これが男女の収入格差の要因の一つになっていると論証した。さらに、現代では、同一職業でも第1子誕生を機に、女性の収入が減る「チャイルドペナルティ」が先進国共通の現象であることを明らかにした。女性の目覚ましい高学歴化を「静かな革命The quiet revolution」とよび、男女収入格差の縮小を「(男女格差の)大いなる収斂(しゅうれん)A Grand Gender Convergence」と命名するなど、造語のつくり手としても著名。避妊用ピルが女性の社会進出に与える影響や、社会的指標としての女性の結婚後の姓についてなど、研究は広範に及び、それは、男女格差是正に取り組む各国の労働政策の理論的根拠となった。ノーベル賞委員会は「ジェンダー経済学を経済学の主要分野として打ち立てるのに大きく貢献した」と授賞理由を説明した。2013年にアメリカ経済学会会長を務めた。『Career and Family : Women‘s Century-Long Journey Toward Equity』(2021。邦題『なぜ男女の賃金に格差があるのか――女性の生き方の経済学』)など著書多数。